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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~王都陥落~

再び敵パートです。
 ルアイン軍が王都をとり囲んだのは、夏の暑さが凪いですぐのことだった。
 しかし彼らは、王都を攻め落とす必要すらなかった。

 既に王都に住む者たちの多くが、方々へ逃げてしまっていたのだ。
 国王が死んだという噂が駆け巡ってすぐ、隣国の餌食になるのを恐れた人々は持てるだけの物を手に、王都近隣の領地へ走ったからだ。

 逃げた者の中には貴族もいた。
 王妃にも良い顔をしながら中立を保っていたけれど、完全に友誼を結んでいなかった者。そして王族に忠誠を誓った者たちだ。

 貴族が少なくなれば、それを守る私兵もいなくなった。
 商売相手を何事もなくルアインに切り替えられるか不安に思った商人達も、近隣の領地へ移動した。

 国王がいないと分かれば、城を守る衛兵達や女官たち、召使いも、そこにいて守り切る旗頭がいないとなれば、逃げだそうとしていた。
 けれど王妃達はそれを阻害していた。出入りを監視する衛兵を自分達の配下に変えてしまったからだ。
 そんな折、恐怖にあおられた者が見張りの衛兵を殺してしまうと、堰を切ったように人々は逃げだした。
 ただあまりにも一斉に皆が逃げたため、それを扇動したものがいるだろう、というのが、王妃達の見解だ。

 傍にいたエイダは、王妃や足しげく通ってくるパトリシエール伯爵の話を耳にしたからこそ、それを知っているだけだ。
 そのような状態だったので、王都には王妃に従う貴族やその配下。彼らに保護されている商人達と、逃げる先が思いつかない貧しい市井の人間ばかりが残っていた。
 彼らがルアインの軍に、門を閉ざすことはない。
 ルアインの将軍や兵士達は、戦うこともなく、粛々と王都へ足を踏みいれたのだ。

 だからエイダは、王都を守ろうとする者たちと戦う必要はなかった。
 むしろルアインの将軍が王宮に入ったその後からが、エイダの仕事の時間だった。

「燃えろ燃えろ、燃えておしまいなさい」

 エイダは手を広げてくるくると回る。
 そうして手を触れた壁の絵画もカーテンも、、ステップを踏んで回っている絨毯も、つま先が当たったり、踏んだりした死体も全部燃えていく。

 炎に満たされた控えの間を抜け、エイダは広間へと踊りながら移動した。
 そこは石の床なので、エイダが靴先でこつこつと叩いても石は燃えてくれない。
 とたんにつまらなくなって広間の様子を眺めれば、阿鼻叫喚が広がっていた。

「待て! 待ってくれ! お前たちは味方では……っ!?」
 叫びながら後退る騎士が、容赦なく槍で刺殺される。彼の傍には、既に冥界へ旅立った仲間たちの姿があった。

 王宮にやってきたルアイン軍の将軍とその配下は、招いた王妃のもてなしで、テーブルに並べられた料理を食べていたところだった。
 戦闘もなく王都へ入り、ルアインの王妹である王妃の支配下にある王宮へやってきた彼らは、とても油断していた。
 同じルアインの人間、侵略に手を貸した王妃が自分達を殺そうとするわけがない。
 そう思っていた彼らは、王妃が伏せていた兵によって殺された。

「さぁエイダ、燃やしてちょうだい。刺し傷なんてわからなくなるくらいにね」

 敬愛する王妃の命令に、エイダは炎を放った。
 木でできたテーブルも、そこに伏せたり、足下に転がったりする死体も皆一気に赤い炎を上げて燃えていく。

「明るくなったわね。シャンデリアが沢山あっても、ちょっとこの広間は暗いと思っていたのよ」

 明るい声で喜んでいるのは、何人もの兵に守られた赤茶色の髪に琥珀の瞳の王妃だ。彼女はいつも通りにルアイン様式の衣服を着て、嬉しそうに微笑んでいた。

「ほ、本当にこれで……宜しいので?」

 ルアインの将軍たちを殺す兵士を指揮していた男が、恐る恐る王妃に尋ねる。
 ルアインの侵攻に手を貸したのに、ルアインの兵を殺させたのだ。どうするつもりなのかと不安になったのだろう。
 王妃は笑顔を崩さず答える。

