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私は敵になりません! 作者:奏多
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別離をもたらす火 7

 物音が聞こえた。踏み分ける腐葉土や枝が折れる音だ。
 複数の馬が、近づいてきているんだと思う。特にこちらを探している様子はないけれど……。

「カインさん」
「味方なら、名前を呼ぶはずです。……行きましょう。ここでは近づかれるとすぐ見つかります」

 今潜んでいる場所は、窪みの前に土壁を立てただけだ。遠目ならまだしも、近くでは不自然極まりない。
 私達はそっと窪みを出た。
 カインさんの腕に縋って歩く。なるべく音を立てたくないけれど、土の上を私の足先がひきずってしまう。

 時々立ち止まり、息をひそめて相手の物音を確認した。
 まだ遠い……と思う。鎧のたてる金属音が聞こえるけれど、違う方向へ向かっているような気がする。
 とはいえ、自分の耳はもう信用ならない。
 長く子爵の影響下にいたせいか、頭のぼんやり具合がひどくなっていた。導かれるままに足を動かすだけで、考えるのが苦痛だ。

 カインさんは音の発生源を避けて、崖に沿って歩いて行く。けれどこのままでは、見つけられた時に避けられない。

「カインさん。そろそろ崖の上に上がりましょう。なんとか階段を作ります。相手が馬なら避けられますし、子爵達も降りる場所を探して遠ざかったはずです」

 何より崖を上がった場所の方が、アラン達に近い。

「できるんですか?」

 問い返されると自信がゆらぐ。たぶんカインさんは、また私が流血沙汰になるのを気にしているんだと思うけど、それも命あってのことだ。

「……やらなきゃ」

 私の答えにカインさんもうなずいた、その時だった。
 空気を斬り裂く音に身構えた時には、目の前を矢が通り過ぎた後だった。
 カインさんに伏せさせられた私は、体が重くてそのまま座り込んでしまう。

 そんな私を背に、カインさんが林に向かって立つ。
 ようやく私も頭が回ったが、矢避けの土人形(ゴーレム)すら作れない。
 けれどもう矢は射られなかった。

「ほー。あのガマガエルの言うことは間違ってないんだな。本当に弱らせられるってことか」

 戦場で、気を張った様子もない声。
 聞き間違えるわけもない……そしてこんな時に、と私は思う。違う人であってほしかった。

「魔術師がこっちに行くって予想が当たったな。抜け出してきて正解だ。さすが俺」

 自画自賛するその人が、ゆっくりと木の陰から現れた。
 少し長めの赤茶色の髪。やや鋭い灰色の目。
 ――イサークだ。

「しかし、騎士までくっついてるとはな」

 彼は一人に見えたが、間もなく馬の足音がいくつも近づいてくる。私達は、崖を背にした場所に追い詰められていたのだ。
 イサークの緑のマントを見て、カインさんも彼がサレハルドの人間だということはわかったようだ。そもそもは、同士討ちをを避けるための色の違いなのだから、当然か。

「一人きりで移動して、音を誤魔化したのか……」

 カインさんのつぶやきで、音を頼りに逃げたことを、逆手に取られたとわかった。
 しかもカインさんの声が、特に悔しそうでもなくて。凪いだ様子が気にかかる。

 一方で、イサークにも今までのようなつもりで声をかけることもできなかった。
 私を見ても、優しそうだった以前までの表情は見せてくれない。手には抜身の剣を持ったままだ。
 冷たい視線にぞっとさせられた……まるで転がっている石を見ているような目だ。

 やがてイサークは、こちらへ向かって歩き始めた。
 イサークの強さは私にはわからない。けれど怪我を負ったカインさんでは不利だってことは私にも予想がつく。どうやったら止められるか考えても、思いつかなくて。

「イサーク……」

 でも見逃してくれとも言えない状況だと感じて、名前を呼ぶことしかできなかった。
 イサークは、けれど足を止めた。

「魔術師のお嬢ちゃん。正直なところ、俺にとってお前の存在は障害でしかない。この男の次に殺してやるから、大人しくしていろ」

 声を聞きとめてくれても、名前を呼んでもくれなかった。
 同時に、私はだめだとわかっているのに、イサークが以前みたいに笑って私を助けてくれるだなんて甘い期待を抱いていたことを思い知る。
 イサークはもう、サレハルドの王様として私の前に立っているんだ。
 そこでふいにイサークが「ああそうだ」と思いついたように言った。

「このめためたになった男なら、俺の障害にもならんだろ。お前、その魔術師を殺したら見逃してやるが、どうする?」

 明らかな挑発だろう。けれどカインさんは乗ったりはしなかった。

「役目を放棄した騎士など、この国では生きて行けませんよ」

 カインさんは剣を構える。
 私は血の気が引いた。
 一歩も引かないで、本当にカインさんは私と死んでしまう気なの?
 血塗れになって倒れるカインさんの幻覚が、脳裏をよぎる。

