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私は敵になりません! 作者:奏多
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デルフィオン領境戦3

 その日、私は悩んだ。
 いくら何でも私だって、これはまずいと思ったのだ。

 今まで感謝を表すためとか、誓いのためという説明をされたから、頬の口づけについては納得することにしていた。
 危うい発言も、私が頼りないから心配しているのだと考えた。
 ……考えることにしていたのだ。

 しかし今回のは宜しくない。からかいの範疇を越えてる気がする。
 だからといって、カインさんが本気だとは限らない。
 もし疑問をぶつけてみても、本当に『そう』だと答えられても、私はどうしていいか……。

 頭をかきむしりたくなる。その後でむしょうに泣きたくなった。
 お付き合いとか、そういうのを思い浮かべてはみたものの、私はカインさんに頼り切りになる自分の姿しか想像できなかったのだ。
 頼らせてくれると思った瞬間、今まで我慢している苦しさとか、そういうものを全部吐き出してしまって、もう耐えきれなくなるかもしれないのが怖い。
 そんなことになったら戦えない。

 守りたくてここまでついてきて意地を通してきたのに、全部無駄になる。
 ルアインを倒してほしいカインさんだって、私に失望するだろう。それだけしか目に見える長所がないのに、それを捨てた私に価値を見出してくれないかもしれない。

 だから気にしないふりをするしかない。
 戦い続けるために、カインさんの協力は絶対必要だ。
 気まずくなりたくないなら、カインさんが『大したことではない』ようにふるまったのに乗って、こちらもさほど気にしていないふりをするしかないだろう。

 そこまで決めたはいいけれど、ため息をつきたくなる。
 前世でもいいから、恋愛経験があれば良かったのに。そうしたら、もう少し余裕を持って『気にしないふり』ができると思うのだ。
 顔を合わせるのも恥ずかしいやら困惑するやらで、避けたくなる。
 でもそんなことをしたら、無かったことにもできないので、自分に忘れろ忘れろと暗示をかけてみた。

 一応、そんな感じで心理的な平静を取り戻した私だったが、もしかしたら妙案があるかもしれないと、師匠を振り返った。
 酸いも甘いも噛み分けて食べ尽くしたはずの師匠に、私がショックを受けている理由を話してみたのだ。

 師匠はしばらく黙り込んだ。顔は遮光器土偶ゆえに、表情が変わりようもないので推しはかれない。
 やがて短い感想を漏らしたのだが。
「ケッ……これだからモテる男は」と毒づきなさった。
 色々察した私は、師匠にそれ以上尋ねることはしなかった。


 そんな翌日、夕刻にルアインの兵が攻めてきた。
 昼日中に移動し、潜んでいたのだろう。ルアイン側は、このまま薄暗くなる頃に、森の中に引きこみたいのかもしれない。

 今度はエニステル伯爵の軍が対応した。
 ヤギに乗った老人の指揮する軍に、ルアイン側は森からあまり出ずに矢を射かけてくる。
 おかげで突撃系の仙人様も、やや攻めあぐねているようだ。
 こちらも矢を射て対応し、様子を見始める。

 そんな中、私はちゃきちゃきと土人形(ゴーレム)に乗り、またしてもレジーの指示した通りに木をなぎ倒していった。
 今回は、森の区切った部分を、さらに小さな区画に分割していくのだ。

 土人形(ゴーレム)に踏み潰されないように逃げていく兵士達が、残された緑地へと移動する。
 私の任務の進行具合を確認したのだろう、区画整理を終える前に、レジーがエニステル伯爵の後ろに軍を移動させ、見晴らしの良い倒木の上を移動するルアイン兵を、長弓で射抜かせていた。

 しかし、双方ともに矢はいつか尽きる。
 そうなると、剣を抜いて戦うしかない。だというのに、ルアイン兵は勢いよく向かって来られないようだ。

 エニステル伯爵の軍は、そこを急襲する。
 一区画ごとに隊を分けてはいるが、薄暗い夕刻の森の中を埋め尽くすように、かなりの人数を投入するのでかなり有利に敵を押していった。
 手薄な場所には、レジーの指揮する兵も投入される。
 敵は倒木のせいで、すぐに逃げられない。味方を助けに行こうにも時間がかかる上、自分達が潜む場所にまでファルジアの兵が押し寄せてくる。
 そうして各個撃破されていくのだ。

 レジーはこの状況を作ろうとしていたのだ。
 まず敵が潜む場所を限定すること。
 隠れて近付いた上でこちらを攻撃したいなら、敵はその道を渡った前面にやって来なければならない。
 しかも一定以上の兵が障害物の木がある場所に潜んでいる所に、兵を投入するのはかなり消耗を覚悟しなければならない。
 そのために、各個撃破できるように、横断道以外にも道を作り、ひそめる場所をさらに細分化したのだ。