「もちろんよ。既存の王族を排除して、わたくし達の王国を作るのですもの。そのためには利用をしても、他国であるルアインから支配者を受け入れるわけにはいかないわ。だからお兄様の寄越した将軍は不用。私たちは戦力だけが欲しかったのですもの」
 その言葉を聞いた兵士達は、ほっとした表情になる。

「いずれにせよ私が女王になるのよ。私を操ろうとする者はいらないわ。他国にも私というルアインの人間を王として認めさせ、他国が介入するのを防ぎたいのなら、お兄様は結局私に従うしかないの。大丈夫よ、みなさん。土地の配分も、エヴラールから進軍する王子達を排除したら、取り決め通りに分け合いましょうね」

 笑顔の王妃に、兵士達はうなずく。
 そうして兵士達は、他のルアイン兵達を抑えるために次の行動へ向かった。

「次の行動は、どういたしましょうか、マリアンネ様」
 尋ねるパトリシエール伯爵と一緒に、会いたくはなかった人物が王妃の傍に寄る。

 クレディアス子爵。
 彼は戦闘に参加したわけではない。でっぷりとした体では俊敏に動けず、剣を振るっても、さして強くはない。
 ただ私を監視するためだけに、ここにいるのだ。

 ああ、この男をなんとか殺せないだろうか、とエイダは思う。
 そうしたらエイダは自由だ。
 王妃様は『わたくしもあの男の言葉を拒否することは難しいのよ。だからあなたが殺してくれるなら、それでもいいわ』と言ってくれている。
 王妃はどうしても魔術師の力を借りる必要があって、だからパトリシエール伯爵を通じてクレディアス子爵の協力を得ているのだという。けれどその代償に、王妃は何人もの自分の侍女を彼に捧げなければならなかったと聞いた。

「でも今はエイダがいるもの。わたくしの可愛いエイダ。あなたがいればあの男はいらないわ」

 ……幸いにも、今この場所には炎が溢れている。エイダから溢れる魔力が、遺体を炭にするまで尽きずに、天井まで届く炎を生みだしているからだ。
 王妃や子爵達がいるのは燃えあがる死体から離れているけれど、届かないわけじゃない。
 ちょっとそれを操って、子爵の上に落とすだけ。

 ふと王妃がこちらを見た。
 笑みを深める美しい表情と一歩遠ざかる行動に、エイダは歓喜した。
 避けてくれるのなら、王妃を巻き込まずに子爵だけを燃やせる。
 喜び勇んだエイダが、炎を一気に子爵へ向けて引き伸ばし、蛇が食らいつくようにその体を飲みこもうとしたのだが。

「愚か者」

 いわれる直前には、エイダは全身の血の気が引くように体から力が失われ、床に倒れた瞬間には、体内の水分が沸騰したかのような熱さにのたうちまわった。

 絶叫する。
 助けて助けて。
 けれど誰も手を出さない。
 王妃は辛そうに顔をそむける。力ない身の彼女にはそれしかできない。
 パトリシエール伯爵は、言うことを聞かない馬を見るような目を向けてくるだけ。
 クレディアス子爵は、エイダを嬲る口実を得たことを喜んでいるのか、口の両端をつり上げて笑っていた。

「忘れていたのか? 私はお前のわがままを聞いてやってるのだ。今この瞬間も。反抗すればすぐにでも思い知らせてやろう」

 そうして使いもせずに腰に下げていた細身の剣を抜くと、エイダに近づいて服の背中を掴むと、剣で斬り裂いた。
 悲鳴を上げて転がり逃げるエイダを、クレディアス子爵は笑う。
 いつでもエイダを動けなくさせることもできるし、動けなくなったエイダを好きにできるのだと、そうして脅した。

 人前で肌をさらされた悔しさに、エイダは涙するしかなかった。
 そんなエイダの目に、黒く炭化して既に人の姿を失った死体が見えた。
 ああ、このカエルも燃えてしまえばいいのに。
 憎々し気に睨みつけながら、エイダは這いつくばるしかない。
 もう力が一つも出てこないのだ。ようやく収まった体の熱に、全て使いつくされたかのように。
 何よ蝋燭に火をともすこともできないくせに。肥え太るばかりで、みにくい男でしかないのに、どうしてこんなに憎んでも殺せないの。

