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私は敵になりません! 作者:奏多
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秋のはじまり

 その夏、私達はしばらくしてからカッシアに戻った。
 カッシアへ移動した後の方が、私はやることがあった。
 なにせルアインに町を囲む柵などが壊された場所も多い。その柵は本来敵兵の侵攻を阻むというより、獣の侵入を阻むためのものだ。
 なので私は護衛の騎士を貸してもらい、カッシア男爵城の近隣の村や町へ行って石壁をこしらえる作業をした。

 ……一部、子供たちにねだられて滑り台みたいなものをつくってみたり、リーラやルナールを見て羨ましがった子供のために石像をこしらえてみたりもした。
 怪我をしない物か実験を! と言って、ちょっと高く作り過ぎた滑り台で遊ぶ若い兵士さんもいたけど、楽しそうで良かった。
 いくら戦争でも、ずっと緊張を続けたまま何か月も戦うなんて、心が持たないだろうし。

 そうしているうちに、暦は9月へと移り変わった。
 同時にアズール侯爵家とエニステル伯爵家の援軍が到着した。

 どちらも四〇〇〇人規模の兵を連れてきたらしい。
 そのため城内で会うのではなく、カッシアの城下町の門前で彼らを出迎えることになった。

 アズールの侯爵もエニステルの伯爵も、初めて会うのだから覚えてもらう必要があるからと、私はレジーの隣に立たされていた。
 後ろにはカインさんの他に、私の傍にいることが多いジナさんやギルシュさんもいる。
 ジナさんの場合は、これまた私と同じく、ルナール達がうっかり討伐されないよう、軍の一員ですよと知らせるために来ていた。
 他にいるのはアランにジェローム将軍、エダム将軍の護衛騎士な人達ばかりだ。それでも五十人近い人数になっていた。

 特に戦闘をする予定もないので、私は薄紫のドレスの上から青いマントを羽織っている。だいぶん気温が下がったので、羽織りものをしても平気だ。
 実はこのドレス、着ているとちょっと気恥ずかしい。
 布が厚くなくて着心地もいいんだけど、ベアトリス夫人からいただいたものではないからだ。

 行軍の関係で多少は現地調達するつもりではあったし、ベアトリス夫人もそのための心づけとかをもらっていた。
 ……なにせ当初の予定では、兵士の中に女子は私一人だけとなるはずだったわけで。男性には言えない買い物だってしたいだろうという、心遣いだったのだ。

 今回はカッシアに長逗留するのならと思って、自分でも一着、替えを作ろうと思っていたのだが。
 ――ある日、ジナさん経由にてレジーから贈られたのだ。

 ソーウェン侯爵の懐を痛ませて作らせたものだということづけはあったものの、本当かどうかは定かではない。侯爵からのお詫びの一環だと言えば、私が受け取りやすいと思って、そういうことにした可能性もある。
 拒否しずらいようにか、高価なものではない。
 ジナさん以外に内緒で渡してきたのも、侯爵のお詫びの品という信憑性を高めているが……侯爵家の人がやらかしたことがバレてしまうからね。

 でも後から『見立て通り、良く似合ってる』なんて言われたら、もう疑ってしまっても仕方ないではないか。
 ちなみにサイズ確認に協力したのはジナさんだ。私の服を洗濯をお願いした時に、それを元にしたと、聞く前に白状されてしまった。

「キアラちゃん可愛いんだし、わたしやギルシュみたいに剣振り回さないからさ、もっと可愛い服とか着ても、行動に支障ないと思うんだよね!」
 なんてにこにこ言ったジナさんには、私から服をプレゼントしました。
 剣を持って自分で馬に乗るジナさんには、ドレスじゃ邪魔になってしまうので、シャツなどを。

 そんなことを考えているうちに、馬車が十分にすれ違える広い街道の向こうに見えていた無数の人影が、大分近づいてきていた。
 日の光を反射する槍や盾の輝きに瞬きしながら、傍まで来るのをじっと待つ。
 やがてほんの数百メルまで先頭が近づいてきたところで、騎乗した人が十数人、こちらへ先に駆けてきた。

