1:風車と肉団子
「はぁー、何てこった。」
俊夫は溜め息をついた。
俊夫は高校2年生。
身長は成人男子の平均以下で、体重は少なめの貧弱な体つきをしている。今日は
白いジャンパーに青いジーパンを履いていて目立たないような髪型をしている。
彼は気弱な性格で他人の頼みは断れない。
それ故夏休みの最後の日、彼は友人達と廃墟に肝試しに無理矢理行く事になった。
勿論気乗りはしていなかった。だが断れば仲間達を傷付けてしまう、と考える程の弱気だった。
何故俊夫が溜め息をついたかというと残念な事に目的の廃墟まであと一、ニキロという所で自転車がパンクしてしまったのである。
「ガムテープでもあれば穴をふさいで行けるんだろうけどなぁ。」
押して行くしか無いか、と諦めて彼はパンクした自転車を押して行くことにした。
現在時刻は午後8時50分。
既に他の仲間達は廃墟に到着している筈だ。
急がなくてはと自分を励まし、友人の1人である健太に遅れるとメールを打ちたかったが残念な事にここは圏外だった。
夏から秋に移り変わりつつある季節の風が冷たく彼にまとわりつく。
つい先程まで自転車はライトで辺りを照らしていたが自転車が車輪の回転を止めた為、辺りは闇に包まれており何も見えなかった。
冷えた息を吐きながら俊夫は手探りでバッグから肝試しに使う為の懐中電灯を取り出した。光の筋が暗闇を裂き、目の前に広がる深い森を照らした。
その光を、彼が進むべきひび割れたアスファルト舗装の道の先に向け、
彼は1歩踏み出した。
残念な事に彼の運命はここで決まってしまった。
いや、ここに来た時点で既に決まっていたかもしれない。彼にはもう、五体満足で棺桶に入ることは出来ないだろう。いや、棺桶に入ることすらないだろう。彼は運が悪かった。
何か小さな音がした。枯葉と小枝を踏む音だった。それは死神が自慢の鎌を研ぐ音でもあった。 だが、彼はそれに気が付かない。彼はとことん運が悪かった。
殺人鬼はうなだれて歩く俊夫の背後に近づいた。
1歩大きな足を踏み出す度に小さな音がしていたがそれは微々たるものだった。
殺人鬼はその巨大な体躯に似合わず動きは素早く、足音を殺して歩く術を身に付けていた。
当然、俊夫が気付く訳がなかった。
手には犠牲者達の血と肉がこびりついた斧をぶら下げ、殺人鬼は背後に忍び寄った。
すぐにおわるぞ
彼は俊夫に1メートル位まで近寄ると斧を高々と片手でゆっくりと頭上に掲げ
勢い良く降り下ろした
降り下ろされた斧は自転車の後輪部分の後ろのほうに命中した。金属製の外装を断ち切り、ゴムタイヤをフレームごと切り裂き、止まった。
俊夫は不意に強い衝撃を感じ、振り向いた。
俊夫は彼と向かい合う形になった。
何ということだろうか、大男が自分の自転車に深々と斧を突き刺している。彼は驚きで声が出なかった。荒い息が自然と口から出る。
逃げろ
そう彼の脳髄は警告しているけれど、体が動かない。
何が彼の体を縫い止めているのかというと、驚きと恐怖だった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
殺人鬼は自転車から斧を引き抜こうと腕をあげた。しかし断ち切られた金属片が斧に引っ掛かり、何と自転車ごと持ち上がってしまう。殺人鬼は気にもとめない様子でそのまま斧ごと自転車を振り上げ、俊夫の脳天めがけて叩き下ろす。
驚きで身動きが取れない俊夫の華奢なからだに凶悪な一撃が加えられる。
その衝撃で手に持っていた懐中電灯が地面に落ち、俊夫を正面から照らした。
自転車の前輪が彼の左肩にぶつかった。鎖骨が砕けた。破片となった骨が肉を血管を切り裂き皮膚を圧迫する。ペダルが左目を押し潰した。ニキビを潰すように眼球の中の液体が外気に触れる。
勢いで彼は固いアスファルトの地面に押し倒された。衝撃で肺の中の空気が外に押し出された。
引っ掛かっていた斧が降り下ろされた衝撃で完全に後輪を断ち切り、同時に俊夫の左足のふとももに食い込んだ。
食い込んだ刃はまず皮膚を突き破り、すぐ下に横たわっていた血管を断ち切った。断ち切られた血管からは行き場を失った血液が大量に流れ出した。
その血液が血管のすぐ近くにある脂肪と筋肉を濡らし、筋肉に通っている神経が刺激され脳髄に電気信号を送る。
脳髄に送られた電気信号により警告である痛みがすぐさま発せられ、それが引き金となり俊夫の口は悲鳴を発した。
2つに別れた後輪はすぐに重力に逆らえず彼のももの上に落下した。過敏になっている傷から下の皮膚は激痛を発した。
食い込んだ斧はふとももを切り落とすまでには至らず、筋肉の筋を斜めに割き骨に当たった位で止まった。
殺人鬼はこの骨を断ち切るべく再び斧を持ち上げた。刃にねばねばしたものが糸を引いている。脂肪と血の混合物だろう。
「っあぁ・・・・助けてくれぇ・・やめてぇ。」
俊夫は情けない言葉を発し、後退りした。左の眼窩にペダルが食い込んだままでそれは見方によっては滑稽に見える。
そんなことは今は気にせず、今はこの悪鬼から逃げる事が最優先だった。体裁なんか気にしている暇はないのである。
