第七十二話 廃寺炎上
結局悪鬼を縛り付けているのは、この廃寺であった。
法臨坊大導師がこの寺を出る折に、悪鬼悪霊をここへ封じ込めていたのである。
一部の封印が丞蝉の呪文によって解かれ、彷徨い出るには出たが、完全に自由になるためにはこの庵自体を除く必要があった。
それゆえ丞蝉は、庵に火をつけた。
夜空を炎が焦がしてゆく。
今、法臨坊大導師が庵は紅蓮の炎に包まれ、最後の悲鳴を上げていた。
屋根瓦が重さに耐えかねてガラガラと崩れ落ちる時、多くの悪鬼悪霊が歓喜の声を四方に散らしながら飛び去っていった。あの一つ目の一角鬼も、豪快な笑い声を響かせ東南の空へ消えていったのである。
――好きなだけ頭を喰らえ。
そうつぶやくと、丞蝉は白菊丸を抱いたまま円嶽寺への道を辿り始めた。
翌朝、円嶽寺では、あまりのきな臭さに多くの僧たちが空を見上げ、廃寺のあった方向に黒い煙がくすぶっているのを見つけた。だが誰一人として、それがどういうことなのか想像も出来なかったろう。
智立は昨夜、丞蝉が意識のない白菊丸を伴って帰ってきた時、丞蝉から、末成方の来襲があったことと後藤田平八による火付けがあった旨、すでに報告を受けている。
山の方角を見ながら、
「して、後藤田平八はどこへ消えた」
と、丞蝉に聞いた。
「は、白菊丸奪取に失敗し、自ら炎の中に入り自害したかと」
「うぬ……それで、侍らはどうやって追い払ったのじゃ」
「――真言の力にて」
丞蝉は、「殺した」とは言わなかった。真言の力で人殺しは出来ないゆえに、智立に問い詰められるのを避けたのである。
丞蝉はすでに侍の骸をすべて崖下へとうち捨てていた。
後は狼か山犬の餌になることだろう。
ばれる心配はない。
一方寺の一室では、白菊丸の介抱に高香が当たっていた。
廃寺へ行っている間の白菊丸の変りように高香は目を見張り、その心労を思わざるを得ない。
頬はこけ、目の下には隈が目立つ。
白菊丸の肩は、こんなにも華奢だったろうか?
とにかく肌の色艶なく生気は抜け落ち、顔だけ見れば一挙に十歳も老けたようであった。
だが今彼は高い熱を出し、意識はなくとも体をずっと震わせている。
単にそのせいかも知れない、とも思う。
高香は手巾を水に浸して絞り、それを白菊丸の額に乗せた。
――可哀想に。
年は自分と変らない、そして今は同じく孤児である身。
自分たちはこの先、どうやって生きていくのであろうか、そんなことを考えずにはいられなかった。
今までその日その日をただ生きてきた高香には、珍しい思いであった。 |