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私は敵になりません! 作者:奏多
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動揺の末に抱いた願い

「おい、キアラ、弟子! おいっ、落ち着け!」

 走っている間、師匠が何度か呼びかけていた気がする。

「わかった、わしが悪かった! しまったのぅ。つい面白がって弟子が年頃の娘だってことを失念しておった」

 私は中庭を走って、でも怪我人がいる場所にはジナさん達がいなくて、別な所を探そうとしたところで人にぶつかった。

「ごめんなさい!」
「キアラさん?」

 謝ってさらに走り出そうとした私を、腕を掴んで引き止めたのはカインさんだった。

「どうしたんですか。何か急ぐような事態でも?」
「あの、探してて。ジナさん……」
「ジナを? 何かあったんですか?」

 どう説明したらいいだろう。不安で怖いなんて言ったら、カインさんも気にするだろうし。

「言いにくいことですか? 私にも?」

 そう言われて、ますます言葉に詰まる。
 カインさんを信じていないわけじゃない。だけど言いにくい。
 どう説明したらいいか考えるけれど、その前までの段階でいっぱいいっぱいになっていた私は、思わず涙が出てきそうで呻く。

「う……」

 抑えようとして顔を覆う。
 すると、ふわりと頭から何かに覆われて視界が一面青に染まる。これはマント?
 カインさんはマントを被せた私を、隣にいた人物に押し付けた。

「アラン様、一時キアラさんを保護しておいて下さい。アラン様に呼びに行かせるわけにはまいりませんから」
「あ? ああ、分かった」

 カインさんのものだろう足音が離れていく。突然のことに、私を任されてしまったアランは戸惑ったようだ。

「ええと、キアラ。とりあえずどこか座れ。な? 落ち着けよ……」

 布をひっかぶって呻く人間の相手なんて、面倒だろうに。優しいことを言われて、とうとう目から涙が溢れてきてしまう。
 マントで顔が見えないのが本当に幸いだった。

「う、うううぅ」

 だけどそのせいで、謝りたいのにますます言葉が出て来ない。
 アランがため息をついた。

「なんかこんな子供いたっけなぁ。おいキアラちょっとこっち来いよ」

 アランに手を引かれる。
 私はマントを頭から被ってお化けの仮装みたいなことになってるので、どこになにがあるかわからない。なのでアランに肩を押されるようにして、石の段差があるようなところに座らされた。

「何があったか知らないが、泣くなよ。そもそも戦でもないのに何なんだよ。ケンカか? 誰かにいじめられたのか?」
「……ケンカ? どうして?」

 なぜ私がケンカをしたなんていう発想に至ったんだろう。不思議に思って問い返すと、アランが笑った。

「いや、なんかお前のその反応。騎士の子供が遊びに来る時によく見たから、ついそんな気になった」

 どうやらケンカをしてべそをかいた子ども扱いされたようだ。
 でも、そうされるのは嫌じゃない自分がいた。なんだかほっとさせられてしまう。

「ケンカはしてないよ。ただ……うん」

 寂しかったんだ、と思う。
 置いて行かれたような気分になったから。もう私のことを振り向いてくれないかもしれないって。

 と、そこでようやくわかった。
 たぶん私は、親離れしたくない子供みたいに感じて、不安になったんだ。
 レジーに私だけの庇護者でいてほしくて。だけどレジーには気遣うべき相手が他にもいて。

 前世のお父さんになぞらえたら分かる。
 他の子にまで、自分に特別にしてくれているんだろうって思っていたことをしているのを見て、ショックを受けたんだ。
 レジーはルアインの情報を引き出すために、根気強くなだめたりしながらエイダさんと接しているだけなのに。
 わかったら、誰にも言っちゃいけないと再び思った。レジーだって戦争のことだけでも大変なんだから、迷惑をかけちゃいけない。

