8:バルツィア
やたら長い廊下を進み、曲がったり階段を上ったりしていたら、応接間らしい部屋についた。
内装は今までの病院のような味気ない雰囲気はなく、クリーム色の壁に、ガラス製の机を挟んで革の黒いソファーが対になっている。
机の上には何故か、すっかり見慣れたバルツ草の束が皿の上に寝かせてあった。いったいなんのためなのか俺にはさっぱりわからん。黒いソファーには白衣の中年の男が座って赤い葉を弄んでいる。しかもなんか笑ってるような気がする。
青年の研究員が男に声を掛けた。研究員は男の部下らしい。
「所長、お客様をお連れしました」
「おお。ご苦労だったな。下がりなさい――ああ、そうだ、お茶をご用意してさしあげろ」
青年研究員は返事をすると、軽く頭を下げて退出した。
なんか思ってたより対応が良いぞ。まさかお茶まで用意してくれるとは思わなかった。入ることさえ困難だと思っていたのに、目の前にはキマイラ研究所の最高責任者がいる。
だかしかし。会うためのネタのウサギガメはどこぞへ脱走しやがった。この事態にどう収拾をつけたらいいんだ。
所長に腰をおろすよう案内され、俺たちは一つのソファーに三人いっぺんに座った。ゲオルグのおかげが、かなりぎゅうぎゅう詰めだ。俺の右隣にはゲオルグ、左隣にはレイが座っている。
キツい!
所長は苦悶の表情を浮かべる俺に構わず、バルツ草を千切ったり丸めたりといじりながら話し出した。
「この赤い葉はバルツィア――通称バルツ草というそうです。ご存じですか? ご存じですね?」
「はあ」
独特の乗りで問いかけてくる所長に、レイは若干引きながら答えた。
そしてなんと、所長はバルツ草を口に含んだ!
加工とかしてねぇよな!?
所長は草を咀嚼してまた口を開いた。
「実はキマイラは不完全故に体温調節があまりできません。だから、キマイラたちには定期的にバルツ草を摂取させています」
「心配いりません。バルツ草はあたえてました」
内心、冷や汗をかきつつ返そうす。
「ありがたい。キマイラは暑い地域では汗を流さないし、寒い地域では毛皮があっても凍えて弱る。だから、所長はここに研究所を建てたのです。バルツィアの名産地だからね」
「所長はあなたなのでは?」
「私は所長代理。本当の所長は忙しい人でね、政府本部で走り回ってるんじゃないかなあ。おかしな話ですが、私も会ったことありません」
それ、もう所長じゃねぇよな。
そう俺がつっこみかけた時、青年が紅茶を四つ運んできた。上司と部下以前に、部外者の俺たちが客のためかカップを置いた順番は、所長代理が最後だった。細かいな。
レイとゲオルグは――ってか主にレイは研究所が重要文化財を盗んだ悪人の巣窟だと言うし、ルイージャは研究所がノアの父親を殺したとでも言うような話し方をするが、なんだかこちらの被害妄想のような気がしてきた。
いや、しかし。この紅茶に毒とか睡眠薬が混ざっていそうだ。手を着けないでおこう。非常に喉が乾いているが、我慢だ。
というか俺って警戒しすぎ? スパイじゃないんだから気を張らなくていいか。いやでも、用心するにこしたことはない。スパイとまではいかないが、スパイっぽいことしようとしてるし。
ポリクエのしすぎだな。あれは今まで8つシリーズがあるが、全部の物語に最低一回はお茶とみせかけて睡眠薬だった! って展開があるからな。
単調と思われるかもしれんが、シリーズごとにタイミングが異なるため、いつ騙されるかドキドキしながらプレイできる。
誰だ! 今しようもねぇとかいった奴。
もちろん、ポリクエの魅力はそれだけじゃないがな。
「ところで、あなた方は予知能力者の存在をご存知で?」
レイとゲオルグの空気が変わったような気がする。
このオッサンさっきから話が脱線しすぎだ。
本題に入られても困るがな。って俺呑気にしてる場合じゃねーし!
なんとかしないと。
――どうすれば?
「予知能力者は正確に未来を予知しますが、いつでも詳細まで予知できるわけではありません。知ってますか? 知ってますね?」
この人、聞いたことを勝手に肯定するのが癖なのか?
