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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~炎の手が触れたものは~

 エイダが連れていかれたのは、主塔に近い城塞塔の一室だった。
 小さくて石積み壁がむき出しになった無骨な部屋だ。大きめの机が一つと、背もたれもない椅子が数個置かれているだけ。

 こんなところではなく、王子の部屋には入れてくれないのかと、エイダは不満に思ったが、仕方ないと諦める。
 だってエイダを連れて行こうとしているのは、あの融通の利かないフェリックスという騎士だったし、とりあえずは王子と話をすることができるのだから。

 椅子に座らされると、遅すぎるのではないかと思うような時間を置いて、ようやく王子が来てくれた。
 一緒に近衛騎士隊長がいるのはわかる。けれどなぜエメライン・フィナードがついてきたのか。
 不満に思って訝し気な表情を隠さなかったエイダに、エメラインが無表情のまま告げた。

「わたしが呼ばれたのは、女性を個室に呼んで尋問するにあたって、同性の人間が誰もいないと貴方の名誉が傷つく恐れがあるからよ。王子の厚意だから、拒否しない方がいいわ」

 なるほどとエイダも納得する。
 王子が配慮してくれたことが嬉しくて、彼女はそれを疑おうとはしなかった。

「それで、君の知っていることを教えてもらいたい」

 目の前に王子が座って、エイダに視線を向けてくる。
 青の瞳が自分に向けられているだけで幸せな心地になったエイダは、口元をほころばせながらうなずいた。

「わたし捕まるより前に、トリスフィード伯爵のお城でルアインの襲撃に遭遇していたんです。その時に伯爵夫人に逃げるようにと、城の秘密の通路を使わせていただいて……」

 あらかじめ決めていた設定に添った話を口にしながら、エイダは悲しそうに見せるためにうつむく。

「近くまでルアインの兵が迫っていたので、伯爵夫人は部屋に残られました……。夫人がいなければ部屋の中をしつこく探して、この通路を探すかもしれないからと。隠し通路に入ったわたしは、恐ろしさでしばらく先へ進めなくてその場に座り込んでしまっていたんですけれど、やがて伯爵夫人を捕まえる物音や声がして……その後、ルアイン兵らしい人が言っていたんです」

 そこで言葉を切り、上目遣いに王子の反応を確認する。気の毒そうにこちらを見る王子の表情に満足して、エイダは続けた。

「この女はどうだって。子爵が探していた魔術師にできそうな女の条件を満たしているんじゃないか、と」
「条件?」

 王子の問い返す声に、エイダはほくそ笑む。

「貴族の娘なら可能性はあると言っていました。それなら子爵に確認してもらえと言って、兵士が呼びに行ったみたいで……。ややあって、その子爵と呼ばれた人が来たんですけれど、そこからが問題だったんです」

 話し続けて、少し乾いた喉を湿らせるように唾を飲みこんだ。
 ああ、王子はこの話を信じてくれるだろうか。いや信じてくれるはず、とエイダは強く思う。
 だって本当のことが混じっている。
 真実を言っているのだと必死に訴えたなら、きっと優しい王子なら受け入れてくれるだろう。

「子爵は『なんだ、髪の色は金か。年もいき過ぎている、キアラだったらちょうど良い年になっていただろうに』と」
「……続きを」

 言葉を途切れさせたエイダを、王子が厳しい表情で促した。

「それでも魔術師にできればいい手ごまになるからという言葉と、伯爵夫人の悲鳴と、何か暴れまわるような音が聞こえた後で……、また子爵が言ったんです。キアラがいれば、こんなことを試さなくても十分だった。あちこちに貴重な欠片を配ってまがいものを作らせる必要もなかったのに、と」

 これで伝わるだろう、とエイダは思っていた。
 キアラ・コルディエと名乗っているあの女が魔術師として仕えている以上、王子も魔術師になる方法やその経過について聞いているか、見ているかどちらにせよ知識を持っているはずだ。
 それならばエイダが話したことから、伯爵夫人が魔術師になれるかどうか試されたことと、なれずに死んだこと。そしてキアラだったら魔術師になれたのに、彼女がいれば子爵は他の人間を魔術師にしようなんて思わなかったことがわかるはずだ。

 きっとみんな、キアラを疑うようになるはず。敵にとっての隠し玉みたいな存在になるはずだったのだ。
 他にもこの話が広まれば、魔術師くずれによって怪我をした者がキアラがいなければと恨みを抱くかもしれない。
 そうなればきっと、キアラの立場は悪くなって……情報をもたらしたエイダを王子が見直すきっかけになるかもしれない。

「伯爵夫人はもう、お助けできない状態になったことは察したので、わたしはそのまま隠し通路を使ってトリスフィードの城から逃げました。けれど自分の領地へたどり着いても、そこは既に占領されていて……力ない女の身ではそこまでが限界で、捕まったのです」

 エイダはそこまで話して息をつく。
 じっと注目されながら、作り話をするのはとても緊張した。
 王子を自分の元へ引き寄せるため必要なことだと思っていても。
 王子達もエイダの話を聞いて、何事かを考えているようだ。
 目を閉じて腕を組む王子の姿をまたちらりと見ながら、エイダは頬が緩みそうになるのを必死で抑えていた。

 必死で苦しそうな顔をつくりながら、間近で王子を観察できることを、心から喜ぶ。
 その麗しい顔を間近で見られるようになりたい。目を開いて最初に見るのが、いつも自分であるようにしたい。
 ややあって王子がエイダに尋ねた。