「ごめんね。ちょっとホームシック……昔のことが懐かしくなって」
「昔のこと?」
「今じゃなくて。前世の家族」

 誤魔化すためにそう言ったら、本当に懐かしくなって胸が締め付けられるような気持ちになる。
 家で待っていたらお母さんやお父さんが来てくれる。思春期だったから、何もかも話すのは難しかったけれど、何かあれば必ず聞いてくれた。
 前世の両親なら、寂しいからとなんとなくくっついて歩くこともできた。血がつながった家族だから。
 けれど、レジーは他人だ。

 ぐっと歯をくいしばると、涙が少し治まった。
 レジーは内心を吐露できる特別な友達だと思っているはずだ。だから私の寂しさを感じて、慰めてくれたりするけれど。友達なら、隣に自分で立たなくちゃ。

 今までもそう思っていたはずなのに、急に不安になったのは友達を失ったとわかったからだろうか。
 力を見せつけて相手を納得させろと言ってくれたイサーク。
 あの人は私が敵だってわかってたはず。なのにどうして励ましたの。

 思い出してしまってマントの下で涙を拭ったところで、ギルシュさんとジナさんが来てくれた。
 ギルシュさんはマントをカインさんに返して、自分達が引き取るからとジナさんと一緒に近くの日影に連れて行ってくれた。
 カインさんは心配そうにしていた。けれど面倒をみてくれる人に任せたからと、アランと共にその場から立ち去った。

 当然のことながら、私はギルシュさん達に泣いていた理由を聞かれた。
 二人に尋ねなくとも、理由が自分でわかった私は、ホームシックなんだと取り繕うことができたんだけど。
 問題は泣いたせいで赤くなった目だった。

「キアラちゃん、目をこすっちゃったのねん。ジナ、ちょっと氷出してくれないかしらん」
「ありがとうギルシュお母さん……」
「あらぁお母さんて呼んでくれるの? 嬉しいわぁ。もっと呼んで呼んで!」

 うきうきとした様子のギルシュさんに、ぎゅーっと抱きしめられる。

「ちょっ、ギルシュさん、痛い痛い」

 ギルシュさんがっちりした体格の人だから、ぎゅうぎゅうされるとけっこう力が入って痛いんで、ちょっと力を弱めてもらえませんか……。
 でもこうされるのは嫌じゃない。泣いたせいなのか、すごく子供返りしたように甘えたい気持ちになってしまっていたから。

「ああごめんなさい。可愛いこと言うものだからつい」

 オホホホとギルシュさんが笑って誤魔化す。

「でも確かこの後用事があったでしょ? 女の子のそんな顔、男どもになんて見せられないわん」

 ギルシュさんの発言に、前にも同じようなことがあったような……と思い出す。
 そう、あれはたしかクロンファード砦だった。
 戦闘後にべそべそした後の私の顔を見せるものじゃないって、レジーがカインさんみたいに私にマントを被せたんだ。

「そうだよね、酷い顔してるもんね」

 瞼が腫れてぐずぐずした顔じゃ、周りを驚かせたり心配させたりするだろう。

「やだキアラちゃん。違うでしょ」

 そこで突っ込んだのはジナさんだった。
 ルナールに「ふーってして」と言ってハンカチを差し出し、冷気でコチコチに固まったそれを私に差し出したジナさんが笑う。

「心が弱ってるって男なんかに見せたら、悪さをしようって思う人もいるかもしれないじゃない。心が弱ってるところを突かれたら、誰だってころっと傾いちゃうものなんだから。そんなことになって、気の迷いで後悔することになったら嫌でしょ」

 ねー、とジナさんとギルシュさんはわかり合ってるかのように声をそろえた。

「え……そういう意味?」

 じゃあ、あの時のレジーは酷い顔を見せないようにしてくれただけじゃなくて、私が誰かにふらっと懐いてしまうのを心配していた?
 ギルシュさんは「それにねぇ」と続けた。