「何が言いたいのよ」
あれ? レイ? 口調が馴れ馴れしくなってるのは何でだ。
渋面で所長を睨みつけ、冷たい声色で問うた。
所長は怪しくにっこり笑う。その得体の知れない奇怪さに鳥肌がたった。
何か――不穏だ。
「魔女アーデルハイドの手下の皆さんは、予知に従ってわざわざここまでいらっしゃったようですね。でも、残念ながらこのワイール地方に何も起きてませんし、我々キマイラ研究所は――」
所長は顔全体を覆うマスクを被ると、白衣のポケットから何かのスイッチを取り出し、押した。
青年研究員もマスクを被っている。
レイが立ち上がり、杖を握り呪文か何かを唱え始めた。ゲオルグは、慌てカップの紅茶をこぼした。
それより早く、白いスモークが部屋中をたちこめ、視界を白くしてゆく。
ゴ○アースジェットみてぇだなーと、薄れゆく意識の中俺は考えた。
「我々はメサイアに興味はありません」
*
ここまで予想通りに事が進んだことはなかった。敵の罠にハマり、気絶しているうちに牢屋入りなんてありがちにも程があるが、実際にその目にあうと、焦るものだ。
牢屋は薄暗いコンクリート剥き出しの三畳くらいのスペースで、それが十部屋はある。テレビでよく見る収容所とは違い、扉に格子のついた覗き穴とかではなく、壁代わりに格子がついた牢屋だった。丸見えじゃねぇか! 壁が三面しかねぇ。
他にも何か居るのか、地響きのような獣の鳴き声が隣から聞こえてくる。
やはり現実は違う。
三人仲良く同じ牢屋なんて、都合のいい展開にならないものか。
向かいの牢屋には、既に目覚めたレイがいた。
「やられたわ。まさか部屋ごと催眠ガスを充満させるなんて」
物凄く悔しそうに言う。
まあ。意外っちゃあ、意外だな。
「ゲオルグは?」
「あなたの隣よ。見えないでしょうけど。聞こえるでしょ? このイビキ!」
「イビキかよ!」
獣の鳴き声ではなくて、ゲオルグのでかいイビキだった。
「さっさと起きなさい」
レイが青いピアスのついた耳に手を添え、空いた片手をゲオルグが眠っているであろう方向にかざした。杖がなくなっている。よく見たら俺の持ち物が全部なくなっていた。
没収された!?
「ギャーッ!」
壁を一枚隔てた先から、ゲオルグのけたたましい悲鳴がこだました。
この世で一番恐ろしいことが起こったかのような叫びをあげる。
「燃える! 髪が! 髪があ!」
「そんなものもとからないじゃない」
たしかにそうだ。
陰鬱な牢屋には、一定の距離を開けて並ぶ小さい炎を灯すろうそく以外に明かりはない。レイがゲオルグに放った魔法のおかげで俺たちの近くははっきりと視認することができる。
見える範囲は限られているが、牢屋の通路はけっこう長いようだ。すぐ左には観音開きの脆そうな扉が、右には闇に包まれ先の見えない延々と続く通路がある。
――あれ?
「ってか魔法使えんならなんとかできねぇのか?」
「なんとかしようとしたわよ。でもこの牢屋、反魔力呪術――魔法が使えなくなるような呪いがかかってる。今のはピアスに補助してもらったから使えたのよ」
よく見ると、レイの牢屋の格子には幾つもの傷がついていて、俺が寝ている間に足掻いた形跡があった。
格子は表面だけ、爪に引っかかれたような跡が残っているのみだった。
「杖さえあれば、こんなもの……いや、私の修行が足りなかったのね」
レイは悔しさと苛立ちが入り混じった表情で呟いた。
――ギィ。
いきなり扉が軋み、開いた。固そうな靴の音が、こちらに近づいてくる。
レイは警戒して扉の方を睨みつけ、徐々に眉間のシワを深くしてゆく。
姿を表したのは、下っ端研究員Bさんだった。
右手にはロールパンが3つ乗った皿、左手にはカップが3つ乗ったトレイを持っている。
レイが口を開いた。
「何よ。こんな所に閉じ込めてどうするつもり?」
「すみません。僕は見ての通り命令に従うだけの部下ですので、皆さんがどうなるかわかりません」
「どうせ実験の材料にされるのでしょう」
「……」
彼は答えなかった。その沈黙がレイの質問の肯定を明らかにしていた。
「その腰についてるのは牢屋の鍵よね」
「マジ!?」
彼の白衣には、たくさんの鍵がぶら下がっている。もしかしたら、俺たちの牢屋の鍵もあるかもしれない。
「皆さんを逃がすわけにはいきません」
「わかってるわよ。自分でなんとかするわ」
レイがそう言った瞬間、研究員に向かって炎の球体が放たれた。ゲオルグに向けた魔法より威力はあった。
しかし、研究員は簡単に避けてみせた。
魔法は扉にぶつかり、破壊して消えた。
扉が壊れた衝撃で、近くのロウソクは役にたたなくなった。
ほとんど薄暗いなか、扉から何か黒い影が侵入してきたのを見た。
「無駄な抵抗はしないほうがいいでしょう。おとなしく実験に貢献し――うぐぁっ!」
研究員の後頭部に黒い影が飛びかかり鈍い音をたてた。研究員は悲鳴を上げて倒れた。掃除がされていない牢屋のホコリが舞い上がった。
黒い影が、明かりの元に姿を現した。
「ウーッ」
間違いない。この動物の鳴き声のように聞こえない鳴き声の持ち主は、この世界に来て三番目――もとい四番目に会った、
「ウサギガメ!」
今までどこにいたんだこいつ。
ウサギガメはどこか誇らしげに、気絶してしまった研究員の腰から口で鍵を取った。
甲羅で体当たりしたのだろう。
ウサギの瞬発力。カメの甲羅の強度。非現実的だがなかなかの強さだ。 |