 敵兵は後退したいのだろう。
 私が最初に作った森の横断道を渡り、森の奥へと戻っていこうとしている人影が、ちらほらと増えだした。
 けれどルアイン軍としては、逃げ帰って来られては困るようだ。
 横断道の向こうでラッパが吹き鳴らされ、戻る兵を押し返すように、まとまった数のルアイン兵が横断道を越えようとしている。
 そこで私は、カインさんに下に降りてもらうように指示した。

「もう森の方には行きませんから」
「……本当ですか?」

 訝しむカインさんに何度もうなずき、なんとか了承を得る。
 一人になると少しほっとした。……カインさんも、結局今日は普通に接してくれたけれど、やっぱり『普通』を装うのは疲れた。
 離れた今になって、心臓がどきどきしてくる。

 土人形(ゴーレム)の頭に縋るようにして立ち、収まるまでしばし待つ。
 高い場所だから、そこからは森の向こうへ沈んで行こうとしている、熟れた色をした太陽が見える。
 陽が落ち切ってしまう前に、次の仕上げを済ませるべきだ。
 敵の目に、危険なのだと焼きつけなければならないから。

「で、お前さん一人で、こんな遠くからどうするんじゃ?」
 師匠に尋ねられて私は答えた。
「こうするんです」

 私は土人形(ゴーレム)の右腕を石に変える。それからぶんぶんと振り回させた。
 そして勢いをつけたところで、その右腕を分離する。
 飛んでいく土人形(ゴーレム)の右腕。
 それは横断道を越えた場所に、ボールのように投げ込まれた。
 どすんという音。
 舞い上がる砂塵。
 軽い地響きが私のところまで届き、そこに悲鳴が混じっていた。

 ルアインのものと思われる、合図のラッパの音があちこちで吹き鳴らされる。
 予想していた場所よりもちょっとずれていたけれど、ルアインの後方の軍が被害を受けたに違いない。
 コントロールが悪いのは致し方ない。運動音痴な私の操作で、おおよその範囲に着弾したのだから褒められてもいいくらいだ。

「どうです師匠。土人形(ゴーレム)型固定砲台です」
「また奇矯なことを思いついたものだな……」

 ホレス師匠が、呆れたように応じた。
 当初、レジーからは区切った場所までをレジー達が占拠したら、それを追う形で土人形(ゴーレム)が森に踏みこみ、倒木を投げ込んでほしい、と依頼されていた。

 けれど、どうせならもう少しインパクトが強い方がいい。
 私としても矢を射られそうな地点で、土人形(ゴーレム)が木を拾うためにしゃがむなどという姿勢はとらせたくなかった。
 そこで考えたのが、離れた場所から投石器のように、岩かなんかをルアインの本隊を誘導した場所へ投げ込むことだった。

 私は土人形(ゴーレム)の左腕も、同じようにして投げつける。
 更なる悲鳴とともに、ルアイン兵が森の奥へと引いて行くようだ。

 その森の奥、少し木がまばらな地点には、いくつかの旗が見える。
 中には、緑に、王冠を戴く鷲があった。
 サレハルドの旗だ。
 けれどその旗が動くことはないようだ。むしろルアインに先んじて、退却して行くように見える。

 とりあえず現時点でサレハルドとまで戦わなくて済んだのだ。良かったと思いつつ、じくじくと痛む足に、キアラは顔をしかめた。
 先ほど森の中に踏み込んだ時、今度は足を矢が掠めて行ったのだ。
 刺さらなかったのは良かったが、やはり痛い。
 でも今度こそはカインさんに気取られないようにしなければと、私は思った。

   ◇◇◇

「なんですか、あの無様な状況は! 森に誘い込むことすらできないとは!」

 あまり気迫のない怒鳴り声を上げているのは、がちがちに甲冑を着こんだ、巻き毛の青年だ。その後ろにはルアインの旗を持った従者や、彼を守る騎士が数人控えている。

 彼はデルフィオンに駐留している、ルアインの伯爵アーリングだ。
 一方、アーリングの前に跪いているのは、中年を通り越そうという年齢の黒髪の男性だ。
 やや小太りな体を軍衣で包み、窮屈そうにしている彼こそ、デルフィオン男爵ヘンリーである。

「申し訳ございません。けれどこちらも精いっぱいで……」
「言い訳は聞きたくありませんね! 成果も出せない、この役立たず!」

 アーリング伯爵の手に持つ鞭がうなる。
 その度にデルフィオン男爵が、悲鳴を上げた。
 なにせアーリング伯爵は憎々しげに鞭を振りおろすものの、上手く肩や腕に当たらず、時にはデルフィオン男爵の頭にまで当たっているのだ。

 アーリング伯爵が下手なために、あまり強く鞭打たれているわけではないが、八つ当たりと言ってもいい状況に、後ろにいる騎士達は見ないように視線をそらしている。
 やがて痛みにうずくまるデルフィオン男爵の姿に溜飲を下げたのか、アーリング伯爵がにやつきながら告げた。