「泣いてる子って、やっぱり放っておけない気持ちになるでしょう。魔術師だからって不用意に近づくまいとしている兵士でも、キアラちゃんが若い女の子だって思い出しちゃったら、色々面倒なことが起こりやすいでしょうからね」

 そうか。私をか弱いと思って近づく人もいるかもしれない。そんな認識を周囲に与えたら、こんな風に自由に一人で砦を歩くこともできないだろう。

「あ、そうだ」

 身の安全のために、自由に出歩けない女性達がいる。彼女達の健康のためにも、戦闘がない日は砦の中庭を歩かせてあげることになっていた。
 その時にはグロウルさんに相談して騎士を護衛に融通してもらうことになっていたのから、さっき探していたんだ。

 私はジナさんのくれたハンカチで、急いで目の周囲を冷やした。
 泣き顔で会ったら、まだ普通の生活に戻れずに不安なまま過ごしている塔の女性達を、不安がらせてしまう。

 とはいえやっぱり一瞬で腫れが引くわけもなく。
 時間がかかるならと、事情を聞いたジナさんがグロウルさんを探しに行ってくれた。手間ばかりかけさせて、ジナさんには申し訳ない。
 ジナさんが戻る頃には、目の腫れも引いたとギルシュさんにお墨付きをもらったので、グロウルさんと彼が連れてきてくれた騎士三名と一緒に、砦の塔にエメラインさん達を迎えに行く。

 閉じ込められた生活と鬱屈するような不安な毎日に、以前はほとんどの女性は顔色が良くはなかったのだが、アレジア川の戦い以後は、表情に明るさが戻りつつある人が多くなった。
 男爵が寝返って、合流したからだ。おかげで親族と再会できたからだろう。
 ただ中年のデルフィオン男爵夫人だけが疲れ切った顔をしている。

「殿下に一時のことでも刃を向けるなど……。こんなことならば、やはり私は命を捨てて人質となることに逆らうべきだったのです。なぜためらってしまったのか。今すぐにでも儚くなってしまえたら、どんなにか心が落ち着くでしょう……」

 分家の人間も従ったとはいえ、最大の責任者は男爵その人だ。妻である夫人はそれを思うだけで心苦しいのだろう。

「伯母様、命を使うのはここではありませんと申し上げたではありませんか。やるならば最大の効果が引きだせる時にするべきですよ。あの時は、とても伯母様の命だけでは状況が覆らなかったではありませんか」

 エメラインさんが淡々と事実をつきつけ、男爵夫人を黙らせてしまった。
 ええと、慰めている……んだよね? 死んだってマシな状況にはならなかったと思えば、自害できなかったことを責めることはできないと思えるのかな。

 微妙に優しさが混じっているのかどうか分かりにくいエメラインさんの言葉に促され、男爵夫人も塔から出る。
 一緒に中庭の日が当たる場所をゆっくりと歩いていた私の側には、ルシールさんがやってきた。

「キアラ様、お加減が宜しくないのですか?」
「え? ううん私は元気ですよ!」

 泣いたことに気づかれたんだろうか。ひやっとしながら、私は笑ってみせる。
 ルシールさんは安心したように、柔らかな木漏れ日のような笑みを見せてくれた。
 可愛いなぁ。お姉様と呼ばれているエメラインさんがうらやましくなる。

 そうしてルシールさんと話していると、寂しさは遠ざかる。
 けれど一人になって、部屋に戻ると寂しさを思い出してしまった。
 優しい家族がいるって羨ましい。
 エイダさんは優しい家族がいたからこそ……あんなにも必死にすがるものを求めているんだろうか。失った家族の代わりに。

 だけどレジーは……と、こんなこと言える立場でもないのに思ってしまう。
 お願い、レジーだけは、と。

 そんな気持ちを感じたように、師匠がつぶやいた。

「わしはお前と一連托生じゃからな」

 何を言いたいのかがわかって、思わず笑ってしまった。

「……うん。ありがとう。私、師匠とずっと一緒だから、大丈夫」

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