 だめ、だめだ。二人を引き離したい。カインさんを死なせたくない。イサークに殺されたくない。
 ……でもイサークを傷つけるのも怖い。

「お、ちょ、弟子!?」

 気づいた時には、私は魔術を使っていた。
 周囲の地面が、一気に針山のように棘を生みだしていく。

「出て行って、どっかへ行って……!」

 つぶやく願いと同じように、その棘の波が広がっていく。イサークの後方に姿を現していた騎兵達は、慌てて退いて行った。
 なのに、イサークは無理に前に出てきた。
 足や腕を、斬り裂いて伸びる棘にかまわず、一気にカインさんと切り結ぶ。

 失敗した、とわかった。
 カインさんと私の側なら、魔術で攻撃されない。そしてイサークはとても近いところにいたのだ。

 でも私にも、これ以上の攻撃ができない。
 体の魔力が治まらなくて、苦しさのあまりに胸をかきむしりたくなる。吐けるものなら魔力を血ごと吐き出したら楽になるんじゃないかと思うほど。

「ばかものっ、命を縮める気か愚か者め……」

 小さな声で師匠が毒づいてる。でもごめん師匠。どうせ殺されるのなら、できるだけのことはしておきたかった。

「ごめんね、巻き添えにしちゃった」
「謝るな……どうせわしは生きておらん」

 師匠の慰めが心に痛い。
 それに、せめてカインさんだけでも逃がす隙を作りたかったけど。上手くいかなかった。
 私にできることは、もう一つしかない。

「師匠、しばらく人形のふりしててね」

 頼んだ上で、イサークとカインさんに目を向ける。
 二人は無言で戦い続けていた。
 イサークが切りつける剣を、カインさんが受け流していく姿は、示し合わせて演じる剣舞のようだ。

 カインさんが押されて体勢を崩す。
 イサークが入れた蹴りで転びながらもカインさんはすぐに置きあがり、突きに転じる。
 それでも払われた。
 また打ち合う。

 すぐにカインさんの息が上がってきた。きっと傷が開いてるんだ。
 手当した腕も、巻いた包帯に血が滲んでいるのに、イサークはずっと口元の笑みが消えないだけの余裕を持っている。

「怪我が無かった時に、殺り合いたかったものだな」

 何度目かで切り結ぶと同時に、イサークが足払いをかけた。
 倒れかけながらもカインさんは剣を引かない。
 振りおろすかと思ったイサークの剣を受け止めるために、上げられたカインさんの腕。

 けれどイサークの剣先は滑らかに曲線を描いて、カインさんの足を切り、振り下ろしたカインさんの剣を跳ね上げて、腹部に突き刺さる。

 悲鳴を上げなかったのは、声が出なかったからだ。
 血が滴りはじめ剣をイサークが引くと、カインさんはその場に倒れる。

 腕が、足が震える。
 でも、ここで泣いて何もしなかったら、カインさんを助けられない。
 私は膝と手で一生懸命に進んだ。
 カインさんに覆いかぶさるようにして庇う。

「殺さないで……」

 もう大きな声を上げる力もない。でもまだ気を失ったりできない。やるべきことが、まだある。
 私の動きはのろのろとしたものだったけれど、全てをイサークは邪魔しなかった。
 そのことに私はほっとする。
 ……よかった。それならたぶん、私の思ったことは受け入れてくれるかもしれない。
 考えていた言葉を、声に出す。

「魔術師が欲しいんでしょう、イサーク。だから一緒に行かないかって、言ったんでしょう?」

 見上げれば、イサークは無言のまま視線を合わせてきた。黙ったまま厳しい眼差しで、覚悟を口にしてみろと促すみたいに。

「私がサレハルドに行きます」

 宣言する声が震えた。

「キアラさ……」

 まだ意識のあるカインさんが、止めようとしてくれたのだろう。名前を呼ばれるが、私はそれを聞かなかったことにした。
 私も、本当はそんなことしたくない。サレハルドの味方になるということは、ファルジアの敵になる可能性が高いのだから。

「カインさんを見逃してください。引き換えに、私はそちらに投降します……」

 イサークは数秒考えて答えを返した。

「ほぅ、殊勝なことだなキアラ。だが投降したとしても、それなりの扱いを受ける覚悟をしてもらおう。まともな対応をするかはわからん。なにせお前は魔術師だ。俺としても、言葉だけを信じてほけほけと騙されてやるわけにはいかないんでな」

