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私は敵になりません! 作者:奏多
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帰るべき場所 3

※今回、アラン視点で前回までの時系列の話になります
 キアラがサレハルドに捕縛されて、四日が経った。

 レジーは毎日不安定そうだった。
 表面上は変わりない。
 アランにもあたりさわりのない柔らかな表情で周囲に対応しているし、焦りを見せることもない。
 でもふと、考え込む瞬間が多くなった。厳しい表情をしたままじっと窓の外を見ているのだ。
 昨日はリアドナの町の方角で煙が上がり、それを主塔から見ていたレジーの表情が険しくて、アランは緊張した。
 いつ飛び出して行くのかわからない気がして。

 キアラの状況はわからない。
 ただウェントワースの話と、ジナからもたらされた情報から、イサークというサレハルドの王がキアラを無下に扱いはしないと推測されている。
 最終的にルアインの軛から外れたいサレハルドは、それなりに良い状態でファルジアと取引をしたいのなら、魔術師は交渉材料にしてくるはずだ。個人的にキアラと知り合っているというのなら、レジーが保護者だということも聞くだろう。レジーが決定的に怒るようなことなどしないと思う。

 ただ、ルアインとそれを補助するクレディアス子爵がいる。そちらが何かを仕掛けた時に、魔術に人の力でどれだけ対抗できるのか。

 レジーは今日も無言でリアドナの方を見ているし、アランもなんとなく隣に立ってあちこちを見下ろす。
 ルアイン軍が引いたこともあり、物資の輸送を依頼したからだろう、街道を砦へ向かって来る馬車が見えた。

 それを見ていて、アランは砦まで下がったレジーの判断を思う。
 町よりは砦の方がデルフィオンに近い。物資や兵士の供給を受けるにも、こちらの方が有利だ。とっさにレジーはそこまで考えたのだろう。
 そしてこれ以上南へ下らずにいるということは、このままリアドナを攻略して、キアラを助けるつもりなのだ。

「……キアラは、無事だと思うぞ」

 だから時期を待たなければならないけど、思い詰めるなと言いたかった。

「だけどキアラは、魔術を使いすぎてる。そちらに関しては、サレハルドの王もどうにもできないだろう。頼れるとしたらクレディアス子爵だけだが、引き換えに何をされるか……」

 レジーは何よりもそれを気にしているようだ。自分を治療したせいでキアラが倒れたり、魔術の使いすぎで指先が砂になりかけたりしたせいだろう。

「あいつはけっこうしぶとい。お前がいない時にも、魔術師をどうにかして捕まえようとしたりしてた女だぞ。指が砂になりかけたって、自力で元に戻したらしい……ウェントワースが言っていた。多少のことは自分でなんとかするだろ」
「でもキアラは……執着がないから」

 主塔の矢間に触れていたレジーの左手が、握りしめられる。

「ウェントワースが言っていた。キアラがあんなにも無邪気でいられるのは、苦しいことや悲しいことがあっても、この世界を物語の中だと思っているからだろうって」
「ウェントワースが……」

 いつもキアラの傍にいたウェントワースがそう言うのなら、間違いないんだろう。

「私もそんな気はしていた……。だけど気づきたくないと思っていた。だとしたら、この世界は全部夢で、死んでしまえば優しい思い出ばかりの元の世界へ帰れる、とキアラが考えているんじゃないかって考えてしまうから」

「それだけってことはないだろ。キアラだって見た通りのバカじゃない。全部が夢だなんて、思っちゃいないだろうよ」

 ただレジーもまた、未練が薄いから……全てを手放して世界に別れを告げてもいいと、そう思ってしまうから気づかないだけだろうと、アランはそう思う。
 レジーが思わずといった風に笑った。

「アランが一番容赦ないよね。キアラに真正面からバカバカいい続けてるの、アランだけじゃないのかな」
「本当にバカだからだろ。……根本的にお人好しだから、魔術師になってまで人助けをしようとしたり、それほど頭が良くないくせに小難しいことを考えすぎて、変な方向に突っ走るんだよ」

