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私は敵になりません! 作者:奏多
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事故の余波は思いがけなく 4

「へくしっ」

「ほら、こんなところで眠っていたら、風邪を引きますよ」
「だって池に落ち……、あれ?」

 肩をゆすられて目を開けると、目の前には四阿の内装と、すぐそばで膝をついて私を見上げているカインさんの姿があった。

 ……なんだか頭の中が混乱してる。
 目の前にいたのはレジーだったような。なんか違う場所にいた気がするんだけど。

 頬をつねったら、思い出してきた。もし『転生したことを知らない私が、学校からも逃げださなかったら』の場合を夢に見ていたみたいだ。
 レジーが出てきたのは、舞台が王宮だったからだろう。
思えばゲームのキアラだって、レジーに会う機会はあったんだよなと思っていると、カインさんにいぶかしがられた。

「まだ寝ぼけてるんですか?」
「今起きま……へくしっ!」

 もう一度くしゃみをしてしまった。肩が寒い気がしたので、うっかり寝入って冷えたのか。でも秋とはいえまだ暖かいんだけどなぁ。

「ああ、変なところで子供みたいですよね、キアラさんは」

 カインさんが自分のマントを肩にかけてくれた。

「風邪ですか? こんなところで考え事をするからですよ」
「はぁ、まぁ。確かに考え事をしてました……」

 話すようなことではないので語尾を濁したんだけど。

「その指輪のことですか?」

 カインさんはマントを胸の前でかき合わせた私の手を見ていた。そこではっとする。

「誰かからもらったんですね。殿下ですか?」
「自分で買い……」
「昨日のキアラさんに、そんな暇はなかったと思いますが」

 カインさんの指摘に、黙るしかない。その通りでございます。カインさんがずっと傍にいたんだから、知ってて当然だ。

「あの、万が一にも一人で逃亡とか、そう言う時の資金にでもしたらいいって勧めで。ほら、お祭りの贈り物でそういうお守り的なものがあるんですって」
「あのお祭で、そんなお守りの意味になぞらえた贈り物なんてありませんよ」
「え……ない?」

 私、レジーに騙された?
 でも、なんでそんなことをしたのかなんて……いや、考えちゃいけない。なのにカインさんが追い詰めようとしてくる。

「そもそも、家族でもない男から贈る装飾品なんてものは、全て情が込められていると思った方がいいでしょう」
「う……」

 これが他の人だったらね、私ももらえないと言ってすぐ外したんだと思う。
 でも相手が王子様で、きっと自分とは金銭感覚なんかも違う人だし。なにより保護者役だから……本当に万が一のためにくれた可能性があると思ってたんだけど。

「私も贈るべきだったのかもしれませんね。貴方の心に負担になるかもしれない、と思ったのでやめたのですが」
「え、なんでそんな。贈るなんてもったいな……」

 この流れはちょっとまずそうだ、とは思ったのだ。
 けれど気づいた時には、カインさんが私の右手に触れていた。

「兄代わりのつもりで、と以前言いましたよね? それならなおさら、他の男からの贈り物について気にするのも当然だと思いませんか? そして兄ならば何を贈ってもいいはずです。そうでしょう?」

 ともすると真剣に言っているように見える無表情で、この世界でのルールを語ったカインさんは、柔らかく私の手を自分の手で握り込む。
 剣を握るカインさんの手のひらは皮膚が固くなっていて、自分とは全く違う存在だということを思い知らされるような気がした。

「でも、本当にそこまでしてもらうわけにはいかないですよ。だって本当の……」

 断りの言葉は、カインさんに機先を制された。

「本当の兄ではない、なんて言ってはいけませんよ。私を試したいのなら、いいのですけどね」
「えっ、あ……」

 そんなことをしたらどうなるか、を示すようにカインさんが握り込んだ私の手の指先に口づける。
 小さなリップ音と、指先をくすぐるような感覚に悲鳴を上げそうになった。
 ちょっと待って。まさかこうなると思って手を握っていたんじゃないよね?

 慌てる間に、今度は手首にもカインさんの唇が触れる。
 その瞬間を目にしていたせいで過敏になっていたのか、とてもくすぐったい。それ以上に目にしているのが恥ずかしい光景で、思わず視線をそらした。

 同時に思い出したのは、レジーが同じように指先に口づけた時のことだ。私に無茶をしないと言わせたかったレジーの、脅し。
 だったらカインさんのこれも、彼が自分を押し留めてほしいから、兄であることを拒否しないよう脅してるの?
 つい考え込んでしまた私に、カインさんは小さく笑った。

「嫌とは、言わないんですね」

 返事ができなかった。……嫌悪感はなかったから。
 ただ怖い。カインさんは私よりもずっと大人だからこそ、気づいたら遠くまで押し流されていそうで。そしてレジーみたいに、私のことを待ってはくれない気がする。

