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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~エメラインの舞台裏~

「君には迷惑をかけるね」
「いえ、これで少しでも殿下のお役に立てるのでしたら、光栄なことでございます」

 座ったまま小さく一礼したエメラインに、レジナルドはうなずく。

「それでも大変だろう。彼女を懐柔するためとはいえ、他人の色恋沙汰になど割って入りたいものではないだろう? こちらとしても先々のことを考えれば、あまり彼女のような人は近くに置きたくないのだけどね。思い込みが強そうだから、何気ない言動を上手く使って変な喧伝をされても困るから」

「重々承知しております。殿下のお名前に傷がつくのはゆゆしきこと。けれど、本当にあの方は誰かに思い込まされているのではないかというくらい、頑なですわね」

 エメラインと向かい合わせに着席しているレジナルドは、言葉ほどには困っていない表情で目の前の茶器に手を伸ばす。
 エメラインにとって、これほど表情の読みにくい人も珍しかった。
 顔だけ見たら、それほど困っていなさそうに見えるのだ。けれどその内面では、苛ついているだろうとエメラインは予想した。

 なにげなく卓上に置かれた茶器の端を弾くレジナルドの指先。無意識に出ている行動だろうが、心が波だっているからこそのものだろう。
 キアラだったらそんなことを考えずに、見たとおりにレジナルドが笑っているからとか、辛そうだと感じては一喜一憂した上で、彼の言葉を素直に信じるのだろう。

 想像したエメラインは、ああそうかと思う。
 だからレジナルドは、彼女に心を許しているんだ、と。
 誰しも、内心を見通す人を快いと思うわけではない。自分の見せたい姿を信じてくれることこそが、喜びだと感じる人もいる。
 この王子は、内面を他人に全てさらけ出したくない人だ。自分が見せたい自分でいたいのだろう。決して疑わないキアラの存在はとても心地良いに違いない。

 そういうタイプのレジナルドにとって、本心を見通そうなんて企んだり、そうしないと落ち着かないエメラインのような人間はちょっと扱いが違うはずだ。
 その探求心で、自分の役に立つ臣下として働いてくれた方がいい相手だろう。
 どうせ見通すのならこちらの意を察してもらおう、というレジナルドのエメラインへの対応は、騎士達に対するものに近い。
 だからエメラインは積極的に、エイダを抑える役目を担った。

 エイダに関しては、エメラインは少々失敗したと思っている。
 彼女は思っていることがあけすけに表に出る。だから最初は不安なのだろうとか、憧れているだけだろうと思ってしまったのだ。
 けれどおおっぴらな代わりに、行き過ぎて何をするかわからない。ある意味怖い人物だった。
 そこまで見抜けずに、彼女に配慮しすぎたのだろう。

「いえ、わたくしも彼女があれほど盲目的だとは思わずに、キアラ様や殿下に近づけるようなことをして申し訳ございません。できるだけ監督いたします」

 キアラに近づけすぎたせいで、エイダは余計に暴走しているのだとエメラインは考えていた。
 挨拶もさせないようにして、一段違う場所にいる女性なのだとエイダに認識させていれば、キアラではなく自分が……などという妄想を煽ることはなかったと思うのだ。

「君が理性的な人で助かるよ。これで男爵位に関わることも安心して実行できそうだ」

 エメラインの対応にはそれなりの満足を得ているのだろう、レジナルドは先程、彼女と領地に対して最大限の配慮を含んだ提案をしてくれていた。

「我が一族の不始末に、寛大なご処置をいただき感謝申し上げます。父と伯父に代わり、改めてのお詫びと殿下への忠誠を捧げます」

「私としてもデルフィオンを直轄地にしてもね、色々と大変なんだ。それにアーネスト殿が協力したという名目もあるから。その他にも君個人に報いたいと思うけれど、もし何か要望があるなら聞こう」

 しかしここまでエメラインに有利な言葉をくれるとは予想もしなかった。

「意外かい?」

 思わず驚いてしまったエメラインに、レジナルドがいたずらっぽく笑う。
 意外でしたと素直に言うには、エメラインはひねくれすぎていた。
 それよりも、今ここで自分の要望を言うべきだという目論見の方が心に湧き上がる。

「そうですね。……では男爵家の後継にふさわしい貴族の男性がおりましたら、ご紹介いただければと。そろそろ打たれ弱いデルフィオン家の者を、新しい風に晒して鍛えたいと思いますので」
「君だけでも十分では? 君の先見の明は確かだ。今回の男爵家の行動にしてもね」

