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私は敵になりません! 作者:奏多
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別離をもたらす火 4

 私がエニステル伯爵にしようとしていることを説明した頃、木立の向こうにサレハルドの兵が見えてくる。
 緑のマントを身に着けた兵士が、腐葉土に覆われた緩い斜面をゆっくりと進んできていた。
 私はすぐさま、進軍を止めたエニステル伯爵の側で土に手をついて、魔術を発動させる。

「壁、階段状!」

 土がサレハルドの軍の前に立ちはだかるように盛り上がる。
 階段がついているので奥行きがあって崩されにくく、しかも相手は二手に分かれる必要があるのだ。
 サレハルド軍が壁に戸惑うように進軍を停止する様子が、壁の端から見えた。

「二手に分かれよ! 一方は我に続くが良い!」

 エニステル伯爵が旗下の兵士や騎士に号令をかけると、軍の一部を率いて一気に段を登って行った。
 そのまま勢いをつけて飛び降りていく。

 壁の向こうから怒号と悲鳴、剣戟の音が響き、私にもとてつもないことになったらしいのが推測できた。
 何よりヤギに乗った老人が先陣をきってるあたりがすごい。
 サレハルド軍も壁の出現に続けての突撃に、矢を射ることすらできなかったようで、蹂躙されているっぽい。

 残るエニステル軍は壁の左手から進んでいく。
 右手には、私がさらに追加で魔術を使った。

 巨大ぬりかべを土で作成した私は、一つだけのドミノのようにサレハルド軍に向かって倒す。
 ちょっと息が切れるが、足止めするために十分なダメージと威圧ができたんじゃないだろうか。
 向こう側にいるエニステル伯爵達も、あの大きさなら十分に避けられたと思う。

 案の定、壁の右手のサレハルドの軍が手薄になっていた……と思ったら、なぜかサレハルドの兵士が数人、悲鳴を上げながらこちらへ逃げてくる。

「どうしてこっち?」

 理由は間もなく判明した。
 後から逃げてきた兵士が、足から砂になってその場に倒れ、全身が砂になってくずれる。
 その場の土も、周囲をも砂にしていく土の魔術師くずれ。巻き込まれたルアイン兵も砂になって倒れた。
 魔術師くずれがいる……しかも土の。

「カインさん、あれを止めないと!」
「貴方の状態は?」
「まだ大丈夫です。それにここまで何の妨害も無しですから!」

 やっぱりこれは、魔術師くずれがいるからなんだろうと私は結論づけた。
 私はまた3メルほどの土人形(ゴーレム)を作りだした。
 するとカインさんが「万が一のためです」と自分は下馬して、私を馬上に乗せた。

 そのままカインさんは、私の求めに応じて走る。あの魔術師くずれを倒すために。
 けれど魔術師くずれから離れようとしていたサレハルドの兵が、急にその場に倒れた。

「騙された、俺まで……どうして!」

 サレハルド兵は叫びながらのたうちまわり、手足を振り上げる度に風を渦巻かせる。

「カインさん!」

 風は鎌鼬みたいに周囲の地面を斬り裂くように抉りながら、周囲に散らばって十メルほどの範囲で魔力切れを起こすのか立ち消えた。
 けれどカインさんはすぐ側にいた。
 いく筋もの風がカインさんにも襲い掛かる。
 とっさに身を低くしたもののカインさんの服の左袖が斬り裂かれ、青のマントも大きく切れ目ができた。
 それでも鎧と、庇うように前にかざした剣で大きなダメージを避けたようだ。
 風の間隙をついたカインさんが、新たな魔術師くずれに接近する。
 一瞬で息の根を止め、魔術師くずれは砂になってくずれた。

 その間にも、土の魔術を使う方の兵士は、周囲の木や、私が作った壁までも
 他のサレハルド兵が魔術師くずれにこの場を任せるつもりか、近寄ってこないのはいいけれど、このままだと足止めに利用する壁が壊れてしまう。
 近くにいたらしいエニステル伯爵の騎兵も、馬が砂に足を取られることを恐れて近づけないようだ。
 私は馬から降りて次の一手をと思った時だった。

