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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~その手は届かなくて 2~

 砦に到着した後も、サレハルドの軍に備えて兵を伏せておく必要があった。
 けれど交代でも休息がとれる状況になったことで、軍全体がほっとした雰囲気に包まれていた。

 巨大化したままのリーラが、門番のように砦の崩れた箇所でお座りしていることも、気を緩めさせる効果を与えているのだろう。

 それでも負傷者や回収した死者に関わる者達は、沈鬱な表情をしていた。
 特に、アズール侯爵領の者達の悲嘆は深いようだ。
 信用して匿っていた信者仲間が、裏切り者だったのだ。そのために侯爵自身も殺されてしまったのだから。

 彼らから改めて事情を聞いた騎士の報告によると、エイダはエレミア聖教の熱心な信者として、アズール侯爵達の朝の礼拝に乗じて近付いてきたらしい。
 アズール侯爵領の人々は、基本的にエレミア聖教信者には寛容だ。できるかぎり礼拝を欠かさない彼らと行動を共にしたことで、アズール侯爵達の信用を勝ち取ったようだ。

 エイダは信者のふりをして侯爵に取り入った後、イニオン砦での火事の際にも侯爵を頼って事件をもみ消したらしい。
 どうやらあの不自然な火事は、エイダが何らかの行動を見られたと思って、兵士達を殺したのが原因だったようだ。本人は遊ばないかと絡まれた、と話していたようだ。

 アズール侯爵の遺体は、レジー達を追って町へ一度入ったキアラ達が回収していた。
 その時キアラ達はエイダと遭遇したものの、エイダは何もせず、泣きながら走り去ってしまったという。

「……フェリックスにほだされたのか。それともキアラにほだされたのか」
「両方のような気がいたしますよ、殿下」

 昏睡したままのフェリックスの様子を見に来た時につぶやけば、グロウルがそう応じた。

「あのエイダというお嬢さんは、愛情不足そうな顔をしていましたように感じましたので」

 だから王宮で一度会ったきりで、レジーの方が覚えていないようなことでエイダは執着を見せたのだ、ということはレジーにも理解できた。

「毎回、殿下の側から連れ戻されることで、フェリックスに構われている気持ちになったかもしれませんし、キアラ殿には一度大人しく慰められていましたから。特にキアラ殿には……同じ魔術師として、何か感じるところがあったのではないでしょうか」

 グロウルの評に、そうだといいとレジーは思った。
 エイダがキアラに懐いたから攻撃しなかったのだとしたら、サレハルド側に囚われても何らかの融通を利かせてくれる可能性が高まるのだから。

「でもキアラ殿が傷を癒す術まで持っていたとは……。助かりました。フェリックスの腕はほぼ問題ないですし、火傷も時間をかければ癒えるでしょう」

 グロウルにうなずきながら、レジーは唇を引き結ぶ。
 そこが問題だ。
 キアラは今回、魔術を使いすぎているように思う。
 フェリックスを助け、サレハルド軍に攻撃を行い、エニステル伯爵の側でもルアイン軍に攻撃を加えている。

 そもそも怪我を治すことに関しては、レジーの時でさえキアラ自身が気絶してしまうほど、負担の大きなものだったようだ。
 あの時よりもキアラが使える魔術が大きくなっているのはわかっているが、その後十人近い魔術師くずれに追われて、ウェントワースと二人だけで戦闘を行っている。

 彼女の体が持つのか。
 何か危機的状態に陥っているのではないかと思うと、気が気ではない。魔術師は、魔術を使い過ぎると砂になって死ぬのだ。
 そこへアランの騎士が駆け込んできて、小声で知らせた。

