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私は敵になりません! 作者:奏多
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悩み事は心の底に

「……どうした?」

 差し出した木杯をいつまでも受け取らないレジーに、アランは思わず尋ねていた。
 食事後、アランやエニステル伯爵、ジェローム将軍とこれからの行動についての話し合いをしていた間は、レジーの様子は変わりないように見えた。
 けれどアランと二人で残る頃になると、ややぼんやりとすることが多くなってきた。
 話の合間に考え込んで、アランが水を差し出しても気づかない。
 今も声をかけられてようやく顔を上げたくらいだ。

「ああ、ごめんアラン」
「……また具合が悪いのか?」

 刺さった矢に塗られていた、人を魔術師に変える石の欠片。その影響で、また具合が悪くなったのではないかと考えたのだが、レジーは首を横に振る。

「そうではないよ」
「だけど……キアラも敵に魔術師の子爵がいたせいか、思うように魔術が使えない上に体調を崩したって」

 魔術師になるには、師弟で魔力の高い石を分けて取り込む。
 そうしないと、弟子だけが取り込んだ場合には体の魔力がつられるように活発化し、体がくずれてしまうのだ。
 素質のある者が、安全に魔術師になる方法らしいが、代わりにデメリットもある。
 同じ石を分け合った師の意思に逆らえなくなる、ということだ。

 キアラはクレディアス子爵と石を分け合って魔術師になったわけではない。けれど魔術師になる以前に、素質を確認するために投与された砂は、クレディアス子爵が同じ石の欠片を取り込んでいたものだったのだろう。
 キアラが影響を受けるとしたら、子爵しか心当たりがないのだから。

 だからキアラは子爵が攻撃を止めさせようという圧力を受け、思うように動けなかった……とはいえ、あれだけ土を投げつけて戦場の敵を混乱させたのだから、十分だ。クレディアス子爵は攻撃を続けたことで、自分の力が影響を及ぼしていないと錯覚したかもしれない。
 しかしレジーは違うという。

「キアラと違ってそういうこともないよ。たぶん魔術師くずれなんかを作りだすために、子爵が関わらない石を砂にして配ったうちの一つだったんだろうね。不幸中の幸い……という感じなのかな」
「だったらいいんだが……じゃあ、悩み事か?」

 珍しい、とアランは思った。
 レジーは正直悩み事だらけで、すでに様々なことを悩みとして考えていない節がある。
 ほとんどは『処理すべき案件』という感じで受け止めている気がする。

「悩み……かな」
 だから目を伏せがちにしてため息をつく横顔に、一体何が起きたんだとアランは不安になった。
 レジーには処理できないことが発生した、ということだ。
 彼に無理なら、アランは自分にそれが処理可能だとは思えない。そんなわけで妙にうろたえてしまった。

「い、いい、一体何だ? 兵に問題が? それとも将軍たちに問題ができたのか?」

 兵で悩むとしたら、デルフィオンの兵のことぐらいだろうか。
 戦場でも炭火のようにくすぶっていた不信感を、表出させてしまった苦い記憶がアランの頭に蘇る。
 とはいえつい先日まで敵だったものを、今日から味方だといっても……理解はできても、心が納得できないのも分かるのだ。
 しかしそういった問題なら、レジーは扇動するなり騙してしまう方法を見つけるだろう。

 将軍たちだって、実直で常識人なジェロームが何かことを起こすわけもなく。
 エニステル伯爵が問題を起こすとしたら、ヤギの扱いについてぐらいではないだろうか。
 他は意外に変なことはしないし、やや老齢だからこその思考の偏りは見られてもおおむね公平な老人だ。ヤギに乗っているのに。
 ちなみにあのヤギは大変獰猛だ。
 昨日は興奮して鳴き声を上げて突撃したあげくに、向かってきた敵兵に齧りついて倒していた……ヤギなのに。実はあれ、魔獣なんじゃないか?

