挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
私は敵になりません! 作者:奏多
100/268

真夏のケーキ2

「戦うのは止めませんが……」
 その言葉に、うんとは言いにくい。
 今日はさほど暑くはない日だけど、かまどの傍だから熱気がこもる。調理場の扉から窓へ風が抜けて行くけれど、空気は重たかった。

「できれば戦いたくはない、と今でも思っています」
 今でも戦うのは怖いまま。レジー達を死なせたくない、そして穏やかに暮らせるような状況に戻りたい。そのために、人を殺したくないという気持ちを、押しこめているだけだから。

「それにルアイン兵だって、徴兵されてきた人が大半のはずです。生活のために戦あざるをえない人達がいると思うと……。だから私としてはできるだけ圧倒的な差を見せることで、逃げてくれることを期待したいと思っています」

 完膚無きまでにルアイン軍を叩こうと決めたのは、そういった理由もある。
 先日の戦いで、逃げたルアイン兵は恐怖しただろう。私という魔術師のいるファルジア軍と戦いたくないと考え、ルアインに帰ってくれるかもしれない。国へ戻してくれと言って捕虜になった人もいるらしい。
 それを聞いて私はほっとした。
 逃げてくれたら、殺さなくてもいいからだ。
 だから怖がってほしいのだと言えば、カインさんは目を眇めるようにして私を見た。

「慈悲をかけた相手が、その場限りの嘘をついて、逃れた先でファルジアの民を殺していたらどうします?」
「それは……」
 ありうることだと思う。
 否定できずにうつむいてしまった私に、たたみかけてくる。

「皆、あなたのように高潔ではいられないのですよ。逃げる途中に食料が尽きて、他国の民ならば良心の呵責が薄いからと、殺して奪う者もいるはずです。
 それにいずれは同じファルジアの兵と戦うことになるでしょう。
 王妃の側に回った貴族は、誰かを殺してでも自分だけは生き残りたいと考えて、敵に仲間を差し出す者が多い。そんな敵を許す必要も、慈悲をかける必要もないと思うのですが」

 私は唇を引き結ぶ。
 黙り込む私を包んでいた甘く暖かな香りが、再び吹いた風に散らされる。
 しばらく続いた静寂の後、カインさんが優しく尋ねてきた。

「今まで沢山殺してきたのに、まだ怖いのですか」
 カインさんの言葉に、思わず彼の目を見つめ返す。
 いつも優しいカインさんが、そんなことを言うとは思わなかった。

 私の戸惑いを察したカインさんは、自然な仕草で傍にいた私に手を伸ばす。その指先が頬をなぞり、大きな手が包み込むように私の首に添えられた。
 その手に気をとられている間に、カインさんの顔が近づく。

「大丈夫、怖いことではありませんよ。あなたはファルジアの民を救っているだけなのです。戦って敵を殺す分だけ、侵略されて逃げ回ることしかできないか弱い人々を、苦しみから解放しているんですよ」

 じっと見つめてくる彼の瞳から、目をそらしたくなる。けれどできない。
 まじないをかけるように、じわじわと何かを浸みこませてくるような言葉と視線がなぜか怖い。
 この人は、私を傷つけたりしないはずなのに。

「みんなあなたに感謝するでしょう。助けてくれた、救ってくれたと言って。あなたはそれを受け取るために戦っていると思えばいいのです。その間、私が支えます。心弱いところも全て」
「心……弱い」

 カインさんにとって、怖いと思うのは弱いということなのだろう。
 確かに弱いのかもしれない。覚悟を決めたのに、それでもいつだって心の中では迷って、謝って、悔いてる。
 悔やむ私を、カインさんは歯がゆく思っているのだろう。
 例えばゲームのアランのように。まっすぐに敵に向かっていってほしいのかもしれないと思うから。戦って人を殺すのなら、それくらい潔い方がいいのかもしれないけれど。

「私は……弱いんですか?」
「そのために、協力者がいるとあなたも考えていたのではありませんか? キアラさん」

 なだめるような口調のカインさんに、そうかもしれないと少し思う。
 彼が協力しようと言ってくれるのは、物理的に私が弱いからだと考えていた。全力でことにあたる時に、どうしても防御がおろそかになりがちな私は、誰かに守ってもらうしかないから。

 そこでふと思う。
 イサークだったどう答えるだろう。
 あっけらかんと、敵を倒すのに迷いなんてムダだろうとか言うかもしれない。それでもきっと、最後には弱くってもいいだろ、とか言いそうだ。
 思い出し、気がつけば物思いにふけってカインさんから視線をそらしてしまっていたのだが。

 さらに近づいたカインさんの顔に驚き。
 だけど思わず動いた頭を顎をとらえるように固定されたと思った時には、頬にやわらかくつつくような感触を残して、カインさんは離れていた。

「えっ、なっ……!?」
 え、これってまたしてもカインさんに、頬にきす、された!?
 当人の方は全く悪びれた様子も、照れた様子もない。

「そう過剰反応するようなものではないでしょう。二度目ですし。それとも、私では嫌でしたか?」
「え、嫌って、嫌ってそんな……ことは……」
 嫌悪感はなかった。心底びっくりしたけれど。
 考えてみれば、前回も不意打ちだった気がする。
 カインさんは「嫌じゃないなら良かった」と小さく微笑んだ。