「嫌ではないです。けど、どうしてこんなことするんですか」
「他の人に心奪われてしまったら……キアラさんは私のことなど、置いて行ってしまいそうで」

 寂しいのだろうか。
 取り残されるのが嫌だと言いながらも、カインさんは私の手を離してくれる。
 気持ちが落ち着いたんだろうか。だから隣に座った彼に言った。

「こんなことしなくても、置いて行ったりはしません。ただでさえ、私の我がままに付き合ってくれているんですから。むしろ一緒にいて下さらないと困るので、離れてほしくないと思ってます」

 するとカインさんはため息をついた。

「もっと直接的に言った方が良さそうですね」

 やや気が抜けたような言い方とは裏腹に、カインさんはやや乱暴に私の腕を掴んで引き寄せた。
 息をのむ間に、きつく抱きしめられる。
 カインさんの腕の力が強すぎて、痛いくらいだ。いつもは安心させてくれた体格差が、覆われ尽くして食べられてしまうような怖さに変わって、身震いしそうだった。

「恩など感じなくていいんです。全て、貴方が好きだからしているだけです」

 ささやかれた言葉に息が詰まるような気持ちになった。
 好き。
 てことは私、告白……されたの?

 ジナさん達に以前話したように、カインさんの気持ちは薄々気づいていた。好意を持ってくれている、と。
 でも、こんな風に告白してくるとは思わなかった。
 復讐したい気持ちを果たすために、魔術師の私を自分に縛りつけたい気持ちの方が強いから、色仕掛けみたいなことをしてくるのだと思っていた。
 だから、本気で好きになったわけじゃないだろうと判断してたのに。

「告白されても、まだ信じられませんか? 貴方はどうも、恋愛事を正面から受け止めたくないのだとは思っていましたが」

 それでもかまいませんよ、とカインさんが言う。

「受け入れにくいのなら、命じて下さい。私が貴方から離れられないように。私の側にいてくれるという約束が欲しいんです。もう少しの間、貴方が妹のままでいてくれるというのなら……」

 カインさんの言葉に、赤くなるよりも私は青ざめた。
 どこか心の底で、カインさんは失った家族に私をなぞらえている、と感じたから。

 最初は別に考えてくれていたのではないだろうか。きっとアランみたいに、手がかかる子供が増えたぐらいに思っていたはずだ。
 だけど私が恋愛ごとに慣れなくて遠ざけようとして兄代わりなどと言ってしまったから、弟を失ったカインさんに家族への気持ちを思い出させてしまったんだろう。

 今までその気持ちを抑えつけたり、こうして取り残されるのを怖がっているのは、カインさんだって、ずっとそこから解放されたかったからだ。
 その気持ちが絡んだカインさんの感情が、本当に恋なのかなんて私にはよくわからない。
 だけど守り支えてくれるこの人が、こんなにも苦しんでいるのだ。
 本当は、好きだという気持ちに応じられたら、カインさんも安心するのかもしれない。
 けれど私に、告白に答える勇気なんてない。
 恋愛感情を、わかりたくないなんて思っているのに。
 だけど……せめてこの戦いに勝利して、穏やかな生活を送れるようになるまでは、と私は思う。

「大丈夫です。一緒に戦うって決めたじゃないですか」

 戦い続けている間、敵を倒すことで安心しながらも、もう戻らない人達のことを考えてしまうだろうカインさんを、置き去りにはしない。
 そう答えたけれど、彼は納得できなかったようだ。

「命令じゃなければだめですよ、キアラさん。不安になって、私は何をするかわかりませんよ」

 駄々をこねながら、カインさんが抱きしめる私の頭の上に触れる……。腕は背中に回されてるんだから、これって……。
 カインさんしたことに気づいた私は、暴れ出したくなる。
 なんて脅迫するんですかあああ! ああもうっ、仕方ない!

「わ、わかりました! よほどの怪我でもしない限り、絶対私の側にいて守り続けて下さい。離れちゃだめです!」

 そこまで言うと、ようやくカインさんは私から離れてくれた。
 小さく笑みを浮かべるカインさんの表情は、それでもどこか精彩を欠いているように見えて……私は少し不安になる。

 せめて同じ道を走っている間に、カインさんに救いが訪れますように。
 そう願いながら、私はふと白昼夢のことを思い出した。

 すでに記憶が薄れ始めてるけど、辛さでいっぱいの気持ちはハッキリと残っている。
 結婚させられて、魔術師になったということはクレディアス子爵という師の力のせいで逃げることも難しくて、流されていくしかなくなった私。
 何度も死のうとしてできなくて……でもチャンスを見つけたと思ったとたん、喜んで池に飛び込んだあたりは、私らしいなと思う。

 どうしてあんな夢を見たんだろう。
 今こうして戦うのがつらくても、守られた場所にいられるのに、あまりにリアル過ぎて、こちらが夢だったなんて言われたら……怖いなと思った。

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