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私は敵になりません! 作者:奏多
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秘密の交換

 夕食の時間に、レジーが現れなかった。

「殿下にご負担をかけてしまったのですね……。こんなことでは、お姉さまに怒られてしまいます」
 ため息まじりにつぶやいたルシールさんの言葉に、アーネストさんがびくっと肩を跳ね上げた。
 フィナード家って……エメラインさんの恐怖政治でも敷かれてるの?

「ま、とにかく召し上がってください、ささ」

 アーネストさんに勧められて、私達は食事に口を付けはじめた。
 同席しているのは、私とグロウルさんにカインさん。そしてここまで付いて来ていたレジーの護衛騎士10人だ。
 人数はそれなりにいる。正餐室の長いテーブルはほどよく半分と少しが埋まっている。

 しかし主にアーネストさんから話しかけられるのは……私だった。
 これはアーネストさんが女好きだとかいう理由ではない。ただただ、序列的なことなのだ。

 グロウルさんは護衛騎士の隊長さんだが、元々の家は騎士爵のお家である。私の本来の家よりは上なんだけどね。
 たたき上げの騎士さんだということで、その経歴も実に渋くて素敵なお方である。
 むしろ他の騎士の方が、貴族の出の人が多い。一番高い地位の人が、タリナハイア伯爵家の三男だったかな?

 さて私だ。
 戸籍ロンダリングにて分家の娘という出身になっている私だが、それだけならアーネストさんと変わらない。むしろ下。
 そこで加味されるのが軍の地位だ。
 魔術師の私は、元帥代理になれるアランの下だが、将軍と同じ扱いとなっている。おかげで自由勝手にさせてもらえているのだが……。
 ようするに、私が一番ここで地位が高い。

 もう一つ言うなら、食事の前にレジーの欠席を伝えたグロウルさんが、ずっと渋い表情をしていて怖いので、話しかけ難いのだろう。
 もちろんルシールさんも、女の子なので私に話しかけるのが妥当だ。
 よって、二人と私しか会話しないお食事会となってしまった。

「魔術師と伺って、また実際にお力を拝見して驚きました。お若いのに大したものです」
「あははは」

 アーネストさんのお世辞に、笑ってみせる。
 誰も魔術師になる方法を良く知らないので、そう考えてしまうようだ。
 するとルシールさんが、鹿肉のソテーをナイフで切る手を止めて話に入ってきた。

「魔術師って悪魔と契約すると聞いたことがありますわ。デルフィオンに攻め入ったルアイン軍は、その魔術師になりそこねた人を使い、悪魔の呪いをまき散らして軍に打撃を与えたそうです。本当なのですか?」

 こちらは私も知っていた噂の真偽を知りたいらしい。
 さてどこまで話したものか……。
 契約の石のことを話したとして、それがあまりに広まり過ぎて、魔術師になってやろう! なんて軽い気持ちでトライする人が出ちゃ困るし。

「悪魔ではありませんが……。魔術師になるには特殊な儀式が必要でして。それに無事に魔術師になれるのは、素質がある者だけなんです。失敗すると魔術師くずれと同じように死んでしまうんですよ。だから悪魔と契約したんだ、と言われるようになったのでしょう」

 話しながら私は思い出す。
 そういえば師匠どこ行ったんだろ。結局、私が転寝した後も、まだ戻ってこないのだ。
 居場所が分かったのは、食後のことだった。
 夕食前よりもさらに苦悩が深そうな表情で、グロウルさんが私に言ったのだ。

「大変申し訳ないのですが、殿下の部屋までご足労頂けますか」
「レジナルド殿下が呼んでるんですか?」
「殿下というより……キアラ嬢の師匠殿が……」
 それでわかった。

「まさか師匠、ずっとそちらの部屋に居座ってたんですか!?」
 一体またどうしてと思うが、グロウルさんは理由を語ってくれない。
 とにかくついて行けば、部屋のなかでは軍装は解いたレジーが横たわる寝台上で、土偶が飛び跳ねてた。

「ちょっ、師匠何やってんの!?」
 慌てて捕まえようとしたら「うひょう!」と言いながら、師匠が寝台の反対側に転がり落ちる。手を伸ばして、ついでに伸びあがったが捕まえられなかった。

「ちぃっ!」
 さすがにレジーを飛び越えるわけにはいかないので、急いで反対側へ走って、寝台によじ登ろうとしていた土偶を捕獲した。

「ちょこまかとっ、虫みたいにっ……」
 息が切れる。ていうか師匠、なんで逃げるのさ!

「助かりました、キアラ嬢。うかつに掴まれると、崩れると言われまして……どうしようもなく」
 グロウルさんから御礼を言われて、私はぺこぺこと頭を下げた。

「ほんとうにすみません! 嘘ついたんですよこの土偶! 投げたってそう簡単に壊れませんから! ね、師匠?」
 にっこり微笑んで、師匠の体に魔力を注ぐ。
 そうしてポケットに入れていた銅貨を使って、コーティングするようにしてみた。

「な、なんじゃ? むずがゆいんじゃが?」
「ちょっと師匠をさらに頑丈にしてみただけですよ。うん、なかなか良さそうですね」

 手の甲側でこんこんと叩けば、金属っぽい音がする。
 重ね掛けの魔術だからか維持には別に魔力が必要そうだが、数時間は大丈夫だろう。
 そうしてレジーの部屋の窓を開け、師匠を窓の外につきだす。