殺人鬼が再び斧を降り下ろす。
先の傷から再び体内に侵入し、骨を砕き左足を切断するはずだったが俊夫が後退りした為、今度は膝頭に命中してしまった。
西瓜を割る様な音がして斧は膝の皿を叩き割り、今度はきちんと膝を斜めにふとももから切断出来た。
「ぐあぁあぁぁぁぁぁ……」
切断面からはリズミカルに血液がぴゅっぴゅっと飛んでいる。心臓の動きと連動しているのでとても早いペースだ。
そして、血液と共に肉の断片が幾つもぶら下がっている。それは切り落とされた反対側の断面にも同じようにくっついている。切断された足は規則的に痙攣を繰り返し、まるで不恰好な心臓の様であった。
殺人鬼は新たな犠牲者の血を吸った斧を捨てると、先程のホイールの残骸を拾って針金が何本も突き出ている方を俊夫に向けた。
「な何をする気だ、ゆ許してくれぇ。」
哀れにも涙と鼻水と血でグチャグチャになった顔面を醜く歪め俊夫は命乞いをした。
俊夫自身そんな話が通じない相手であることは判っていた。しかし、少しでも可能性のあることは試したかった。
彼は昔からしぶとい性格だった。
やはり無駄だった。
殺人鬼は血を景気良くリズミカルに飛ばしている足にその針金をゆっくり突き刺していった。
新鮮な肉を掻き分け針金が奥へ、奥へと進んでいく。途中で幾つも血管にぶち当たるのでその度に薄い壁を貫いて針金は進んでいった。
傷口にぴったりとホイールを付けると、殺人鬼は再び斧を手にしっかりと持ちゴルフの様に傷口めがけて斧をスイングした。
見事に斧はホイールを叩き割り、その勢いでふとももをぱっくり裂くと、骨盤に切っ先をめり込ませ止まった。
大量の血が俊夫と殺人鬼に降りかかった。傷口から覗いている肉がびくん、びくんと蠢き、痙攣している。綺麗に血が肉の表面を染めている。
「っっ・・・!」
俊夫は声にならない叫びをあげた。と同時に、彼の意識は途切れた。
彼の脳裏に最期に映し出されたものは、彼を慕う妹では無く、仲の良い友人達でもなく、数週間前に告白し振られた女の笑顔だった。
殺人鬼は動かなくなった俊夫を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
足から斧を引き抜くと今度は俊夫の右肩を狙い、斧を降り下ろす。血肉の飛び散る雑巾が地面に落ちる様な音をたて、斧は正確に右腕を肩ごと胴体から切り離した。足と同じようにテンポ良く血が吹き出ている。
その時だった。全く動かなかった俊夫が目をカッと見開き何かを大声で叫びだした。それはもう日本語になっていなかった。
「うっうっう……でぇうでぇぇぇぇ〜。」
奇妙な言葉を叫びながら俊夫は後退し始めた。
殺人鬼は特に驚く様子も無く、俊夫の上に乗っている自転車を自らの背後に放り投げると、妙な事に先程切断した俊夫の右腕を肩の傷口に押し当てた。
しかし切断された腕が元通りにくっつく訳は無かった。
それもそのはず、殺人鬼は傷口と傷口をくっつけず、五本の指と傷口をくっつけたのだから。
傷口に押し当てられた指は、それぞれジクジクと血が滴る断面にめりめり音をたてて吸い込まれていく。無理矢理肉の中に入っていく指が肉の中を通る神経を圧迫し、俊夫の痛みは更に増幅した。例えるならば、頭をプレス機にかけている様な痛みである。
指が根元まで入ってしまうと、不意に殺人鬼は道を戻り始めた。丁度、俊夫とは反対の方向である。
チャンスと思い、俊夫は残された右足と左腕でまたもや逃走を試みる。本日3度目である。しかし悲しいかな、全身を駆け巡る激痛と大量出血により意識が朦朧としている俊夫は僅かな距離しか進めない。
俊夫が足掻いている間、殺人鬼は次の凶器を準備していた。
まず斧で自転車の前輪部分と後輪部分を繋ぐ2本のパイプを鋭く切断する。これで自転車は2本のパイプが生えた車輪に解体され、丁度これが2つ出来た事になる。斧を地面に置き、両手で1つづつ持った。
それを同時に後退している俊夫に素早く投げつける。
物凄い勢いで投げつけられた車輪は猛獣の牙の様に俊夫の顔面と胸にそれぞれ2つづつ深々と突き刺さり、後頭部背中から飛び出た釘の様になった。勢いで俊夫の首は引きちぎられ、自転車のパイプにより団子の様に串刺しにされた。
実際、俊夫の頭部は血と脳の破片まみれで真っ赤な御手洗団子そのものであった。
もげた首の断面には肉片と砕けた骨、千切れた血管がごちゃごちゃに覗いており、それらはまるで虫の様に蠢いていた。
この一撃により俊夫は死亡した。女の顔を浮かべる暇なんか無かった。
むなしく2つの車輪が風車の様にカラカラと廻っていた。
斧を拾った殺人鬼は死亡した俊夫に近づく。首を傾げるとほぼ原型を留めていない頭部を掴み、暗く冷たい森の中に引きずっていった。
後にはおびただしい量の血と何も照らしていない懐中電灯だけが残された。
俊夫が今夜一人目の犠牲者となった。
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