 とにかくそれ以外のレジーに解決できない問題なんて思いつかない……と思ったが、一つ心当たりがあった。

「キアラのことか?」

 つぶやいたアランに、レジーが一瞬目を見開いて苦笑いした。

「さすがアラン。よく私のことをわかってる」

 どうやら当たったようだが……今さら『いや、違う』とは言えなかった。
 消去法で残った可能性を口にしただけで。何かに気づいたわけではないので、実に後ろめたい。

「キアラが何かやらかしたか? お前でどうにもできないなら、俺からも注意するなりしておくぞ?」
「それじゃまるで母親みたいだよアラン」

 レジーがくすくすと笑う。
 言われてようやくアランは、うちの子が迷惑をかけてなかった? と似たようなことを口にしていたと気づく。

 仕方ないじゃないか。あのやや間抜けなところのある魔術師は、保護者の師匠もあまり諌め役にならないどころか、基本的に自由にさせているみたいなので、何をしでかすかわからないのだ。

「何かしたわけじゃなくて……気の毒だなと思って」
「何がだ?」
「裏切られる経験がないと、辛いだろうなって……いや、カッシアで私達は一度彼女をだましているわけだけど。あの時も相当ショックだったみたいだから」
「また何か、あいつ抜きの作戦でも実行するつもりなのか?」

 しかし一体どこで? と思っていると、レジーは言う。

「なんにせよ、クレディアス子爵が戦場に居続けるなら、倒すまでキアラは使いにくくなる。最悪のことも考えて、キアラ抜きでも戦えるようにしておく必要はあるだろうね」
「まぁ、死んだら意味がないからな……」

 ここまで一緒に戦ってきたのだ。クレディアス子爵を倒してしまえば、その後の戦いでは間違いなく力強い味方でいてくれるだろう。
 そんなアランの思考を読んだかのように、レジーが「そうだ」と付け加える。

「うちの騎士のローエンを男爵の城下町へ向かわせたよ。子爵の始末をつける算段を考えるように言ってある」
「もう?」

 手配が早すぎる。アランは驚くしかない。

「早くはないよ。子爵が魔術師だというなら、出てくる可能性もあるんじゃないかと思っていたんだ。キアラの記憶では戦場に居なかったらしいけど、必ずそうなるとも限らないからね。その時には先に始末をつけておきたいと思っていたんだ。……そこに本人がやってきたとわかったんだから、実行するだろう?」

 邪魔だから除ける、という気軽な調子で説明された。

「そ、そうだけどな……。こんなに急ぐと思わなかったんだ」
「あっちも戦場には初参加だろう? そして普通なら君みたいに考えるはずだ。一度態勢を立て直してから策を講じるだろうってね。そんな余裕はあちらに与える気はないよ。……会わせたくないからね」

 レジーは一度アランが渡した水を口にする。

「自分の枷になるはずだった相手なんて、キアラも見たくはないだろう。少し前まで、不安がっていたのも落ち着いたみたいだけど、子爵と戦うというだけでも負担になっている今、心理的に不安定にさせる要因は取り除いておきたい」

 確かにキアラは、出征してから不安定だった。
 人を殺すのが怖いくせに無理に戦っては泣いて、休ませようと思っても逆に意地になって。

「最近はまぁ、落ち着いたよな」

 カッシアに到着した後だろうか。まだ変な焦りはあったようだが、それでも表情から力みが抜けたような気がした。ソーウェンでレジーを根負けさせてからは、安定していると思う。
 確かに嫁にされる予定だった相手とは、会いたくもないだろう。
 保護者のつもりのレジーは、キアラが嫌がる相手を遠ざけるのにためらいがない。
 けれど保護者のつもりだったら、あちらは気にならないのだろうかとアランは思う。

「子爵のことはわかったんだが……キアラの様子は見なくてもいいのか?」

 魔力がどうこう、というのはアランには一切わからない。
 説明された内容から起こる体調の変化について想像してみて、戦いに影響があるかどうかを推測するか、実際に見た様子から考えるしかない。
 けれどレジーはもっと心配なのではないだろうか。

「ウェントワースが見ているだろうから、任せておけばいいよ」

 レジーの答えに納得しかけて……アランは違和感で眉間にしわが寄る。
 何か違う気がした。
 どうしてかと考えてふと思う。
 レジーは今まで、護衛以外のことでウェントワースに任せきりにするようなことを、していただろうか。むしろキアラの側にいる異性として、多少なりと警戒していたような気がしていた。

 レジーに目を向ければ、特に他意はなさそうに微笑んでいる。
 聞き間違えだったのかと思うほどに。
 そのことばかり気にしていたアランは、結局レジーが何を悩んでいたのかを聞き忘れたのだった。

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