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私は敵になりません! 作者:奏多
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デルフィオン領 アレジア戦3

 後方の兵が見える場所で、私は木陰に隠れるように座らされた。

 天幕に担ぎこまれて手厚く看護されていたら『魔術師が大怪我をした』とみんなを動揺させてしまうから、魔術師が体調不良になっている姿を見せるべきじゃないと主張し、目立たない場所に置いてもらったのだ。
 せっかく敵を押し返したのに、意味がなくなってしまうと言えば、エメラインさんもサイラスさんも納得してくれた。

 一応様子を見せないよう、カインさんとサイラスさんの手配で、周囲を囲んで近づかないようにはしてくれている。
 兵士が不安がっていたら「魔術師は次の魔術のための瞑想に入っている」とでも言っておいてくださいと頼んだが……それで大丈夫だっただろうか。
 いや、今はそれよりもこんな状態になった原因のことだ。

「クレディアス子爵が……ルアイン軍の中にいる、と」
「わしはそう睨んでおる。師から魔力を操作された圧力だ。……この人形の中にいるせいか、少し感覚が違ったがまず間違いない」

 師匠がすぐ亡くなった関係で、今まで師弟における強制力なんてものを体験したことがなかった私だったが……たぶん、あれがそうなんだと思う。

「さもなくば、あんな風にはなるわけないわい」

 前線から離れて原因からも遠ざかったせいか、確かにあの謎の脱力感は嘘みたいになくなった。
 けれどみんなが過剰に反応しそうになったのは、気付けば私の両手の小指からだらだらと出血していたからだ。
 原因は師匠によると。

「無理するからじゃバカモン」らしい。
 どうも師によって体内の魔力が荒らされているというのに、無理に術を使ったせいで、小指の先だけではあるけれど、体が砂になりかけたようだ。

「痛い……」

 応急処置で傷は塞いだので、すぐ治るだろう。
 そろそろ血が止まっている頃だと思うが、自分で見るのはちょっと怖い。
 ミリ単位とはいえ削れた指とか、自分のでも見るのは嫌だ。
 痛み止めは効いてくるまでにもう少しかかりそうだ。

 手当をしてくれたのはエメラインさんだったが、彼女もさすがに顔色が悪い。悪いことをしたなと思うと同時に、それで済んでいるということはエメラインさんも戦場の死体などに慣れているのだろう。
 そういえばアーネストさんも、兵の運用はエメラインさんが主体だと言っていたような。
 泣いてばかりだった自分が恥ずかしい。

「あの、ごめんねエメラインさん。気持ち悪いもの見せて……」
 謝ると、エメラインさんは冷静な表情で首を横に振った。

「怪我人が気を使うものではないわ。謝らなくて大丈夫……ちょっと特殊な怪我だけれど、魔術師特有の物なのだと理解したわ。言われなければ、滑らかすぎて削れただなんてわからないくらいよ」

 確かに魔術師じゃないと、こんな変な怪我はしないだろう。
 エメラインさんが血を拭った布などをかたずけに立ち去ると、師匠にはとりあえず休めと言われた。
 魔力を無理に動かしたせいで熱があるので、大人しく従うことにした。
 カインさんが尋ねてくる。

「熱はかなり高そうですか?」
「軽い風邪くらいの感じだと思います」

 というか、自分じゃよくわからない。熱があまり高くない時は微妙な差で判別できないし、自分の手まで熱いと額を触っても低いように感じるし。
 ただ頭がぼんやりとはする。

「失礼」
 カインさんが自分の手を伸ばして、私の額に触れた。
 少しひやりとしていて、心地よさに思わず目を閉じてしまう。

 思えばカインさんの対応も変わったな、と感じた。出征したばかりの頃は、けっこう過保護だった。
 あの当時のままだったら、そのまま砦へ帰らされていたんじゃないだろうか。
 今は私を極力戦わせようとしてくれている。
 望んだとおりに。

「軽くはない風邪くらいですね。エメライン嬢に他の用意もお願いしてきましょう」

 そう言ったカインさんは、マントを外して私に掛けて行ってしまった。
 ここまでしなくても……と思ったが、確かに暖かい。これはカインさんが戻ってきても、手放すのが惜しくなりそうだ。
 にしても、思ったより熱が高いようだ。

「これ、明日までに治るのかな……」
「普通の奴は、わざわざ師の力に抵抗しないからのぅ。イッヒヒヒ。どれくらいで治ったかは、後の世の奴らのため記録でも残しておけばよいわ」
「でも私、師弟契約した相手じゃないしなぁ。参考になるの?」

 そう思いながら、自分でもなんとなく額に触れてみる。やっぱり熱の程度はわからないけど、動かした指が痛い。
 削れてるのを治せないかなと思う。

 想像したのは、レジーの怪我に触れた時のことだ。
 入り込んだ契約の砂の魔力を表に集めようとしたら、その分皮膚が盛り上がって傷も塞がっていた。あれと同じことができないかなと思ったのだ。

 目を閉じて、自分の手の魔力を感じ取ろうとする。
 ゆっくりと魔力が循環していくのがわかる。ただ、指先だと思われる場所で流れが急に向きを変える。怪我をしているからかもしれない。

 試しにレジーにやったことを思い出しながら、そこに魔力を少しずつ集めていく。そうして固まれ固まれと念じた。
 じわじわと、一ミリぐらい削れたところが戻っていく気がするけど……痛さのあまりに途中で止める。
 じりじりと焼かれるような痛みで、目に涙が浮かびそうだ。

