挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
私は敵になりません! 作者:奏多
172/268

閑話~その手は届かなくて 1~

 炎は一つ一つ家を飲みこんでいく。
 ルアインにファルジア軍を騙すために移動させられたのだろう、町中に人がほとんどいないらしいことだけが、幸いだった。
 それでもわずかに、家の中に引きこもっていた人々が逃げ出し、川があるという町の東へ走って行く。
 レジーは兵を西門へ向かわせた。

「小部隊ごとに分散させて、路地を使って行くように」

 大きな通りはルアイン側に待ち伏せされているはずだ。
 だからこそエイダは大きな通りを追ってきて、その先にいるだろうルアイン軍にわかるように左右の家に火を放ったはずだと予測した。
 案の定、レジーの読みは当たった。路地は遮る者がいない。西門の近くにほとんどの兵が集結できたのがその証拠だ。
 そして側にいない人間のことを思い出し、代わりに犠牲にしたものの大きさに、息が詰まるような感覚に陥る。

「フェリックス……」

 エイダを任せていたのはフェリックスだった。だからこそ自分が行くと、レジーに合図を送ってきたのだと思う。
 彼女の行動パターンを最も予想できるだろう人物は、フェリックスしかいなかったので、選択は間違っていない。ただ……その前の選択で失敗した。
 だがレジーに悔やむ時間はなかった。

「門の外には?」
「姿はありません。代わりに町の中心部、我々の後ろから来ています」
「外壁から離れた場所を南下。矢を警戒してほしい。他の者達と合流する」

 グロウルに答え、兵を町の外へ出す。
 ここまでは上手くいったが、間もなく壁の一つにぶつかる。
 おそらく自分を救うために、西から回り込もうとしてくれたのだろう。リメリックのジェローム将軍の軍が近くにいたが、サレハルドの軍と交戦していた。
 おかげで西門から出たレジー達は、攻撃されることもなかったのだ。
 サレハルドは三千ほどだが、ジェローム将軍も近い数の兵を率いている。押し負けることはないだろうが、早期に撃退した方がいい。

「町といい、これといい。サレハルドとルアインはこちらを分断させにかかっている。ジェロームの軍と共に、急ぎアラン達と合流する」

 だから倒せと命じれば、レジーの騎士達は生き残った兵を率いてジェローム将軍と戦うサレハルド軍を横撃した。
 さすがにレジーがこれほど早く町から出てくるとは思わなかったのか。サレハルド軍は一度は持ち堪えようとしたものの、ややあって引いて行く。
 レジーはそれを追わせなかった。

「おそらくアラン達も、分断されているかもしれない」

 その予想は当たった。
 アランはエヴラールとデルフィオンの合同軍だけで、サレハルドとの戦闘を持たせていた。
 エニステル伯爵の兵は、東に現れた別なサレハルド軍への対応に回ったという。

 その東へ、キアラが一撃離脱のつもりで協力しに行ったと聞いて、レジーは嫌な予感がした。
 けれどキアラのことを不安に思うのは、いつものことだ。
 魔術師で、一人で大勢の敵兵を倒すことができるけれど、体力も並の女性程度で、身を守る力には不安が残る。

 それでもウェントワースがいる。
 エヴラール辺境伯から命じられた以上、何があっても彼女を守るだろう。個人的な感情を加味しても、自分の命よりも優先するはずだ。
 どんなに複雑な思いを抱いていても、それだけは信じている。

 ウェントワースはずっと長く関わって来た人物だ。アランのように無邪気なものではなかったけれど、レジーだって信頼していた。人となりを知っていたから、他の人間に取られてしまうよりはずっといいと思うほどに。
 自分よりもずっと長く傍にいられて、抱きしめられても逃げないほどには彼を受け入れているキアラを見て、内心では苦しく思っていた。
 けれど彼女がカインを望むのなら、それでもいいかと思っていた。
 どうしてか、彼女には自由でいてほしいと思うから。
 束縛して、意に添わない思いをさせたくない。それぐらいなら、自分が苦しい方が良いだろうと。
 どうしようもなく守りたいと思った、自分と同じ感覚を持つ人だから。