「この程度に恐れをなすとは! けしからん!」

 突然壁の上に駆け上がった白ヤギの上に乗る、白鬚の老人が視界に飛び込んでくる。いつの間にぐるりと回って来たのか。それともヤギが壁を飛び越えたの?
 とにかくエニステル伯爵は、いつの間にか持っていた槍を、ヤギの上から投擲した。
 風を切る音と共に、槍が魔術師くずれに突き刺さる。そのまま魔術師くずれは砂になり、周囲と同化してその姿もわからなくなった。
 さすが仙人様。

「大事ないか、エヴラールの騎士よ」

 カインさんに声をかけたエニステル伯爵だったが、カインさんは何かに気づいたようだ。

「それよりもエニステル卿、こちらを!」

 呼ばれてヤギが再び壁を飛び降り、そのヤギからも飛び降りたエニステル伯爵がカインさんに駆け寄る。
 そうして先ほど風の魔術を放った兵士の、残した衣服を持ち上げるカインさんの隣で、眉間に皺を刻んだ。

「……やはり、偽装か」

 偽装?

「ルアインの兵ですね。あちらの鎧とこちらでは造りが違う」

 ルアインの兵? ってことはこれ、ルアイン軍なの!?
 私はつい周囲を見回す。魔術師くずれだと思ったから倒して安心していたけど、クレディアス子爵がいるかもしれない。

 その時、私の視線がある一か所に吸い寄せられる。
 砂地を迂回して接近して来ようとした、百人はいそうな緑のマントを羽織った部隊。その少し後方に騎乗している人物に。

「う……」

 血の気が引くような感覚と倦怠感に襲われる。私は馬首に持たれて自分の体を支えるのが精いっぱいになった。

「カインさ……」

 呼びたくても、大きな声が出ない。
 だが間もなくカインさん達も、彼らに気づいたようだ。

「危険が少なくなったと思って、来おったか」

 カインさんも剣を構える。エニステル伯爵が馬にくくりつけていた槍を手に取りながら「む」とつぶやく。

「あれは魔術師疑惑の子爵ではないか?」
「クレディアス……?」

 その名前にカインさんが私を振り返って、表情を険しくする。

「キアラさん!」

 私の状態に気づいて、駆け寄って来ようとしてくれる。
 一方の私は、何の魔術を使われるかわからない緊張感から、クレディアス子爵から視線をそらすことができずにいた。
 以前見た時よりも、顔に肉が増した気がする。おかげであのカエルみたいな目が目立たなくなったけれど間違いない。こんな特徴的な顔を見間違うわけもなかった。

 やがてその口が動いた。
 私は読唇術なんてものは使えない。だけど何を言ったのか、わかる気がした。

 ――見つけた、と言ったのだ。

 背筋がぞわりとする。
 師匠は舌が無いのに舌打ちの音をたてる。

「わかったぞ弟子、魔術師の気配があちこちにあったのは、お前を罠にかけるためじゃろう」
「わな……?」
「あのエイダという娘っ子も魔術師だった。しかし契約の石を持っているせいで、お前でもそれを見抜くのが難しかったのと同じじゃろ……。おそらく同じような手で、自分の居場所をお前の目から撹乱して、これほど近づく機会を狙っていたのだろう」

 そうして話している間にも、クレディアス子爵の周囲で変化が起きていた。
 私が作った壁の左端から聞こえる剣戟の音に、複数の唸り声が混じって、次第に大きくなっていく。
 最前列にいた兵士が10人、喉をかきむしるように苦しみ始めると、他の兵士に蹴り出されるようにしてよろよろと前に進んでくる。

 彼らから、増していく魔力の気配が精神を集中しなくても感じられた。
 彼ら全員が、魔術師くずれにされたのだ。

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