「キアラ、耳をふさいでいた方がいいよ」
「え?」
 首をかしげたが、レジーの言う通りにする。
 見ればアランも同じようにしているし、訳知り顔のグロウルさん達やエダム様までみんな同じようにしている。
 何だろう? と思っていたら、接近してくる騎馬の集団からとんでもない大声が聞こえてきた。

「お久しゅうございます殿下ぁぁぁ―――っ!!!」
「うぎゃっ!」

 この世界に拡声器ってあったっけ!? そう思うくらい、耳塞いでるのにすんごい大音量!
 一体誰だろうと思えば……なんか、馬上にマントを羽織って鎖帷子を着こんだ、小太りなおじさんがいた。燕尾服を着せたらオペラ歌手とかに見えそうな人だった。
 ぶんぶんと無邪気に手を振りながらやってきたそのおじさんが、すぐ傍まで来て馬から降りた。それからようやくレジーが耳をふさいでいた手を離す。

「お元気そうですね、アズール侯爵」
 話しかけたレジーに、アズール侯爵が膝をついていて一礼する。

「ニーヴン・アズール参上いたしました。殿下におかれましてはご無事なお姿を拝見することができ、恐悦至極に存じます。侵略を受けた当初はエヴラールにいらっしゃったと聞き、胸がつぶれる思いでございました」

 ……話す時はふつうの声量だった。ほっとして私も自分の耳から手を離す。
 しかしゲームでこのおじさんは出てこなかったはず。
 アズールは……覚えがある。ルアインの南にある、エレンドールに接する国だ。確か歌が好きな人達で、アランの元にやってきたのは、ふんふんと鼻歌を歌ってる人だったような?
 確かアズールの兵士達が声が大きくて、宴会になると大変な目に遭うって話があった気がする。
 思い出していると、レジーとの話が終わったらしいアズール侯爵が、にかにかと笑いながら私に目を向けた。

「おやこれは可愛いお嬢さんだ。声が大きくてびっくりさせてしまったようですな」
「え、その……ちょっと驚きました」
 正直に言ってしまったが、アズール侯爵は全く気にした様子はなかった。

「我がアズールは山岳地帯でしてな。放牧をする者も多く、仲間に所在を知らせ合うのに牧歌を口ずさむ風習があるんですな。それがいつしか大声で歌うようになりましてな。声量が鍛えられ、いつしか歌のアズールと近隣の領地から呼ばれるようになるほどで。この声は我が領地の自慢でもあるのですよ!」

 語れば語るほど、アズール侯爵はだんだんと声量が増していく。
 ……後で聞いたが、この大声のせいでエレンドールから度々迷惑だと文句が来るらしい。峠を夜通っても、寝静まる時間でもないと全く静かではないとか。世にも奇妙な騒々しい山の峠って……にぎやかで、いいのかな?

 そのため場所としてはエヴラールの援軍として駆け付ける方が早いのだが、エレンドールの協力をとりつける関係で、アズールの民がいると知って嫌がられないよう、こちらに回されたそうだ。
 ヴェイン辺境伯から『ぜひ殿下をお守りください』と頼まれたとアズール侯爵が笑みを浮かべていた。……実はレジーに引き取られたなどとは思わないようだ。なんてこった。 
 ようやく話終えたアズール侯爵が、レジーに私のことを尋ねた。

「殿下、こちらはどなたです?」
「魔術師のキアラ殿ですよ」
「ほぅ、このお嬢さんが噂の魔術師ですか。体力とか……声量とか大丈夫なのかい?」

 そんなことを真面目な顔で聞かれたが、別に声量は必要じゃないと思う。
 しかしすっぱりと思ったまま言うわけにもいかず、返答に困っていたら、

「声量なぞ、そなただけで十分であろう」
 やや震えた老人の声に、腰に吊るした師匠ではないしと見回せば、

「……ヤギ?」
 馬とそん色のない……いや、さすがに馬よりやや小さいが、大ヤギに跨った仙人みたいな人がいた。
 さっきは他の馬が前にいたせいなのか、集団の中にヤギがいたようには見えなかったのだ。
 そしてヤギを見た瞬間、私は思い出した。

「つっ……!」
 叫びそうになって私は慌てて自分の口をふさぎ、感動に震えた。
 わ、この人本物の杖仙人だ! ほんとにヤギに乗ってる! 白いひげ長っ! 師匠と違ってまだ禿げてない!

