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私は敵になりません! 作者:奏多
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別離をもたらす火 1

※戦闘ターンなので、しばらく人死に描写多めになります。
「エイダさん!?」

 思わず追いかけようとしたが、馬から降りること自体をカインさんに防がれた。

「危険ですキアラさん。敵だって町中でまとまっているわけではありません。町の中で逃げ惑った末に運悪く遭遇したらどうするんですか」
「…………はい」

 カインさんの言う通りだ。
 私は不意打ちに弱いし、剣で斬りかかられたらあっさり倒されてしまうだろう。それなのに敵がいるかもしれない町へ飛び込むのは、自殺行為だ。

「エイダさんは、危険だとわかっていて行っているのだと思うわ。絶望している今なら、キアラさんを振り切ろうとするでしょう。そんな人を止めようとしたら、キアラさんも、キアラさんを守ろうとしている方にも被害が出る恐れがあるわ」

 だから、諦めるしかないと説得してきたのはエメラインさんだ。
 理解はしてる。だけど悔しい気持ちが消えないのは、自分が知っている人達だけでも全員助けたいのに、と思ってしまうからだ。でもそんなことは自分の手だけでは無理だということも、私はわかっている。
 だからエメラインさんにもうなずいた。

 ――結果として、私はエイダさんを追うべきだったのかどうか。
 後になっても私にはわからなかった。

   ◇◇◇

 ここから先のレジーの動きは、後で聞き知った。
 エイダさんが飛び込んで行ったリアドナの町には、レジーと騎士達そしてアズール侯爵の兵三千が入っていた。
 あまりに多人数で町へ押しかけると、道が狭くなりがちな町の中では、逆に動きにくくなってしまうからだ。

 そのためレジーの軍として動いていたエヴラールの兵士達は、アズール侯爵の残りの兵と共に一度グロウルさんが預かり、アランと合流している。

 レジー達が町に入ってすぐ、火が放たれたらしい。
 上を見上げればあちこちで煙が上がっていた。時折風に流されて土を固めただけの道にも流れて来て、視界を曇らせるようになっていった。

「殿下に振りかかる火の粉はわたくしが払って差し上げます!」

 町の中央へと勢い良く突入したのは、騎兵達を率いるアズール侯爵だ。
 続くアズール侯爵領の歩兵達と町の中に踏みこみながら、レジーは不審に思ったようだ。

「フェリックス……これは、早すぎないかな?」

「火の手の上がり方ですか? 場合にもよりますが、空気の感想具合からするとあり得ないことではないかと」

「いや、火事の範囲が広すぎる。そんなに早く敵兵が町へ先行したか?」

 別な騎士がそう答えた時だ。
 こつんと、小さな薪の欠片らしきものが上から降って来た。
 一斉に警戒をする騎士達とレジーが見上げると、道に面した二階の窓に人の姿あった。

 そこにいたのは、一人の禿頭の老人だった。ゆるゆるとした動作でレジー達の方へ向かって、何かを謝るように両手を組んで頭を下げた。
 レジーはすぐに気づく。

「撤収するんだ、町を出る! 侯爵にも知らせを!」
「殿下?」

 戸惑う者と、すぐさまアズール侯爵の元へ馬を走らせる者とが一瞬だけ交錯する。けれどすぐに理由も聞かずに皆レジーに従った。
 反転しながらレジーは彼らに言う。

「この町の人間は、ルアイン側に何かを強要されている。火事もこんな早い段階で広範囲に起きているのは、町民の手で火をつけたんだろう。先行した侯爵も今のうちに呼び戻せれば……」
「殿下ぁぁぁぁっ!!」

 遠くの山からも聞こえるだろう大音声で、アズール侯爵が叫んだようだ。声の主自身も、間もなく他の騎兵達と共にレジーに追いついてくる。

「急ぎ撤退とは、何が起きましたか殿下!?」
「これはルアインの罠だ。きっと町の人間に協力させている。逃げ込んだ敵兵以外にも伏兵がいるはずだ」

 アズール侯爵に自分の推測を伝えたレジーは、急ぎ町を脱出しようとした。
 軍としてどんなに兵数をそろえていても、分割した少数で、しかも町中でどこから敵兵が出てくるかわからない状態では分が悪い。

