『風の刻(こく)-花の陰(かげ)-星の雫(しずく)』 =陰陽伝昔語り=(59/360)PDFで表示縦書き表示RDF


『風の刻(こく)-花の陰(かげ)-星の雫(しずく)』 =陰陽伝昔語り=
作:あんじぇ



第五十九話 異形の影


 ――何だろう、この身の震えは。この禍々(まがまが)しき"気"は。一体何を感じているというのだろう、私は?
 機嫌のよい師の後ろで、高香はひとり、そんな思いに耐えていた。
 高香の双眸は、引きつけられるように丞蝉に注がれている。
 同時に冷や汗が背中を流れ、鼓動は大きく早くなり、息苦しさに血の気が失せていくのであった。
 ――これ以上、見てはいけない。
 だが意図せず、次第に心の目が開いてゆくのを高香は感じていた。
 そう、実際視力で捉えるのではない。
 人の気や、霊体というものは心眼で見るものである。
 今まさに、高香の心眼は、丞蝉の背後から立ち上るものを捉えようとしていたのだ。
 それは始終丞蝉の背後で揺れている。いや、蠢いているのだろうか。ちょうど、屈み込んだ人が背中を向けてもぞもぞしているさまに似ていた。
 やがてその不気味な影は黒い(もや)のように広がりを見せ始めたかと思うと、ついに、あるものの形をとった。
 何と、黒い煙の中、唐突に巨人が立ち上がったではないか。
 しかも、それは振り返り、高香目掛けて口から火を吐き出した。
 それは当然この世のものではない……一つ目の、一角獣であった。

「高香! どうした、高香!」
 ドサリと背後で音がしたので振り返った智立は慌てた。
 高香が崩れるように意識を失っていたのである。
 白菊丸もぽかんと口を開いたままだ。
 智立が呼び掛けつつ頬を軽く叩くも、反応はまったくなかった。
「一体どうしたというのじゃ」
「病のせいではありませぬか」
 そう言うと、丞蝉は低く笑う。
「ともかく、部屋へ運び休ませるがよろしかろう。我が運びましょうぞ」
 すっくと立ち上がった丞蝉は、倒れた高香を軽々と抱き上げその顔を覗き見た。
 相変わらず顔色が悪い。が、一年見ぬ間に子供っぽさがかなり抜けている。
 智立の「頼む」という声を聞きながら、丞蝉はそのまま廊下に出た。
 白菊丸が急ぎ追ってくる足音が聞こえる。
 そしてそれとは別の、不気味な声とは呼べぬ声が、背中から丞蝉に話し掛けてきた。

 ――そいつをくれ……そいつを、喰らいたい……
 ――悪鬼め、黙っておれ。

 ぴしゃりと撥ねつけたが、その影が無念そうに舌なめずりする音が明らかに聞こえた。

 ――早速高香に目をつけおったか。いや、高香の方が先に気づいたかも知れん。
 歩きながら丞蝉は、口元を緩めた。
 ――俺はこいつを悪鬼に喰わせるだろうか? ついにそういう形で、決着をつけるだろうか?

 高香は御仏と同じ黄金の光を纏っている。
 化け物たちがいかに欲しかろうと、容易に触れられる光ではないのだ。
 だがその高香、今や丞蝉の腕の中にあって、意識はない。












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