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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~ファルジアの魔術師

 その男は、実に戦場にそぐわない人物だった。
 戦乱の時代なので、貴族の領主で自ら馬に乗れない者などバカにされがちな時勢に、貴婦人のごとく馬車で移動し、剣の一つも持っていない。
 走れば邪魔になりそうなたるんだ腹が、ダブレットの上からでも見て取れる。きっと腕は、剣を十回も振れば筋肉痛に悩まされることだろう。

 思わず「けっ」と彼が小さくつぶやけば、隣にいたミハイルが彼の足を軽く蹴ってくる。
 なんて侍従だ。
 しかしミハイルに、この遠慮ない態度を許したのはイサークだった。しかも痛いわけじゃないので我慢する。

 とにかく馬車から降りてきた男――クレディアス子爵を眺める。
 イサークには、とても彼が魔術師には見えない。
 トリスフィードで一度目にはしているものの、彼自身が何かをした、というわけではなかったからだ。

 この男がしたのは、命尽きるまでわずかとなった魔術師崩れたちを動かし、トリスフィード伯爵の城の壁を壊し、炎で炙り尽くし、氷漬けにしたのだ。
 むしろサレハルドの兵まで巻き込まれそうになって、イサークは冷汗をかいたものだ。
 なにせ魔術師くずれ達は、理性というものを無くしている。目の前にいる相手に襲い掛かるか、ただただ魔術をまき散らすだけだ。敵味方なんて区別してくれない。
 それでも、この子爵に攻撃しなかったということは、一応魔術師として彼らを操ることができた、ということなのだろう。
 その他にはどんな魔術を使うのか全く不明。

 イサークとしては、情報が何もないということが一番厄介に思えた。
 とにもかくにも、今は友好な態度が必要だろう。
 出迎えたアーリング伯爵に続いて、イサークは一歩踏み出す。

「アーリング伯爵のお願いを聞いて良かった。魔術師殿にはもう一度会ってみたいと思っていたんだ」

 にこやかに話しかけてはみたが、クレディアス子爵はちらとも笑みを見せない。
 自分の価値が高いこと、そんな魔術師である自分に誰もが媚びることをわかっているのかもしれない。
 興味もなさそうに鼻で笑う。

「北の地サレハルドよりここは暑かったことでしょう、陛下」
「いや、トリスフィードの住み心地はなかなかだ」
「それはそれは。私も手を貸した者として喜ばしく思っております。では」

 面倒そうに一礼して、クレディアス子爵は砦の中へ入っていく。
 イサークはそれを追いかけず、じっと子爵の背中を見ながら考えていた。

「あのウシガエルが来たってことは、本気で王子の軍を潰す気なんだろうなぁ」
「ちょっ、ここじゃ聞こえますって!」

 つぶやいたイサークを、ミハイルが慌てて入り口から遠ざける。
 離れた場所で剣の打ちあいをしている兵士が見える、砦の中庭へと引っ張って行く。
 イサークが移動すると、隣にいたヴァシリーもついてくる。

 しかし砦なので、花壇やら樹木やらの気の利いたものがない。仕方ないので井戸近くに人がいないことをいいことに、そこを彼らは陣取った。
 見える範囲の人間からかなり距離があるので、話が聞こえてしまうことはないだろう。

「で、陛下は何を思いつかれたので?」
 移動が終わると、小声でヴァシリーが尋ねる。

「さすが話が早いなヴァシリー!」
 イサークもマズイとは思ったのか、ささやき声でヴァシリーを称賛した。

「だからよー、あの魔術師が来たってことは、本腰入れて王子の軍を潰す予定になったんだろ? 王子の軍が敗退する可能性もあるってことだ」
「どうだかわかりませんよ。あちらにも魔術師が居るでしょう……あの魔術で動く土の人形はかなり厄介でしょうな。火も水も土に損傷を与えにくい」

 反論したのはミハイルだ。
 意外に、地味そうなあの魔術は攻撃にも防御にも使えるので、ミハイルはとても警戒している。

「そりゃアーリング伯爵だってウシガエル子爵だってわかってるだろ。だから策の一環じゃないかと思うわけだ」
「何がですか?」
「ウシガエル子爵とは別の魔術師が、ここまで一緒に来なかったことだよ」
 イサークの話に、ヴァシリーがうなずく。

「なるほど……」
「敵にやっかいな人間がいるなら、一気に崩したいなら内通者を作るか、もしくは内部から同時にコトを起こさせるかだ。エヴラールの魔術師ちゃんの対策に、もう一人の魔術師が潜り込んでるのかもしれねー」
 そう言ってイサークがにやっと笑う。

「だから、単独行動してるだろうその魔術師を、今のうちに始末する」
 どうだ! と言わんばかりの顔を見て、ミハイルが渋い表情になる。

「……簡単に行きますかね?」
「もし潜入しているとしたら、すぐにばれたくはないはず。隙は多いでしょうね」
 ヴァシリーが同意したことに、イサークは気を良くしたようにミハイルを説得にかかる。

「だってよー。今ヤっておいた方がいいだろうよ。あのウシガエル子爵はどうも、他人を使って戦うタイプみたいだかんな」
 魔術師くずれだけならまだしも、魔術師という武器を、あの子爵の手に持たせておきたくない。

「なぁ、どうだ?」
「う……まぁ、悪くはない手ですが」
 そこに、彼らの元へ駆け寄っていく少年がいた。
 サレハルドの騎士の従者だ。

「陛下方のご夕餐について伺いたいのですが、本日はアーリング伯爵とご同席になりますか?」
 そう尋ねながら、隣にいたミハイルに小さな紙を渡した。
 従者に答えたのはヴァシリーだ。

「本日陛下はご不調だ。夕餐も欠席される。部屋に運ぶように伝えておけ」
 そうして従者が走り去った後、紙の中見をさっと確認したミハイルが告げる。

「子爵が、砦の前に寄った場所がわかりました……イニオンという町です。近くには小さな砦が一つあったはず」
「そこにもう一人の魔術師がいる可能性は高いな。よしそこに行くか。ヴァシリーまたあいつに影武者させとけよ」

「……やっぱり、最初から自分で行く気だったんですね、殿下」
 ミハイルが深くため息をついた。

「陛下だっつの!」
 ミハイルに抗議はしても、イサークは行動予定については否定しない。

「もう諦めなさいミハイル。単独行動好きなのは前からですし、この人が注意して聞くような人間だと思いますか?」
「思いません、ヴァシリー将軍閣下」

「ならば勝手に逃亡する前に、お目付け役を選んで出発させなさい。ちゃんとこの我がまま陛下が操れる人を選んでくださいよ」
 ヴァシリーに次善の策を立てろと言われて、ミハイルは肩を落とした。

「みんなにもう、さんざ嫌がられてるんですよね……。この間もカッシアに二人で閉じ込められてしまうし。胃薬が足りないって嘆かれました」

「でもミハイルは常にいたでしょう」
「あれは子供を連れてるとカモフラージュになるからって、殿下が連れて行ったからです」

「ではミハイル、君がまた一緒に行くように」
 ヴァシリーの言葉に、ミハイルは心底嫌そうな表情になったのだった。

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