 ゲームではこんな風に加入して来なかった人だ。
 カッシアの次に、一度仲間を集めるということでアランの方が、このファーデン・エニステル伯爵の元へ行って協力を仰ぐのだ。
 味方キャラの最高齢、65歳のエニステル伯爵は、杖が武器だ。杖のくせに攻撃力が高いとんでもお祖父さんである。
 なので私は杖仙人と呼んでいた。

「まことそなたの声は大きすぎる。それがしは耳が遠くないというのに、近場で騒音を出しおってからに。耳の痛みが引くのを待っておったら、殿下へのご挨拶が遅れてしまったではないか」

 震え声で文句をいいつつ、ヤギからよっこらしょと降りたエニステル伯爵は、世捨て人のごとき薄灰色の裾長の軍衣をまとっているだけだ。
 なんというか、鎖帷子のアズール侯爵の横にいると、実に紙装甲すぎて不安にさせられる。

「無理なさらんでくださいよ先生」
「まだまだ手伝いは必要としとらんわ」
 気遣うアズール侯爵に、エニステル伯爵な杖仙人が強がりを言う。

「ファーデン・エニステル、殿下をお助けせんがため、ファルジアを救うために駆け付けましてございます」
 膝をついたエニステル伯爵に、レジーが微笑みながらうなずいた。
「よく来てくれた、ありがとう」

 そんな二人の貴族は、部下である兵達の他にも人を伴ってきていた。
 茶色の髪の少年は、以前は商人の子供に偽装していたけれど、今回はその必要がないからだろう。
 避難させていたリメリック侯爵の元で揃えたのだろう、黒っぽい上着は貴族のものらしく縁に刺繍がほどこされ、白いシャツに、首元にはクラヴァットを結んでいた。

 カッシア男爵家の生き残りチャールズ少年。彼の優し気な面立ちに、私は思わずきゅっと唇を引き結ぶ。
 フローラさんととてもよく似ていた。
 ファルジア軍が取り戻し、ある程度破壊の跡も修復した城に、彼は帰ってきたのだ。カッシアに残るエダムさんは、戦が終わるまで彼を支える役目も担うことになると聞いていた。

 レジーに挨拶したチャールズ君は、他の人々と一緒に城へ戻った後、すぐに両親や姉の眠る墓地を訪れた。
 カッシア城の西側。
 小さな庭園が男爵家の墓となっている。

 男爵と夫人の遺体は、一度殺された臣下達と共に適当に掘った穴に放り込まれていたため、そこから探し出すのが大変だったと聞いた。
 フローラさんの遺体は、落ちてすぐだったため、なんとか回収することができたという……砂になってしまったからだ。
 砂になっても、フローラさんの体だったことに変わりはない。だからその砂を、男爵夫妻と一緒に埋めた。だから墓は三人で一つだけだ。

 チャールズ君も、逃がされる時に散々悲惨な光景を見たせいだろう。墓の前に立っても、取り乱すことはなかった。
 ただ静かに、居なくなったことを確かめるように涙を流していて、そんなチャールズ君を抱きしめたオーブリーさんの方が、大泣きしていた。

 これからも、私達は同じような光景を見るのだろう。
 もしくは、今後は寝返ったファルジア貴族と戦えば、こんな風に墓を作ることさえはばかられる有様を見ることになるのか。

 私は泣き続けるチャールズ君を遠くから見つめながら、これから起きる出来事の重たさに、ぐっと手を握りしめることしかできないのだった。

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