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2:地獄に生えるサボテンは王の食事
 それは黒い木々に囲まれていた。

 周りにはそれ以外目立つものは殆ど無く、それ故にそれ自体の不気味さを際立てていた。

 それは廃墟だった。

 外壁に装飾品は皆無、ただ薄汚れたコンクリートが沈黙を貫いていた。

 窓は数ヵ所にぽっかりと四角い闇をたたえており、嵌め込まれていたガラスは無残にも全て砕かれている。
 玄関は窓と同じく外壁を四角くくり貫いたかのようだ。その穴からは所々ひび割れたアスファルトの道に繋がっており、延々と森の外まで延びていた。

 まさにその姿は巨大な腐りかけの豆腐と言えた。

 午後9時10分。すっかり暗くなった森から聞こえてくる木々のこすれあう音は、何十人ものネガティブな僧侶が唱える念仏にも聞こえる。

 その事が更に健太を憂鬱にさせるのだった。

 「あ゛ー、遅せぇ〜。何やってんだアイツ。遅れる時は俺に連絡しろと言ったんだけどなぁ〜。」

 健太がイラついた声を出す。ここでいうアイツとはもちろん俊夫の事であり、残念な事に彼は無惨に殺されていたのだがここにいる男女がそれを知るよしも無かった。

 健太はジーパンに黒いTシャツ、その上から白い長袖を羽織っている。髪はワックスで立てており、女にモテるような優しげな顔立ちをしている。

 「健太、ひょっとしたら俊夫の奴、私達を驚かそうとどこかに隠れてるんじゃないの?」

 猫なで声を出して厚子がその疑問に対する1つの解答を述べた。

 絵美はスリムのパンツに黒い長袖のブラウスを着ている。厚子と健太はデキており、それは誰の目から見てもあきらかなものだった。

 「そうかもしれねぇな。おい行人、5人だけで行こうぜ。俺はもう飽きてきた。」

 「まあ、そんな事言わずに。もう少し待ってみたらどうかな?」

 イラつく健太をなだめるように行人は言った。
 黒いジーパンにチェックのシャツを着た真面目そうな顔立ちの好青年である。

 「そうだ。行人の言う通りだ。ここはまとめ役の意見に従った方がいい。」

 人任せな意見を述べたのは悠介だった。健康的に日焼け肌にタンクトップの、いかにもスポーツマンな男である。

 「私も行人さんの意見に賛成よ。彼は時間にルーズだから……」

 もっともな意見を述べたのは絵美であった。可愛らしい顔を不安そうに少し曇らせている。

 「3対2だ。もう少し待ってみようじゃないか。」

 行人はそう呼び掛けるが既に時遅し。健太の我慢は限界に達していた。


 彼は気の短い男であった。

 「ちょっと、何すんのよ!」

 健太は行人の呼び掛けを無視すると厚子の腕を掴みずんずんと廃墟へ歩き出してしまった。

 「おい、二人とも、待たないか……クソッ!」

 悠介も二人を追って廃墟に向かってしまった。二人は既に扉を開け、薄暗闇にその身を投じていた。

 「仕方ない。絵美さん、僕達も行きますか。」

 「あっ、はいっ。」

 残された二人も急いで後を追った。





 さっきまで異常な静けさに包まれていたこの建築物に小さな何かがぶつかるような音が発生した。靴が固い床と擦れ、ぶつかり反響する音だった。たった今男女が入って来た廃墟の内部は暗く、ただ月明かりが唯一の光として少ない窓から射し込んでいた。


 この廃墟のどこかの部屋に彼はいる。

 彼は四角い部屋の丁度真ん中に座っている。
 彼の周りは黒くなり悪臭を放つ肉がこびりついた骨、黒い斑点が浮かび腐敗ガスで今にも破裂しそうな大腸、中に蛆虫が運動会でもをしているのだろうか、もぞもぞと振動を繰り返す生首などが足の踏み場も無いくらい散乱している。