 レジナルドにちくりと言葉で刺されて、エメラインは苦笑する。
 自分が関わっているのが明らかなのに、全ての動きが伯父の判断によるものだと考えてくれるような甘い人ではなかったようだ。

「どちらに転ぶか分からない状況で、男爵家が主家であれ傍系であれ存続するようにと願ったことは事実です」

 あっさり認めることにする。
 エメラインは、デルフィオン男爵家がルアインのものになっても、ファルジアが取り戻してもこの地で存続できるように画策したのだ。

 まず伯父の男爵をルアインに恭順させた。そうせねば、男爵家の係累までが殺されるだろうと思ったからだ。
 そして叔母と自分が捕まれば、弟に申し訳ないと思った伯父はルアインの前になすすべもなくなるだろうと考えた。

 一方でルシールには父アーネストに伝言を届けさせた。
 現状が動くまでは決して助けに来ないよう。むしろルアインの攻撃をしのいだエヴラールなどが挙兵する可能性があるから、そちらに同調すべきだと伝えたのだ。

 ルアインが勝てば、伯父の男爵が早々に恭順を示したことで、男爵領の半分ほどは残してもらえる可能性がある。
 ファルジアに対しては、ここまで攻め上ってこられる力があるのなら、協力さえしたらデルフィオン領は安泰だ。ただ、それ相応のものは差し出すことになるだろう。
 家を生き延びさせるための方策だったが、思った以上の成果があった。

「そのお詫びも含めて、様々なことに手を尽くさせていただければと思っております」

 エメラインの言葉に先に反応したのは、それまで黙ってなりゆきを見守っていたアランだった。

「随分理性的だな……キアラとは大違いというか」

 つぶやくような声だったが、聞き咎めたのはレジナルドだ。

「君の基準はキアラだった?」

 レジナルドの笑みに、微妙に何かが入り混じる。
 少し抑え効かなさすぎではないだろうか、とエメラインは指摘しようかどうか迷う。ただこれも、もしかするとレジナルドにとってはわざと見せているものかもしれないので、よく吟味したいところだ。
 レジナルドの様子になど気づかなかったように、アランはさらりと理由を並べた。

「あいつ以外に知っている身近な女っていうのが、マイヤとかクラーラとか……とにかく破天荒なのばかりだろ。そもそもキアラの類友だと思ってたから驚いただけで」

 率直な言葉に、エメラインは片眉を上げる。
 レジナルド王子の幼馴染にして従兄弟。
 最もこの複雑な王子と付き合ってきたはずなのに、こんな青年だとは思ってもみなかった。表面上は真っ直ぐでも、もっと裏を考えるようなことを言う人だという印象を持っていたからだ。
 だからつい、笑ってしまったのだと思う。

「キアラ様と同じ分類に含めていただけるのなら、喜ばしいことです」
「うわ。変人すぎる……」

 アランは引き気味になった。

「アラン、その言い方だとキアラが変だってことにならないかい?」
「あいつは十分変だろう。そうじゃないと言う奴がいたら、顔を見たいくらいだ」

 そこまで言わなくても……と思ったのだろう、同席していたグロウルやフェリックスが苦笑いする。
 でもエメラインも他の者も知っている。
 アランは遠慮なく言うくらいに、キアラとの信頼関係を築いている。
 キアラも「ひどい!」とは言うかもしれないが、心底彼を怒ることはないだろう。むしろ仕方ないなと笑うに違いない。
 いうなれば、気楽にケンカし合える友達という感じか。

「うん、でもまぁ。変だと言われて怒らないんだから、自覚のある良い変だ」

 そう言って笑うアランに、エメラインは思わず微笑んでしまった。

   ◇◇◇

 それから二日、ルアインの側にも動きは無かった。
 イニオンの町から砦へ、食料などを運ぶ馬車の他にも、元々砦で下働きをしていた町の者や商人が活発に出入りをしていた。

 だから気づかれにくかった。
 そんな場所なら、いつも砦の中をうろつくエイダが紛れ込んでも目立たない。そして彼女から小さく折りたたんだ紙を受け取ったものがいることも。
 エイダから紙を受け取った商家に雇われた男は、勤め先を止めて町を出た。
 男が向かったのは、デルフィオン男爵の城だ。

 数日後、唐突にサレハルドとルアインの軍がトリスフィードへ引いた。
 その報告をもたらしたレジナルドの騎士達は、同時にクレディアス子爵の暗殺失敗を告げたのだった。

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