 そう言うと、レジーはますます笑った。
 一瞬だけのことでも、そうして明るい表情をしているのを見ると、アランはほっとした。

 主塔を降りると、なぜか馬みたいに大きくなったリーラという氷狐が待っていた。
 サレハルドとルアインの兵が一度引き、砦の外を厳密に警戒する必要がなくなってからずっと、リーラはこんな調子でレジーの行く先々に現れる。

「今まで、あまり懐かれていた覚えがないんだけどな。でも、理由はわかってるよ」
「そうなのか?」
「前はキアラに懐いていただろう? それが魔術師の魔力に引かれてのことだとしたら、今は私しか、魔力の名残を感じられる人間がいないからだろう」

 エヴラールで死にかけた一件のせいか、とアランも気づく。
 あの時レジーの体に入り込んだものは、魔術師になるために使われる契約の石の欠片だ。それが時々レジーの体の魔力を荒らして不調を起こすらしい。

 リーラを連れて、レジーは砦の門へと向かう。
 そこには先ほど到着したばかりの馬車が数台止まっていた。荷物を確認していたのは、エメラインだ。
 軍衣を着てきびきびと歩いているのに、高く結い上げた髪の下に覗くうなじや、わずかにわかる足の線のせいか、ドレスを着ている時よりも煽情的な雰囲気がある。ただ誰もが、彼女の冷たい印象の眼差しと目が合ったとたんにそれを忘れてしまうようだ。

 エメラインはレジーに気づくと一礼し「ご依頼のものが届きました」と報告してきた。
 一体何かと思えば、馬車二つ分に満載されていたのは、檻の中に入れられた巨大なネズミだったのだ。
 いや、普通のねずみと違って体型は楕円形であまりねずみっぽくはない。柔らかい茶色の毛といい、つぶらな瞳といい、やや可愛いと思えなくもない……もっと小さければ。

「これは?」
「土ねずみだよ、アラン」
「なんでまた……」

 と言いかけてアランは気づく。そうか。キアラを助けるために使うんだ。
 土ねずみは、土の魔術を使うキアラにまっしぐらに向かっていき、銅鉱石と一緒に貯蔵しようとすると聞いている。
 彼らがいれば、キアラが魔術さえ使えば敵兵をなぎ倒して彼女を奪取しようとするだろう。それにどこにいるのかわからない場合も、土ねずみを追っていけばいい。
 レジーはエメラインに言った。

「何匹も死ぬかもしれない。それでもかまわないかい?」
「殿下、土ねずみは本来魔獣。害獣でしかないものです。多少愛着はありますけれど、わたくしも殺されるかもしれないとわかっていながら、彼らを防壁代わりにしておりましたので」
「それでもこの数を揃えられたのは君のおかげだ。ありがとう、恩に着る」

 レジーの礼の言葉に、エメラインは苦笑いする。

「気になさらないでください。わたくしもキアラさんを助けたいと思いますし、軍としても彼女は必要な人です。まずは予定通り、穴を掘らせますので」

 既にエメラインとは打ち合わせが済んでいるようだ。
 アランも砦の外へ連れていかれた土ねずみが穴を掘る様子を見ながら、説明を受けた。
 確かにその案なら、と思うものだった。

 そうしてレジーは、キアラを奪還するための人選を始めた。
 土ねずみの特性を良く知っている、一度遭遇しているレジーの騎士達が中心だ。不安なのは飼い主であるエメラインも入っていることだが、彼女が一番土ねずみのことを熟知しているのだから仕方ないだろう。

 それよりも、レジーが奪還部隊の中に自分のことを入れなかった様子に、アランはほっとしていた。
 けれどそれが早計だとわかったのは、戦端が開かれたとたんのことだった。

 サレハルド側に、土人形が現れた。
 それだけでキアラがいて、魔術を操れるぐらいに回復をしていることがわかる。
 キアラはおそらく、サレハルド側で身柄の保全と引き換えにファルジアを攻撃するように言われているのだろう。多少の損害は仕方ない、と思ったアランだったが、土人形の次の行動に驚いた。
 真っ直ぐにルアイン側へと移動していき、ルアイン兵を蹴散らし始めたのだ。

 すかさずルアイン側への総攻撃を指示したレジーは、笑いながら馬を降り、土ねずみと共に突入する集団へと向かい始める。
 レジーの馬を引き受けた騎士は諦め顔だったが、アランとしてはそうもいかない。