「最初、兵士達は『貴族の娘なら可能性がある』と言ったんだね?」
「え、ええ。そうです! 確かにそう言っていました。あと他にも何か言っていたような……。ファルジアの軍が来ても、大丈夫だとか……」

 その言葉に、王子が目を開いてエイダを見つめる。

「思い出せるかい?」
「思い出せそう……ですけれど、少し時間が経ったのと、その時に怖かったことばかりが先に頭に浮かんでしまって……でも、確か殿下のことだったかと」

「私の?」
「もう少し時間があれば思い出せるかも……。とにかくこのお話を殿下にしたかったのですけれど、今までずっとそちらの騎士様に遮られてしまっていて」

 心の底から恨めしい気持ちでフェリックスを見るが、彼はエイダの視線を無表情に受けるだけだ。……いまいましい。
 傍にいられるようにしないといけないのに。でなければ、王子を救えないのに。この男が邪魔ばかりする。
 しかし騎士フェリックスではだめだとやんわり伝えたと思ったのに、王子は微笑みを浮かべながら真逆なことを言い出した。

「では、また何か思い出したら、その騎士を通して伝えてもらいたい。あと、今ここで話したことについては口外しないよう。私の配下にそのような命令違反をする者はいないだろうからね。何かあれば真っ先に君を疑わせてもらうことになる」

 そのまま立ち上がって、部屋を出て行ってしまう。
 エイダは呆然としたまま、フェリックスに付き添われて部屋に戻った。
 おかしい。情報を与えたら、もっと違う反応があってもいいのに。あまりにそっけなさすぎる。

「あれでは……足りないのかもしれない」

 けれどもフェリックスを通してでは、また伝えられるまでに時間がかかりそうだ。

 だからエイダは翌日、朝靄の中をとある場所へ向かった。
 礼拝堂だ。
 寝泊まりしている塔のすぐ横なので、誰にも見とがめられない。この時間には、必ずそこにいるので、あの人物は接触しやすいのだ。
 礼拝堂の中に入り、祭壇の前にひざまずく彼が祈りを終えるまで待つ。
 立ち上がったところで、エイダは声をかけた。

「アズール侯爵閣下」

 振り返ったアズール侯爵ニーヴンは、エイダの姿にやや不安げな表情になった。そして彼らしくないひそめた声で問いかけてくる。

「そなた、王子殿下に聴取を受けていたというが、まさかあの火事の一件か? 昨日は些細なことだからと、殿下からも話しを伺えなかったのだが……」

 王子の不興を買うことを恐れる発言が先に出るアズール侯爵に、エイダは笑いそうになる。

「大丈夫ですわ、侯爵様。貴方様のお名前など出してはおりません。ただ殿下には正しい道へと戻っていただくため、あの魔術師の話ばかりに傾きがちな道から、わたくし達と同じ道を歩んでいただけるよう、少しずつお話をしていく機会を作ろうとしているだけでございます」
「ならば良いが……」

 アズール侯爵はため息をつく。

「殿下が新しい思想を広められるはいいのだがな、その助言をした者がいつも特定の人物というのは良くないというか……。敵への感情を考えていただき、埋葬などまでしてやる必要があるのかどうかを再考してくださればな。敵にもむごたらしく朽ちて行く死体を見せつけた方が、よほど恐怖心を煽ることができるように思うのだがな……」

 大事な王子が絡むことなので柔らかな表現を使おうとしているが、何のことはない。アズール侯爵は敵の死体を埋めたのが気に食わなかったのだ。
 砦を奪還する戦いの後、アズール侯爵は魔術師キアラと言い争いになりかけていた。それを城壁の上から見かけたエイダは、ここに付け込まなければと思ったのだ。

 案の定、敵兵を埋めることに衝撃を受けている風を装ってみせ、神をたたえ、王子をたたえれば侯爵はたやすく傾いてくれた。
 今ではエイダも朝早くから礼拝にやってくる、自分と同じ敬虔な信徒と思い込んでいる。

「火事のことは何か言っておられたか?」

 そして火事の一件で、思いがけずアズール侯爵はエイダを完全に秘密の仲間として認識するようになっていた。
 あれは失敗から、思いがけない効果が生まれた出来事だった。
 そもそもは情報が欲しくて歩き回っていたエイダに、何度か絡んできた男が薪部屋に引っ張り込んだので、エイダはつい燃やして処分してしまったのだ。
 目撃して、それを止めようとした男ともども。

 実行した後で、エイダはこの始末に困った。そこで残っていた薪にランプの火をつけ、薪や藁を燃やしてほどよく炎が上がったところで逃げだそうとしたところ、アズール侯爵と会ってしまった。
 とっさにか弱い女が乱暴されたふりをして、侯爵に縋ったのだが上手くいった。絡んできた男が、アズール侯爵の領地の者だったのも良い方向に働いた。
 おかげで王子に不始末を報告したくないアズール侯爵から、さらに信頼を得ることができたのだ。

「けれどわたしが説得しても、なかなか王子殿下はお話を本気でお聞き届け下さっていないように思いましたわ。こんな貴族とも言えない身分の者では仕方ありませんが……。なので、なんとか殿下のお傍に近づけるように、侯爵閣下のご助力を頂きたいのです」
「助力?」

「わたしが聞き知ったルアインの情報を、閣下にお預けいたします。その情報を確かめて下さいませ。そうしたら……きっと他のお話も、聞いて下さるようになるはずですわ」

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