 そんな珍妙なオブジェの中でも特に異彩を放っているのが壁際に何体も突っ立っている人間サボテンだった。

 人間サボテンというのは初めてそれを目にした人は驚きで開かない口からそう洩らすであろう感想そのものである。

 実際は人間の体を丸々使った傘立ての様なもので、脊柱を綺麗に抜き取り、そこに長い鉄パイプを通し、足の方のパイプ先を床に深く突き刺せば一応完成である。 更に口から肛門まで鉄パイプで胃壁や腸も巻き込み一直線に貫き、同じように床に深く突き刺せば完成である。

 2本の鉄パイプを柱とする事により安定性が増し、倒れにくくなるのである。傘立ての様なものであると先程述べたが、本来傘を突き刺すものであるがこの場合は傘が彼の使用する凶器に取って変わっているが。

 そこにある人間サボテンは男性4体、女性6体の計10体。 部屋に入って右手に男性、左手に女性が並べられている。

 彼らを正面から見て男性は右から少年・青年・中年ふたり、女性は右から幼女・少女ふたり・頭が無いの3人となっている。

 彼の人間サボテンはいずれも身体中至る所に様々な凶器―鉈やシャベルなど―を無造作に突き刺されている。


 床から少し上を見れば、蝿や百足などの毒虫が我が物顔で死体の上を飛び回り、這っている。
 ある百足は腐った左手に頭を突っ込みそのの肉を喰らい、ある蝿はその隣に卵を産み付けている。


 そして今、彼はそんな小鬼達にはお構いなしに顎をひっきりなしに動かしている。
 手に持っているのはコンクリートブロック並の大きさの肉片である。

 腐りかけの肉に唇を付け、鋭い歯で噛み千切り、咀嚼する。
 大きく抉られた箇所からは腐汁が飛び散る。

 砕かれ、潰された骨肉が彼の歯や舌に付着している。

 それから染みだした液が彼の味覚を刺激する。
 それによって発生した電気信号が彼の純粋な脳髄に瞬時に送り込まれる。
 僅かな電撃が味という名の電気信号となり再び舌に送り返されているようだ。苦味が、甘味が、塩辛さが、その全てが彼に刺激を与えているだろう。

 しかし、彼はそんなものは一切感じなかった。感じる事が出来なかった。感じる事を必要としなかった。ただ食欲を満たせればよかった。

 そして、彼は骨と肉が一緒になった腐臭を放つ液体を音を立てて呑み込んだ。

 彼の手の動きが止まった。おそらく来訪者に気付いたのだろう。少しばかりの沈黙の後、彼は再び動きだした。

 ノックすらしない無作法な訪問者に血の洗礼を与える為に。

 そして、彼は部屋の隅に鎮座している人間サボテンの内、小さな少女の左の眼窩を通り、そのまま後頭部から突き出ている凶器を手に取った。

 彼はそれをしげしげと眺めると、肉を喰らっていた間も表情の無かった彼の目にほんの僅かだが何か感情のようなものが浮かんだように見えた。

 水面に浮かんだ泡のようなそれは一瞬で消え去り、後は波の無い混じりけの無い静かな水を湛えていた。

 これから哀れな犠牲者の悲鳴を記録する凶器を彼は見終わると、ゆっくりと部屋の出口に向かって歩き始めた。

 足元に散乱する腐肉や毒虫を踏み潰し粉砕し土や泥の如き姿に還元させ、家臣の如き10人の肉袋の今は眼球の代わりに眼窩に収まっている刃物や蛆虫は彼を無言で見送っている。

 彼は地獄と言うべきこの部屋の、そして廃墟の支配者であり、まさに死の王と言うべき威厳を備えているようであった。

 そして今、この地獄を統べる魔王が、礼儀知らずの若者達を地獄に引きずり込まんと鉄の扉に手を掛けた。


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