「ウェントワースが目を覚ました」

 レジーは急ぎ、近くの小部屋へ収容されているウェントワースの元へ急いだ。

「キアラさんを、連れ去ったのは……サレハルドのイサーク王です」

 部屋に入ったとたん、その言葉が聞こえた。
 問いかけるアランに、寝台に横たわったままウェントワースはぽつりぽつりと返事を返している。

「相手が名乗ったのか?」
「いいえ、キアラさんと顔見知りだったようです。お互いに名前を知っていたようで……」

 ウェントワースの発言に、アランが驚愕の表情になる。

「なんで敵国の王と?」
「そこまでは……」

 首を横に振ったウェントワースは、そのイサーク王の特徴を述べて行く。
 赤味がかった髪。灰色の目。サレハルドの緑のマントを羽織り、騎兵達を従えていたことを。

「イサーク……」

 どこかで聞いた名前だ、とレジーは思い出す。
 キアラから直接聞いたわけではない。男の名前を彼女が口にして、それが軍内の人物以外なら、レジーはかなり警戒するはずだからだ。魔術師である彼女に、悪意を持って近づいた可能性を考えなければならないからだ。

 記憶を探ったレジーは、ある兵士からの報告を思い出した。
 イニオン砦で見かけた、キアラが話していた商人らしき男。
 立ち去るようだが、魔術師とわざわざ話していく男は誰なのかを知る必要があるだろうと、兵士に追跡だけさせておいたのだ。

 その名前が確かイサ、と言っていたか。
 普通に仕入れをして町を去ったというので、これ以上関わらないのなら問題ないだろうと思っていた。
 けれど彼の特徴を聞いてわかった。あの時キアラが会っていた商人が、そのイサーク王で間違いないと。
 おそらく市井の民に紛れて、偵察に来ていたのだろう。……王自身が、というところが理解に苦しむが。正直なところ、途上で何かあったらどうするのかと思うような行動だ。

 レジーはそのことをアラン達に話した。アランがため息をつく。

「魔術師について探っていたのかもしれないな……」
「その可能性は、高いと……。キアラさんが、自分から言っていました。魔術師がほしいんだろう、と」

 ウェントワースはとぎれとぎれでも続けていた言葉を一度止めてから、苦し気な様子で伝えた。

「キアラさんは負傷した私を逃がすために、自分からサレハルドに降伏したのです」

 予想通りの行動の結果だったようだ。
 そうでなければ、ウェントワースが生きたままでいられるわけがない。
 ただそれだけでなく、氷狐の働きがなければ、自陣に帰りつくこともなかっただろう。
 ウェントワースは馬に乗せられて解放された後、何か匂いを感じたのか、彼の元へ走ったリーラによってすぐさま発見されたのだ。
 そうしてウェントワースは、レジーに顔を向ける。

「殿下、キアラさんを守り切れずにおめおめと生き残り、結局はキアラさんに救われました。この上は、命に代えても……」
「ウェントワース……」

 目の前で彼女を失った彼が、思い詰めるのは当然だった。命令を受けた騎士としても、一個人としても。
 ウェントワースは、急いで伝えなければならないことだけは口にしたと考えたのだろう。
 その後すぐに、気が抜けたようにまた昏倒した。

「腹を刺し貫かれていれば、無理もない」

 アランが眉間にしわを刻んだ表情で、ため息をついた。

「ウェントワースは腹を刺し貫かれていた。背中まで傷があるのに……どうも、内蔵の方は傷がついた様子がなかったらしい。おかげで薬だけでもかなり傷を急速に癒すことができた」

 それがあったから、今日のうちに意識を取り戻せたのだろう、とアランが言う。

「じゃなかったら、ウェントワースは死んでいた……お前のとこのフェリックスと同じく、キアラがやったんだろう」

 どう感謝していいか……とアランはうつむく。
 レジーは彼の言葉にうなずいた。
 失いかけた二人を助けて、キアラは自分が犠牲になってしまった。
 何より恐ろしいのは、キアラがやはり魔術を使いすぎているという可能性があることだ。

「生きて……いれば……」

 生きていてくれさえしたら。
 願うしかないレジーは、一度その部屋を出る。

 フェリックスについては魔術で傷を治したせいで、本人の体力もかなり削ったとキアラが言っていたらしい。ウェントワースも同じ治療をほどこされたことと出血量から考えて、目覚めるまでに日数が必要になるだろう。

 石積みの無骨な壁に囲まれた廊下に出たレジーは、彼を呼びに来た騎士に連れられて、もう一つ事情を確認しなければならない人物の元へ、足を向けた。

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