「前は感謝の証でしたけれど、今度は誓いの証ですよ」
 私に向けられたカインさんの視線がなんだか強すぎて。思わず目を泳がせながら逃げ場を探してしまう。
 誓いの証なら、拒否するのもおかしいか、と思う。
 それに恋愛感情じゃない……と思うのだ。
 師匠も、カインさんは恨みを晴らしたい気持ちが強すぎるから、私にも同じように敵を憎んでほしいんだろう。
 だからだとわかっていても、傍にいて優しいことを言われると、弱い私は頼りたくなってしまって怖い。
 ぐらついてしまいそうで、無意識に一歩離れながら視線を下に落とす。

 その時、時間を図るために置いていた砂時計が落ち切っていることに気付いた。
 石人形に、かまどの中から型を出してもらった。

「さ、そろそろ様子を見ましょうか! あ、そこそこいい感じ。火加減にムラありそうだけど、火は通ってるみたいだし」

 上手いこと焼きあがったので、わたしはそちらにかかりきりになる。
 だから私は、カインさんがぼそりと「まだ時期ではありませんから、味見程度にしておきましょう」と不穏なことをつぶやいていたのに、気付かなかった。

 私は焼き加減を見るため、石人形に型から外してもらったケーキの端を、ちょいと摘まむ。
 うん、大丈夫みたいだ。
 そしてお手伝いをしてくれたカインさんにも端を切って差し出す。
 みんなよりも先に味見をしてもらうのと、さっきのことをこれにかまけて流してしまおうと思ったのだが。

「味見しませんか?」
 私の申し出に目をまたたいたカインさんだったが、素直に受け取って口にしてから、ぽつりとつぶやいた。

「女の人は、みんなそういうことをしたがるんでしょうかね」
「どうかしました?」
「味見をさせようとするキアラさんに、母みたいなことをするなと、ちょっと驚いたんですよ」

   ‡‡‡

 アランには、夕食後に時間をとってくれることと、お腹いっぱい食べ過ぎないようにカインさんから頼んでもらった。
 同時にレジー達にも声をかける。
 アランが身内だと思っている人に囲まれて、お茶の時間を持つことができたら、それが一番彼の誕生日の贈り物になるだろうから。

 他の人には、アランの誕生日であることを伝えてある。
 そうして集めたのは私やカインさんと、レジーとグロウルさん。
 アランの騎士達に、エヴラールからついてきた騎士隊長と守備隊長。そしてジナさんとギルシュさんだ。

「お誕生日おめでとう、これ、ベアトリス様からお預かりしました」
 そう言って、できたケーキをふるまう。
 アランには特別に、大皿に切ったケーキを円状にずらして重ねて積んである。型一個分くらいは使っているのではないだろうか。

 アランはこれぐらいの量など、ぺろりと食べてしまうのだ。
 けれど普段は、男がそんなに大量にケーキを食べるものではないと思っているのか、やや控えめにしか口にしない。
 でもこんな風に最初から盛っていたら、食べざるをえなくなるもんね?

 もちろんそのまま盛っても味気ないので、前世を思い出しつつ、生クリームを少々塗って、デコレーションケーキ風を目指してみた。
 大皿を受け取ったアランは、とても感激してくれたのだが。

「母上が……って、え、これエヴラールから送ってきたわけじゃないんだよな?」
「それはムリでしょ。ベアトリス様は軍資金を送ってきたんです。で、なんか甘いものを買ってやってくれっていうから、お誕生日だからと思って私が焼いたの」
「え、お前が!? ……変な物入れてないよな?」

 アランが疑わしそうな顔になる。
 言いたいことはわかるけど、私だってできそうにないことだったら、人の贈り物だというのに手は出さないよ。失敗したら嫌だもん。

「カインさんに味見させたから大丈夫。生焼けでお腹こわすような代物だったら、今頃カインさんは部屋で七転八倒してるってば」
 そこまで言われて、カインさんが平気そうな顔で苦笑いをしているのを見て、ようやく安心したらしい。アランはケーキを口に運んで、ちょっと顔を赤くしつつ言った。

「ま、そこそこ……うん、感謝するキアラ」
 素直な言い方ではないが、どうやらお口に合ったようだ。

「17歳、ようやく私に追いついておめでとう」
 そう言った先に17歳になっていたレジーが祝福すると、他の人達もアランにおめでとうと言っていく。
 アランは幸せそうにそれを受けて、やっぱりちょっと顔を赤くしたままケーキを食べていた。
 私達も一緒に皿で配られたケーキをつつく。型五個分などあっという間になくなった。

 食後にはアランにもう一つプレゼントをした。
 ジナさんにはあらかじめ頼んで、ルナール達がアランの足にじゃれついてもらったのだ。
 犬が大好きなアランは、もしかするとケーキより喜んでくれたかもしれない。
 まぁどっちでもいいんだ。アランにも色々とお世話になっているんだから。

 そうして無事、アランの誕生日というミッションを終えた私は、ベアトリス夫人に完了報告の手紙を送ったのだった。

cont_access.php?citi_cont_id=214034477&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