「わかったら次の戦場へ行くぞ。お前には王子の軍を壊滅させてもらわねばならないからな」
「いやっ、嫌!」

 こんなウシガエルと一緒には、会いたくない。何をされるかわからないからこそ、エイダは酷い姿を王子に見せたくなかった。
 腕を引っ張り上げられて抵抗する私に、クレディアス子爵が忌々し気な表情を向けたその時だった。

「お待ちになって、クレディアス子爵」
 そよ風みたいに静かに近くへきていた王妃が、エイダの傍に膝をつき、耳元に唇を寄せてささやきかけた。

「大丈夫。今のままの方が、とても哀れに見えるから、きっと殿下もあなたに同情してくれるわ。可哀想なあなたの方が、心優しい殿下ならば興味を引かれて救ってくれるでしょう。そうなったら、後はあなたの頑張り次第よ」

 王妃の言葉にエイダはハッとなる。
 そうか。こんなにも可哀想な私なのだから、きっとレジナルド王子は同情してくれる。優しい王子は私のためにクレディアス子爵を殺してくれるかもしれない。そうして自由になった私が、今度は王子を助けてあげるのだ。
 彼をだましている、人々から。

   ‡‡‡

 楽しいことを思いついたかのように、くすくすと笑いながらエイダはひきずられていく。
 そんな彼女を見送った王妃は、くつくつと笑う。

「随分とあの娘がお気に召したようですな」
 パトリシエール伯爵の言葉に、王妃は「もちろん!」と満面の笑みを浮かべて答えた。

「ああ可哀想なエイダ! でも決して報われないのよ。どんなに耐えても、どんなに待ったって王子様は来ないの! まるでわたくしみたいね」
「しかし反抗的すぎませんか? 王子を手に入れた時に」
 パトリシエール伯爵は、クレディアス子爵の命令を聞かず、身動きがとれなくなっても抵抗する姿に不安を感じたようだ。

「いっそ完全に子爵に屈服させて、心を折った方が使いやすくなるのでは?」
「あら、だめよ。今の方がいいわ」
 マリアンネは微笑んだ。

「清い乙女であるからこそ、いつまでも叶わない夢を見続けられるのよ。手に入らないものを眺めても、もしかしたらと夢想できる余地があるからこそ執着が強くなる。諦めさせて奴隷として使うより、自ら憎悪を育てさせた方が、使える人間になると思うわ」
 それに、とマリアンネは付け加える。

「レジナルド。あの子は命惜しさに相手の夢物語を肯定してくれるような、意気地のない人ではないもの。きっと綺麗にエイダのことを突き落としてくれるでしょう。
 どうなんでしょうね。追い求めた相手に、拒否される絶望感は。そうしたら自分の理想とは違うレジナルドを殺してしまうかもしれない。けれどそんなことをした自分も認められずに、エイダは自殺するかもしれないわね?
 ほら、自滅してしまうのだから、怖くないでしょう?」

「……怖い人だ、あなたは」
「あら、嫌い?」
「いいえ。この命ある限り、お慕いし続けます」
 パトリシエール伯爵の言葉に、王妃はくすくすと楽し気に笑う。

「オーウェン、利用することしかできない私をどうか許してね。私には貴方の望むような心を捧げる愛がよく分からないから」
 愛を口にしながら、無邪気に愛情は持っていないと語る王妃を抱きしめて、パトリシエール伯爵はうなずく。

「もちろん存じ上げております、マリアンネ様。お約束通り、私の隣に貴方さえいてくだされば……」

「わたくしの望みを叶えてくれているのだもの、もちろんよ。計画通りわたくしは、あなたの隣に居ましょう。けれどねぇ、あなたが座る椅子がまだ崩れやすい状態ですものね。早く、椅子の足を齧る悪い子供を捕まえて、火あぶりにしなくては」

「大丈夫ですよ。クレディアス子爵も上手くあの娘を操ってくれるでしょう。悪い子供ともども、あの娘は自ら火あぶりになりたいと願うようになるはず」
「破滅的な愛ね。わたくしには無理だわ」
「貴方はそれでいいのですよ。どんなに壊れてしまっていても……あなたでありさえすれば」

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