「キアラが無事みたいだし、早めに拾ってくるよ。だからアラン、後は頼んだ」
「お前、最初からそのつもりだっただろう! 自分の騎士にだけ根回ししていたな!?」
「さすがアランだね。……これは私のわがままだとわかっているんだ。私が最適だろうっていう以上に、私が行きたい」

 まっすぐにアランのことを見て、レジーは宣言した。
 レジーが突入部隊には最適だという理由も、アランはわかっていた。けれどレジーは王子だ。

「私が行くことで、もしかすると捕らわれる可能性もあるかもしれない。その時には君の枷にならないようにする。だからアラン、君も無理に私を救わないでくれ」

 言われて初めて、アランはキアラが感じただろう絶望感を知った。
 仲の良い従兄弟。
 レジーの方が身分は高いし、必要がある場所ではアランもそう接していた。けれどレジーは根本的なところでアランに壁を作らないでいてくれた。
 アランは幼い頃から、自分の方がレジーよりも子供っぽいことは承知していた。

 レジーは自分よりも沢山のことを既に知っていて、理解していた。けれど偉ぶるどころか、同年代の子と遊ぶことがないレジーは、アランが教える遊びや悪戯に素直に従った。
 自分は何もわからないから、どんなことでも知りたいと言って。その後も一緒に怒られて仲間意識を持ってくれていた。
 そんな対応も大人びたもので、完全にレジーは子供らしいとは言えなかったし、そんなところをウェントワースも心配していたけれど、でもアランは嬉しかった。
 自分にも、この頭の良い従兄弟に教えてやれることがあるとわかったから。

 そうしてレジーが足りないものを追いかけている間に、なんとかして追いつこうと努力した。
 対等な関係でいたかったからだ。
 そんな相手に、死ぬかもしれなけど助けるなと言われて、ショックを受けない人間がいるだろうか?

 世界で一番信じてすがっていた相手にそんなことを言われて……キアラが、必死にならないわけがなかったのだ。
 このバカ……と悪態をつく。

「今はキアラの気持ちがわからないでもない。……どうして死なせたいなんて思う? なんでそうすぐに命を放り出すんだ。だいたいお前は王になるんだろ。それなのに自分の身の安全を捨てるってどういうことだ!」

 なのにレジーは、珍しく悲しそうな表情で言った。

「代えられないんだよ。キアラだけは、他の何とも。何度考えたって。それが王の資質として間違っているなら、私は王になることを望まない」

 キアラのためなら、王位も捨てると言うレジーにアランは絶句する。
 何も言えない間にレジーは続けて言った。

「アラン、君がいたから私は普通の子供らしい行動を楽しむことができた。おかげで少し曲がりくねった人間になっただけで済んだんだ。後で言えなくなると困るから、今のうちに御礼を言っておくよ」
「くそっ、僕は礼を言われたいわけじゃない! 助けさせろって言ってるんだ!」

「……君、けっこうキアラと似てるよね」
「は?」

 こんな時に何を言うんだ、とアランは拍子抜けする。それからふつふつと怒りがこみ上げて来た。

「お前、そんなことを言っておきながら、王になる気は多少あるんだろ? じゃなければここまで軍を率いてこなかっただろう。だけどな、王だからって足を引っ張るものを全て切り捨てるのは下策だ。どうせなら無駄に良い頭を使って、冷徹に切り捨てるだけじゃなくて、全部手に入れてみせろよ」

 アランの言葉に、レジーは拍子抜けしたような顔をしたあと、くつくつと笑う。

「うん。やっぱり君はすごいよアラン。大好きだ」
「レジー……おまえ、頭の中身は大丈夫か?」
「多分変なんだと思う」

 笑い止まないままそう返したレジーは、実にすっきりとした表情だった。

「けど、気分がいいよ。じゃあ任せた」

 任せたというその言葉には、帰れなくなった時のことも、王子がいなくなった後の国をも全てひっくるめられているんだろう。怖い奴だ。
 だけどこっちも、おめおめとレジーを死なせてやりはしない。

「……任された」

 その決意を込めて返した言葉を告げ、うなずいて土ねずみの掘った穴へと入って行くレジーを見送ったのだった。

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