 王としてのイサークは、やっぱり甘くはなかった。はいそうですかと、私を連れ去って済ませてはくれない。

「あの嗜虐性の強い子爵の元に行くのと、そう変わらない状態になるかもしれないが、それでもいいのか?」

 イサークの他人を見るような冷たい視線に、身がすくみそうになる。
 今のイサークなら、何をしてもおかしくないと思うから、心の底から怯えてしまいそうになる。
 子爵と違って、イサークには私を抑え込む術なんてない。だからといって何をされるのか私には想像もつかない。
 拷問とかされたらどうしよう。子爵に弄ばれるのと変わらないことをされたら……。

 想像するだけで泣きたかった。
 それでも助けたかったから。惨めに地面に座り込むことしかできない私には、もうこの体一つしか差し出せるものなんてないのも、よくわかっていた。
 それに……このまま保てるか自信がないことを思えば、少しは気楽だ。

「今の私には、魔術なんて使えないから。どこかへ運んでいる間に暴れたりとか、抵抗することもできないと思うし、カインさんを放してくれるなら……従う」

 うなずいた私に、イサークが告げた。

「……いいだろう」
「だめです。どうせなら、貴方一人で逃げ……」

 カインさんが止めようとする。
 そう言って止めてくれると思ってた。それにほら、カインさんはやっぱり私を可哀想だからって殺したりしない。

「死んで欲しくない。だってカインさんは、この世界での私のお兄さんみたいな人だもの。自分に優しい家族に、死んで欲しいなんて思うわけがないでしょう」
「でもあなたが、命に代える必要は……」

 伸ばした指先で、カインさんの言葉を止める。
 それからひっそりと、左手の甲をカインさんの腹部の傷近くに触れさせた。

「レジーはわかってくれます。私がどんなに家族が欲しかったか、誰よりもわかっているから。お兄さんみたいに大事なカインさんを、助けるためだったら……っ、私がこれぐらいするだろうって」

 そこで嗚咽が漏れそうになって、一度歯を食いしばった。
 カインさんはまだ反論したそうだったけれど、私は何も言わせなかった。
 流れ出てるまま止まっていなかった自分の血を利用して、フェリックスさんみたいにカインさんの怪我を治そうとする。

 泣いているふりをして、うつむいて。
 勝手に流れる涙が、カインさんの服を濡らしていくから、イサークは疑わないだろう。
 そうして時間を稼げるのも、ほんのわずかだと思うけれど。少しでもカインさんが生き残れる可能性を上げておきたかった。

 カインさんは魔術のせいで、そのまま昏倒してしまったみたいだ。
 丁度いい。絶対抵抗しないように見えなければ、イサークが見逃してくれないかもしれないから。
 限界の状態で魔術を使っているのに、なんだかさっきよりも具合の悪さを感じない。
 それでもかろうじて残ってる思考力が、カインさんの内側からの傷を優先して直す方向へ、魔術を使わせる。
 表面の傷を優先させたら、イサークに気づかれてしまうから。それができないのは悔しいけれど、逆に傷薬を使えばどうにかなるはずだ。

 それでも血が流れ過ぎたし、魔術を使ったせいで怪我をする以上に体力が削られてしまっただろう。なんとか命を繋いでも、無事にアラン達ファルジアの人に拾ってもらえるかわからない。
 カインさんが生き残ってくれるためには、まだ奇跡が必要だけど、私にできるのはここまでだ。

「……別れは済んだか?」

 イサークが声をかけて私の肩を掴んだのは、それから何秒経った頃だろうか。
 ここまでだ、と思ったら少しほっとした。

「彼を、ここから逃がしてあげて」

 うつむいたまま言えば、イサークが少し声の硬さを崩した。

「まぁ、あれだけ深い傷を負ってる奴がどうこうできるわけがないだろうし、完全に気絶しているようだな。約束は守ろう……おい、その男を馬に乗せて放してやれ。魔術師をこちらが手に入れたと、あっちに教えてやらなくちゃな。さぞかし怯えるだろうよ」

 抵抗する力もない私は、なされるがままイサークに抱き上げられる。
 首を持ち上げることもできずに、ぐったりと仰のいたままだったけど、カインさんがサレハルドの兵によってそのまま誰かの馬に乗せられ、縛りつけられるのを見ているしかない。

 やがて馬は、軽く叩かれて促されて歩き始める。
 林の向こうへ消えて行く馬の姿をかすむ視界で追っていたけれど、いつの間にか見えなくなる。
 真っ暗だ。
 たぶん目を閉じたんだろうけど、それもよく自分ではわからない。
 ただなんだか寒い。
 その時になってようやく、イサークは私の状態に気づいたようだ。

「ちょっ……おい、キアラ!?」

 だけどもう、私は意識を手放してしまって、説明することもできなくなっていた。
 おかげで自分の手の傷が、わずかずつ広がっていたことも、血が止まる様子もないことも、全くわからなかったのだった。
※活動報告に書籍の番外編に関するSSを掲載しております。

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