 敵兵の方も、レジー達の動きに焦ったのだろう。
 おそらくはもっと町の中央部に誘い込んでから、一斉に襲い掛かるつもりだったのだろうが、予想より早く撤退しようとしているのだから。
 そのため町の路地等や屋根の上から矢が射られ始めた。
 ルアイン側も、煙のせいで上手くこちらを狙えないのと、距離があってもいいからと射始めたからだろう。当たらない矢ばかりだったが、後方にいた兵士が数人、負傷した。

「急げ!」

 騎兵が先を行き、レジーを優先して逃がそうとした。
 馬を駆けさせてすぐ、矢の射程範囲からは外れたようだ。おそらく敵が足止めに必要な数を見誤ったのだろう。
 けれど町を囲む石壁が見える前に、レジー達は歩を緩めることになる。

「エイダ嬢か……」

 フェリックスがその名前をつぶやいた。
 エイダさんは走ってきたが、レジー達の姿を見つけると道の中央で立ち止まった。

「そなた、どうしてここに」

 アズール侯爵がレジーより前に出て問いかけるが、エイダさんはそれを無視して、レジーだけをまっすぐに見つめた。

「殿下、わたしが守ってさしあげます。このルアインやサレハルドからの攻撃も、止めて差し上げます。わたしと一緒にいることを選んでくださいませんか?」

 突然のエイダさんの問いかけに、レジーは不審なものを感じた。
 後ろ手に、騎士達に指示をしながら応じる。

「君と? でもどうやって」
「簡単ですわ」

 そう言ったエイダさんが手を伸ばすと、持っていた木の枝が、炎に包まれる。

「魔術師!?」

 驚きながらも、レジーの騎士達は彼を守るように動き出した。それを見てエイダさんが笑う。
 すると炎が蛇のように大きく伸びあがり、近くの家の屋根を舐めるように動いて一軒ずつ火を移していった。
 立ち上る煙が増え、空を灰色に染めて行く。

「これで大丈夫。わたしがいるとわかりますから、後ろから追って来るサレハルドの兵は近づかないはずですわ殿下」

 一歩エイダさんが前に進むと、騎士達の他、追いついた兵士達がその間に割り込もうとする。
 けれどエイダさんの手にした炎から小さな火が飛び散り、地面に落ちて小さな爆発を起こす。
 悲鳴を上げる兵を、レジーは下げた。

「無理はしないことだ。とりあえず彼女は私と話がしたいらしい」

 騎士達も自分の前から避けさせたレジーは、淡々と告げた。

「それで、君の要求は?」
「……わたしはずっと、貴方をお慕いして、貴方を救って差し上げることだけを夢見てきました。貴方様は、一度王宮で会ったわたしのことさえも覚えていて下さらなかったけれど」

「王宮……? 私を、何から救うと?」
「最大の壁だった国王は、王妃様が排除してくださいましたわ。お命も、わたしと共に来て下さるなら、祝いに王妃様が見逃してくださると……」

 夢を語りながらも、エイダさんの表情は晴れやかなものではなかった。
 いつか途中で遮られて、叱られるのではないかと怯えるような、でも許して欲しいという望みをにじませたような、愛想笑いを浮かべていたという。

「……王妃の手先だったか」

 ぽつりとつぶやいたレジーは、騎士の一人に短く耳打ちしてから答えた。

「残念だったね。私にとって一番大事なものは、自分の命じゃないんだ。だから君の差し出すものは、何一つ私にとって欲しいものではないんだよ」

「一体何が欲しいのですか。王妃様にお願いしたらきっと……」

「君の主、マリアンネ王妃とそれに従うパトリシエール伯爵、そしてクレディアス子爵がいては、平穏に生きていけない人がいるんだ」

 その人のために戦っていると、そう言うレジーに、エイダさんは泣きそうに顔をゆがませた。

「知ってましたわ……だから、やはりここで……せめて他の者に殺されてしまう前に、わたしの手で死んでください。わたしもすぐに後を追います。そうしたら、ずっと一緒にいて、貴方を独占できる……。もう、そうするしかないんです」

