挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
私は敵になりません! 作者:奏多
181/268

憎いと嫌いの違い 1

 駆けつけたイサークによって、私は助けられた。
 小屋が燃え落ちる前に間に合ったイサークは、茨のおかげで火傷をせずに済んだ私を連れ、クレディアス子爵には有無を言わせず連れ去ってくれた。

 とりあえず、身の安全を保障してくれる人が来たことでほっとする。
 茨姫のおかげで、魔力的な体調はかなり回復したものの、疲労困憊と栄養の足りなさを訴えた私は、怪我の手当の後でご飯にありつき、それから清拭させてもらって休んだ。
 なにせ三日寝込んだ上、水しか飲んでない状態で誘拐された上、火あぶりになったんだし。
 それに、元気にならなくちゃ抵抗できない。

 子爵の一件で私は傷つくというより、とにかくやり返したい気持ちで一杯になっていた。力が出ない使えない時にできる精いっぱいの復讐は、死んで利用できなくすることしかなかったけど、気力体力があれば多少は抵抗できるのはわかっている。
 油断を誘って加減させたところを、こっちは全力を出して一気に叩くつもりだ。

 実行したら、子爵を殺すことになるのはわかってる。
 戦場での死はただ謝る気持ちばかりだった。自分や大切な人が生きるために、誰かを殺す自分に罪悪感があったから。今でもイサークやミハイル君達が死ぬ姿を想像しようと思うと辛くなる。
 なのに子爵に関してだけは、勝つことだけしか考えられない。

 ……今まで、この世から消し去りたいほど、誰かを憎いと思ったことはなかった。
 嫌な人がいたって、どこかに行ってくれたらいいなとか、嵐みたいに過ぎ去ってくれないかとか、そんな風にしか思わなかったから。

 あの人がいる限り、穏やかに暮らせない。
 何より子爵がいる限り、レジー達を守れない。
 カインさんですら無事かわからないのに、レジーまで失うことを考えたら、怖くてたまらなくなる。そんな大事な人達を奪うと言ったクレディアス子爵が、心底憎かった。

 カインさんも、こんな風に思っていたのかな。
 家族を亡くして。だけど直接殺した相手がわからないから、ルアイン全体を憎しみの対象にしてしまったのかもしれない。
 私は彼に憎まないでとは言えなかった。ただ過去に囚われ続けているカインさんを、どうにかしてあげたいと思っていた。
 理解できるようになった今は……否定したりしなくて良かったと思う自分がいる。
 だから私は必ず子爵を倒さなくてはならない。

 それにエイダさんのこともある。
 彼女は魔術師だと聞いてはいた。
 実際、クレディアス子爵に力を抑え込まれていた様子から、そうなんだろうと思った。
 そんな彼女が抵抗もできず蹴られ続けた姿を見たら……まるで、逃げなかったら私がああなっていたかもしれない。
 そう思ったら助け出せないかと考えた。

 エイダさんがフェリックスさんを傷つけ、アズール侯爵を殺したのは間違いないことだし、本当は憎むべき相手なのかもしれない。けれど本来なら彼女は、こんなことをしなくても良かった人だ。

 あともう一つ、エイダさんに同情してしまう要因があった。
 イサークを呼んで来てくれたのは、彼女だというのだ。

「ミハイルより先にな、あの女が俺のところに来たんだよ。お前が攫われる、なんとかしろってな」

 寝台の横にぴったり椅子をくっつけて座っていたイサークが、そう話してくれた。

「場所と、ウシガエル野郎は魔術師くずれがいなけりゃ何もできないって言い捨てて、あの女が先に走って行きやがってな……。人手を集めるのに少し手間がかかったが、おかげでお前が燃える前になんとかなったわけだ」

 情報通り、クレディアス子爵はサレハルドの騎士や兵に対して自分ではどうにもできなかったらしい。
 クレディアス子爵に従う兵も、サレハルドの国王であるイサークに対抗できなかったようだ。

「エイダさんは……」
「あの女は子爵の嫁だって言うからな……。悪いがそれだと手が出せなかった」

 だからか、と私はようやく理解した。
 エイダさんが私を助けた理由も。ルアイン側の人として戦った理由も。レジーに執着していたのも納得できる。
 彼女は助けて欲しかったんだ。
 そして自分と同じような目にあいそうになった私に、同情してくれたんだと思う。
 だけど私を助けようとしたことを知られては、今後のエイダさんにとってまずいことばかりだから、私を恨んでいたなんて嘘をついたんだろう。

「とにかく俺の方は、アーリング伯爵に抗議してある。あのウシガエルがサレハルドのいる場所に近づかないようにってな。ただ、隙が出来たらどうなるかは疑わしいが……」

 そこまで話した時、扉がノックされた。

「お食事、お持ちしましたよ」

 ミハイル君が、やや歩きにくそうに部屋の中に入ってくる。
 魔術師くずれに攻撃されたせいで、昨日はまだ頬や手に怪我を負っていたけど、それは治ったようだ。ただ打ち身になった足の完治が遅れているらしい。
 私も殴られた頬がまだ痛い。腫れは引いたんだけど、度々冷たい水に浸けた布で冷やしている。正直この世界では、薬さえあれば切り傷の方が治りが早い。