「ううう……」
 痛み止め早く効いてくれないかな。これじゃ試せやしない。
 すると魔力を動かしていたことを感じ取ったんだろう、師匠が私の腕をつついてきた。

「何を試しておった?」
「うーん、傷塞げないかなって試してみようかと思って」
 すると師匠は意外なことを言う。

「わしの仮説としては、可能じゃろうと思っとるがな。ウッヒヒヒ」
「え、可能?」

「なんといっても、わしらはどんな属性の魔力を持っていようと、最後には砂になるんじゃ。砂なら、お前の専門じゃろ」
「あ……確かに」

「なら砂になる前の肉体ならどうかと思うたのだがの」
「どうなんだろう。本当にあれ、砂なのかな」

 焼いた骨だってくずれてさらさらになるけど、あれってカルシウムだよね? 
 あ、でも石灰岩とか岩石にカルシウムって混ざってなかったっけ? そしたら石とか土に含めていいのかな?
 元が土だったら良くて、元が人体じゃだめとか、そういう縛りがあったらどうしようもないし……。
 うんうん唸っていたら、師匠にとりあえず血は止まっただろうから、こっそり様子を見てみろと言われた。

「なんでこっそり?」
「魔術師は研究中の事柄を、ほいほい外に晒さないもんじゃ。隠し玉がある方が、後で危機に陥った時に敵の油断を突くことができるからの」

 こそこそと語られたのは、企業秘密を守れという内容だった。
 なるほどと思って言う通りにする。
 カインさんのマントをひっかぶるようにして、背もたれにしていた木の方を向く。

 そっと左の小指の包帯と、傷を覆っていた布を取ってみる。
 血はとまっていた。指は……うん? 上の方が少し平らっぽかったのが、元に戻ってる……か?
 でも怪我をした後で、肉が盛り上がったような感じだ。でも時間が経てばこれも違和感がなくなるぐらい傷っぽさはなくなるだろうか。

「成功、かな?」
「そう思えるのなら、上々なのではないか?」

 私は師匠にうなずく。
 これは成功に含めていいかもしれない。
 にやにやとしながら、もう一度包帯を元に戻しておく。
 その作業を終えて、また元のように木に持たれて座り直す頃には、別な懸念も心の中に湧いていた。

 ちょっとの傷はこれで元に戻るけれど、作業中が痛すぎた。それにすごく疲れる気がする。
 レジーの時は必死だったし、自分の血を使ったこともあってやや大きな傷でもなんとかなったのかもしれないが、倒れて寝込んでしまったんだよね。
 ……自分相手でも、他人相手でも、あんまり使える力でもないのかな。
 というかレジーって、まさかこの痛みで気絶したんじゃなかろうか。

 むー、と唸って、これは要練習ということにしておこうと思う。
 それでさっと使えるほどの術にできなかったら、自分が削れた時にこっそり直す分として使おう。

 しかし熱がまだ下がってこない。
 それもこれも、おそらくはクレディアス子爵が戦場になんて出てきているせいだ。
 確かにこんな状態になるのでは、ゲームのキアラも逆らうことは難しかっただろう。
 いつかは倒さなくては、私は前に進めないんじゃないだろうか。
 事実こうして、戦場で相対することになってしまっている。ゲームではその影すら画面に出てこないままだったのに。

「どうしてゲームじゃいなかったんだろう……」

 何度か考えた、答えのない問いを思い出す。
 可能性としては、
 一、キアラが別な理由から戦い続けていて、既に子爵は死んでいた。

 二、どこか近くにいたけど、何かのはずみで死んでしまったというちょっとしょぼい結末のせいで出てこなかった。

 三、近くにいたけど、負けそうになったので自分だけキアラが死んだのを見て逃げた。
 この三つを考えていた。

 正直、一だったとしたら、キアラは王妃に心酔でもしていたのだろうか? 最近はこれが一番の理由ではないかと思っていた。二番と三番は、なぜ子爵自身が戦わなかったのかという疑問が残る。

「なんで子爵は魔術を使わないのかな」
 ぽつりとこぼせば、師匠が「うーむ」と悩みだす。

「魔術師になって、力が弱いということもなかろう。魔術師くずれくらいのことができるのならば、間違いなく前線に出てくるはずだが……想像がつかんの。普通の魔術師とは違う術が使えるからということかもしれぬし」

 師匠にわからなければ、私はお手上げ状態だ。
 ただ分かっているのは、こんな状態になるということはいずれ先方に知られるだろう。
 クレディアス子爵がそう念じた後、私の攻撃が無ければ気づくはずだ。
 そうなれば今後の戦いで、ルアイン側もクレディアス子爵を伴うだろうし、こちらは私を戦力として使えなくなる。
 だから必ず、クレディアス子爵を倒さなくてはならない。

 人の運命というものは、最初から決まっているわけじゃないのだと思う。
 でなければ、選択肢の一つを選ぶことで運命が変わるなんてことはないんじゃないだろうか。
 けど乗り越えるべきものは、いくつか決まっているのかもしれない、と思う。
 そんな物の一つが、私にとってはその人なのだろう。

「どういう運命で関わるにしても、もうちょっと別な人が良かったな……」
 できればクレディアス子爵とは二度と関わりたくなかったと思いつつ、私は嘆息した。

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