 エイダさんの手の中の炎が膨れ上がった。
 渦を巻くように大きく燃え上がった炎に兵達が悲鳴を上げる。恐怖から町中へ走った一部の者が、遠くで悲鳴を上げている。

「殿下!」
「回り込んであの魔術師を討て!」

 レジーの騎士達が動きだす中、誰よりも早く飛び出した者がいた。

「アズールの者達よ、続け! 王子をお守りするのだ!」
「侯爵!?」

 エイダさんに向かって、盾で体を庇いながらアズール侯爵が走って行く。レジーの制止の声をも振り切って。

「おのれ裏切りおって、異国の女の手先めぇぇっ!」

 アズール侯爵は、エイダさんの話を信じきっていたのだろう。
 けれど知らなかったとはいえ、エイダさんという敵をここまで連れてきてしまったのは自分だ。その責任をとろうと考えたのに違いない。

 炎が揺らぐほどの大声と共に突入した侯爵を、渦となった炎から盾が守ったように見えた。
 その背後には、一斉に押し寄せようとするアズールの兵士達。
 押し寄せる海の波を割るように突撃して行った侯爵の剣が、あと少しでエイダさんに届くかと言う時、炎が爆風を巻き起こすほどの勢いではじけた。

 エイダさんを囲んでいた数十人が、炎に巻きつかれながら吹き飛ばされて道に、家の壁に体を打ち付けて倒れる。
 アズール侯爵も地面に落下した衝撃を受けた後は、叫ぶこともなくじっと炎に焼かれていた。
 赤い炎の向こうで、盾を形作る鉄が、剣がゆがんで、侯爵その人の姿を黒く染め上げていく。

 侯爵の部下が悲鳴を上げた。レジー達も顔をゆがめる。
 炎が消えた時には、アズール侯爵は黒く炭化して道に転がっていた。

「魔術を行使し始めた魔術師に、剣で立ち向かうなんて無謀よ」

 エイダさんは、全く心が咎めた様子もなかった。
 もう一度手の中にある炎を広げ――そこで、エイダさんは舌打ちした。

 再度彼女が吹き飛ばしたのは、アズール侯爵の騎士だ。
 侯爵自身も悲惨な目に遭ったというのに、彼らはむしろ闘志を燃やしてエイダさんに立ち向かってくる。

 何度吹き飛ばしても打ちかかってくる兵士や騎士達にエイダさんが手間取っている間に、レジーの姿は忽然と消えていた。
 兵達の多くも整然とリアドナの町の中へと姿を消そうとしていた。
 自分を守るために周囲を取り巻かせている炎の壁も、レジー達の行動を視界から隠す一助になってしまったようだ。

「そっちには敵がいるのに、どうして……」

 しかしレジーが逃げたのは、敵が潜む町の中だ。
 逃げるのではないのか、とわけがわからずに呆然としたエイダさんは、追いかけようとしたができなかった。

 エイダさんが気づいた時には、背後から剣が迫っていた。
 炎の変化に気づかなければ、何も知らないまま刺し貫かれていただろう。
 それでも避けきれず、腕が斬り裂かれる。
 でもエイダさんも、戦場で一度ならず斬りつけられた経験がある。とっさに相手を爆発で吹き飛ばして……息をのんだ。
 相手が、フェリックスさんだったからだ。

 道に背中から倒れたフェリックスさんは、マントが焼け焦げ、頬も赤く火傷を負い、腕も焼けて皮膚なのか炭化した服なのか黒くなっていた。
 エイダさんを取り巻く炎を無理やりに越えて、攻撃したからだ。

「ちょっ、なんでこんな事を!?」

 レジーと一緒に逃げていたと思ったエイダさんは、思わずフェリックスさんに駆け寄ってしまった。
 そして身動き一つしなかったフェリックスさんは、彼女が傍らに膝をついたとたん、エイダさんの手首を掴んだ。

「しばらくはここで大人しくしていてもらおう。殿下が逃げるまで」
「なっ、どうして! なんでこんなことしたのよ! 死にそうになってまで!」

「殿下をお守りするためだ。殺すなら殺せばいい」
「こんな怪我をしたら、止めを刺さなくたって死ぬでしょう!?」

 喉の奥から絞り出すような声で問いかけるエイダさんに、フェリックスさんが返した。

「泣く、ぐらいなら……止めれば、良かった、のに……」

 普通だったら、淡々とした冷たい言葉にしか聞こえない返事だった。
 でも死にかけたフェリックスさんのその言葉に、エイダさんを恨むような声音は無くて、本当にいつものような口調だったから。
 エイダさんは何も言えずに、泣き顔のままうつむくしかなかった。

 私が町の門を潜り抜けて二人の姿を見たのは、その時だった。

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