 ミハイル君が、イサークと入れ替わって椅子に座り、イサークは少し離れたテーブルで食事をはじめる。
 私も全部平らげたところで、ミハイル君とイサークが交代。
 座ったとたん、イサークが困った表情になった。

「……重傷だな」

 手を差し出そうとしたイサークが、その前に袖をしっかりと掴んだ私の手を見下ろしている。

「あの……ごめんなさい」
「まぁ、仕方ないけどな。強姦されかけて平気な奴はそういないだろ」

 実はクレディアス子爵を攻撃したりと、あの時はかなり冷静だったと思ったんだけど、全くそんなことはなかった。
 ただクレディアス子爵憎しで頭がいっぱいになっていただけだった。

 炎から遠ざかって落ち着いたとたん、助けようとしてくれたイサーク達少数の人以外に離れられるのが、怖くなってしまった。
 なるべく我慢して慣れようとするんだけど、とてつもなく心細くなってついつい袖を掴んでしまう。今もミハイル君が座ってくれている間、袖を掴ませてもらってたんだけど、イサークが手を差し出すのも待てなかった。

「こうなった一端は俺にもあるんだろうがな」

 目の前で仲間を刺し殺そうとした上で、私を誘拐したイサークがそう言う。

「ていうか、イサーク陛下がつきっきりになる必要もないと思うのですがね。キアラ様も放置されたからといって、すぐに泣き出すというわけでもないんですし」

 最初、それに近い心理状態になりかけた私は、そっとミハイル君から視線をそらした。大騒ぎしなくて良かった……。

「だって俺の女だって言ってきたもんだからよ……。近くにいないとおかしいだろ?」

 ルアイン側に抗議する時に、戦利品とかより独占するのも無理はないと、そう思わせたかったんだろうけど。

「はぁーっ」

 ミハイル君が深くため息をつく。それから数秒じっと私を見た後で言った。

「まぁ、警戒するならなるべくイサーク殿下の側にいた方がいいわけですが。でもこのままでは有事の時に困りますね」
「陛下だろ」
「はいはい陛下」

 ミハイル君に言い直させたイサークが立ち上がった。

「じゃあ慣らそうぜ」

 そのままずかずかと私の方に近づいてくる。

「え、何を思いついたんです陛下」

 ミハイル君がとまどい、近づかれた私が息をのんでいる間に、イサークはためらいなく私を抱え上げた。

「え?」
「他のやつらと接触しておけば、無駄な警戒もしなくなるだろ。とりあえず腹ごなしに屋上まで散歩させてくる」

 イサークは部屋を出たところで私を降ろし、歩かせた。
 手を繋いでくれていたけど、兵士なんかとすれ違うと心細くなる。
 思わず手に力が入るせいだろう、イサークがささやく。

「王様が隣にいる間は、どいつも牧羊犬みたいにお行儀よくするから緊張しすぎんな」
「牧羊犬……」

 そうは言われても、私も怖いというより心細いのであって、しかも無意識の反応だからな……。
 困った末に、折よくイサークに話しかけて来た金の短髪の騎士さんらしい人の顔を、犬化する想像を試みた。
 ちょっと鋭い目つきだけど真面目そうだ。顔立ち的にはシェパードだろうか……でも牧羊犬じゃないよね。
 すると当人が私を振り向いて睨みつけてきた。まさか、もし犬だったらとか想像していたのを察して、怒ったのかな。ごめんなさい。
 びくびくしてたらイサークが騎士さんに言った。

「ヴァシリー、お前目つき悪いんだからあんま見んなよ。怯えてんだろ」
「私の目つきは普通だと思いますが……。陛下がべったりだと聞きましたので、首に縄をつけてあちこち放浪させないためには、このような顔形の女性を軍内に置くべきかと検討していただけです」

 放浪?
 あ、そうだ。イサークってサレハルドがトリスフィードにいるっていう時に、なぜかカッシアに来てみたりしてた。しかもイニオン砦にもミハイル君とだけふらふらとやって来てたりもしたし。部下としては放浪されてるとしか思えなかっただろう。
 このシェパード系の人に私は同情した。ただ誤解は解くべきだ。

「私のことは、人に剣を取られそうになったから一時警戒しているだけ、っていうのと同じではないかなと」

 するとシェパード系の男性が「ふむ」とあいづちをうった。

「なるほど、参考にさせて頂きます魔術師殿。今度は質を予めとっておくことにしましょう」

 そう言ってシェパード系の男性は立ち去った。

cont_access.php?citi_cont_id=214034477&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