 レジーは、ジナ達と自分の騎士をエニステル伯爵の側に送り出した。魔術師くずれがいるという情報を受けたからだ。
 おそらくクレディアス子爵が関わっているはずだ。それでキアラが苦境にあっても、氷狐達がいれば緩和される。

 自分は行きたくてもそういうわけにはいかない。
 せめて目の前のサレハルド軍を追い散らし、彼女が戻ってきても息がつけるようにしておかなければ。
 そう思っていたのに。

 予想以上に早く、ギルシュと、なぜか体高が人の背丈ほどになった氷狐が一匹、レジー達の元に戻ってきた。
 連れてきたのは、完全に昏睡状態に陥って死にかけたウェントワースだ。
 彼の状態が、まず信じられなかった。
 ルアインの侵攻で家族を失って以来、驚くほど強さを求めて鍛錬を続けたウェントワースが、戦場であっても倒されるという想像ができなかったのに。

 キアラの姿はない。
 事情を聞くこともできない。
 ただ状況からわかることがある。
 ウェントワースの怪我から、魔術師くずれと戦ったらしいこと、剣を使う相手と戦ったことも推測できた。
 ウェントワース一人では抱えきれない事象を、想定しきれていなかったということだ。
 そしてウェントワースが乗せられていたのは、サレハルドの軍馬だ。鞍につけられたままだったものからそれがわかった。
 彼が落馬しないように縛りつけられていたと聞き……。

「キアラは、ウェントワースを助けるためにサレハルドに囚われたのか?」

 つぶやいた言葉に、ギルシュがウェントワースの手当をしながら沈鬱な表情を見せた。
 本当は揺り起こしてでも聞きだしたい。彼女の居場所を。
 しかし戦いは続いている。

 敵はあまり軍を運営したことがない人物が動かしているのかと思ううほど、ちまちまと細分化して攻撃を繰り返してきていた。
 けれどそのためにアラン達は攻めあぐねる結果になっていた。
 各個撃破しようとすると、群がる蟻のように集まってきて防ぎ、別な場所から他の隊が攻撃され、急いで小隊毎に逃げて行くのだ。
 あまり南下するわけにもいかないアランは、その度に引くはめになる。
 状況が膠着する中、エニステル伯爵の軍が引いてきた。
 このまま打ち倒すのは難しい。となれば一時撤退するしかない。

「問題は場所だ。どこへ?」

 アランの質問に、レジーは答えた。

「真っ直ぐ南下。先に攻略した砦を接取する」

 全軍で密集陣形をとらせる。
 サレハルド軍に誘い出された時に、そのまま南下するのだ。
 けれど敵陣に突撃していくのだから、間違いなく犠牲は多くなる。
 亡きアズール侯爵の部下達が、それならばと最も敵とぶつかる左側面を志願してきた。
 王家を奉じているからこそ、裏切ることがない軍である彼らを使い潰すと決断するのは、レジーの心に苦い思いを残した。
 そのはずだったのだが。

「リーラっ!?」

 振り返れば、陣の後方に対抗がジナの肩ほどの大きさにまで巨大化した氷狐がいた。
 傭兵達の声から、間違いなくリーラという氷狐らしいが……なぜと考えるのも後にするしかない。
 レジーはジナにリーラを操らせて、先鋭として突撃させた。
 走り出した氷狐に、サレハルドの軍は驚き、次いでまき散らす吹雪でこちらへの攻撃もままならなくなった。
 そのおかげでレジー達は、少ない損害でリアドナの砦へと身を寄せることができたのだった。
※記憶違いがありまして、前回の内容を修正しております。

下記も連載しています!
鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


cont_access.php?citi_cont_id=214034477&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