「ふん、あまり協力的な態度を取れなければ、我が方の戦力になってもらうため、娘達の命は捧げてもらうからな!」
「それだけは、それだけはっ!」

 その言葉を聞いた瞬間、デルフィオン男爵が飛び起きた。
 涙ながらにアーリング伯爵にとりすがり、どうにか気を変えてほしいと訴えた。
 アーリング伯爵は鼻先で笑い、もう一度鞭を振りかぶったが、

「よぉ、ルアインの。俺たちの用は終わったみたいだからな、一度引き上げさせてもらうわ。それに、お前らの元締めかなんかが到着してるって言ってたろ? それなら俺たち、トリスフィードに帰らせてもらうな」

 発言者は、筋肉のつき方も美しい鹿毛の馬に乗っていた。
 鷲の紋章を刺繍した緑のマントを羽織る、赤味がかった髪の背の高い男は、灰色の瞳を鋭く眇めて、アーリング伯爵を見下ろしていた。

「あっ、へっ、イサーク陛下! そんな、もうお発ちになるのですか!?」
 デルフィオン男爵に対するのとは、ころっと態度を変えたアーリング伯爵は、へりくだって愛想笑いをしながらイサークの足元に駆け寄った。

「そうおっしゃらずに、もう少しご協力を……」
「俺たちが依頼されたのは、ソーウェン側からの襲撃を警戒することだ。どっちにしろ、あの方式でじわじわ削ってこられたら、森に潜伏して誘い込んでも、袋叩きにするための兵が足りないだろうが。計画は失敗したんだよ。なら今回の件は終わりだ。じゃあな」

 すげなくされたアーリング伯爵は、慌てて馬を歩かせ始めたイサークを追いかけてくる。
 それを面倒そうに振りかえりながら、イサークはデルフィオン男爵が彼の配下によって抱え起こされ、その場を離れるのを確認しつつ言った。

「ああ、あっちは魔術師が監視塔みたいに、土人形(ゴーレム)に乗って高い場所から森を俯瞰できるはずだ。森を出なきゃ、探し出されてあの足で、木みたいに潰されるかもしれん。早く逃げることを勧めておいてやる」

 いわれたアーリング伯爵も、土人形(ゴーレム)のことを言われれば、怯えたように撤退を指揮するために走って行く。

「胸糞わりぃ……。ああいう奴は好かん」
 つぶやきながら、イサークは少し離れた場所にある、自陣へと向かう。
 近くで待っていたミハイルと騎士達が、途中で彼に合流した。

「もう、変に相手を刺激しないでくださいよ。殿下は喧嘩っ早いんだから。計画が全部水の泡になるので、止めるなら間合いを見てほどほどに」
「殿下じゃねぇ、陛下だろミハイル。……俺だってそんなことは分かってる。だから殴らなかっただろうが」
「手は出さなくても、脅してたじゃないですか」

 何を言っても打ち返されるので、イサークは口をつぐむことにするどうあってもイサークはミハイルに口で勝てないのだから。

「しかし魔術師はすごいですね。
 雰囲気を変えるためか、付き従っていた金の髪の騎士が話題を変えた。

「いいよなぁ魔術師。やっぱ俺もあれ、欲しいわ」
 店に売ってる飴が欲しい、という調子で口にしたイサークに、ミハイルも変更された話題に乗ることにしたようだ。

「確かに、クロンファードでも凄まじいと思いましたが、戦術を考えて使えば、もっと効果が高くなるのだと感じましたね」
 どうのこうのと言って、ミハイルだって魔術師は喉から手が出るほど欲しいのだ。
 ミハイルは企むことが得意だが、イサークと気が合うくらいには、簡単に物事が片付くといいなと夢見ている節がある。

「ルアインからも、ついこないだ二人ぐらい魔術師が来たんじゃなかったか? 一人はほら、トリスフィードにも来てたあの中年オヤジだろ?」
「そのようですね。陛下の仰る中年オヤジと、もう一人はファルジアの王子の魔術師と、そう大差ない年頃の娘のようですが。味方しているんですし、サレハルド側にも有利に動いてくれるんじゃないですか?」

「んなわけねぇ。ルアインだって、できればこの戦に引っ張り込んだサレハルドにも、打撃を受けてもらいたいだろうよ。そのまま、ファルジアの次はうちを侵略したいはずだ。なら、魔術師の手なんか貸さずに、極力こっちの戦力が削れるまで高みの見物をされるだろうさ」
 まぁ、でも気になるな、とイサークはつぶやく。

「ああ、そのルアインの魔術師ですがね」
 短い金の髪の騎士、ヴァシリーが言った。

「手の者から、デルフィオンに入って間もなく、娘の方が姿を消したと報告が来ていますよ」

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鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


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