「さ、下は花畑みたいですし、たぶん壊れません。グロウルさんに、三階下に落としても平気だってこと、見てもらいましょうね?」
「ふわっ!? まさかお主、わしをこのまま」

「落とすんですよ? 頑張って戻ってきてくださいね?」
「うひょあああああっ!」

 師匠の悲鳴の後、ぼふっと音がした。
 やはり花壇の土は柔らかかったようだ。
 ふう、と息をついて窓を閉めると、くすくすと笑い出したレジーがグロウルさんに頼んだ。

「子供か犬にでも玩具と間違われたら可哀想だから、回収してきてもらえるかな? 土まみれになってるだろうから、フィナード家の人に頼んで、汚れも落としてもらうといいよ」
 グロウルさんは小さなため息をつきつつ、部屋を出て行った。

「ごめんねレジー、うちの師匠がお騒がせして」

 体調不良だというのに、師匠が飛び跳ねていては休めもしなかっただろう。
 レジーの側に戻ってしおしおと謝ったが……起き上ったレジーに手首を掴まれた。
 あげくレジーは、実にいい笑顔をしていた。

「ついでだから聞きたいんだけど、キアラ。その足の傷、どうしたの?」
「ひっ……」

 ……しまった。
 衣服を着替えたものの、楽だからとブーツを履かずに靴を借りていたのだ。ブーツがないと、手を伸ばして伸びあがればスカートの裾がやや上がると、怪我が丸見えに……。

「ええっと、これは……その……」

 うああああっ。カインさんには見つからずに済んでたのに、どうして一番見られたくない人にっ!
 なんて説明したらいいんだこれ?
 カインさんに足を触られる原因になるから、怪我したことも黙ってたとか言ったら、どんだけ怒られるかわかったもんじゃない……。
 内心で汗だらだらな状態で沈黙するしかない私に、レジーがささやく。

「それなら、秘密の交換をしようか?」
「交換?」
「君は足の傷が残るようなことになった理由。私は体調不良の理由だ。私の方はね、矢傷に入り込んだ、契約の砂の影響がまだあるらしくて、熱が出たんだよ」

 さらりとレジーが自分の側の話をしたことで、卑怯な! と思った。先に言われたら、こっちが言わないで逃げたらずるをすることになってしまう。
 けどすぐ後で、私は慌てる。

「痛いの? 怪我の状態とかは? 見せ……」
「だめだよ?」

 伸ばした右手をレジーが掴まえてしまう。それでも「むぅぅぅ!」と言いながら押せば、くすくすと笑い出した。
 私は全力でやっているのに、レジーは笑える余裕すらあるのがまた憎たらしい。

「君が内緒にしていることを話してくれないと、触らせてあげない」
「うぐ……」

 私は迷った。
 迷った末に脳内からぎりぎりの回答をひねり出した。

「怪我の手当をされるのが……恥ずかしくて」
「恥ずかしいから? 衛生兵のことじゃないね? カインかな?」
 迷った末に、小さくうなずく。

「ふうん?」
「後でギルシュさんとジナさんに診てもらったんだけど、ちょっと……放置しすぎたみたいで」
 ようやくレジーが、掴んでいた手を離してくれる。
 ほっと息をついて、レジーに尋ねた。

「それで、傷はグロウルさんに診てもらったの?」
「ああ、傷口がどうこうってことはないんだよ」
 うなずくレジーに頼む。

「触っていい?」
「約束だからね」

 私は寝台に片膝をついて、レジーの肩に手を伸ばした。
 そっとシャツ一枚の上から肩と背中に触れる。指を滑らせると、痛そうにはしなかったけれど、レジーが数秒目を閉じた。

 少し熱を持っているように思える。
 やや魔力がざわついてるようにも感じられたから、外側から自分の魔力で抑え込めないかと念じてみた。
 土や大地に関わるものを動かすのは問題ないけれど、人の体はやっぱり勝手が違う。何かに阻まれているように、上手くいかない。

 あの時傷をふさげたのは、奇跡だったのだろうか。
 それでも活性化しているように感じられる、私と近しい魔力を大人しくさせることができると、レジーが少し肩から力を抜いたように見えた。

「ごめんね……私を庇ったから」
 後まで響くような怪我をしたのは、私を助けようとしてのことだ。
 するとレジーが苦笑いする。

「庇うだけで満足した私のせいだよ、キアラ。でもまだ悪いと思うなら、これで無しってことにしよう」

 そう言って、すぐ傍にいた私を抱きしめてきた。
 驚いたけれど、レジーに頭を撫でられて、抵抗する気を失う。
 この落ち着く感覚はなんだろうと思う。
 ただなんとなく、レジーがこれ以上何かをすることはないとわかる。だからじっとしていると、レジーがまた笑った。

「なんだか人懐こい犬みたいだねキアラ」
「犬扱いするなんてひどい、レジー」

 私の耳とレジーの首がくっつくような態勢だから、彼に顔が見えるわけはないんだけれど、思わず口をとがらせてしまう。
 すると、すねないでとレジーがささやいた。

「君が逃げずに側にいてくれるのは、嬉しいんだ」

 その言葉を聞いた時、心の奥に一つまみの砂が落とされるような、そんな感覚があった。

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