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桜の花びらに願い事を
作:三亜野 雪子


まだ肌寒い夜。コンペイトウをばらまいたような小さな輝きを放つ星を見つめながら彼女は歩く。
ふと、視界にピンク色のなにかがはいる。思わず立ち止まって、そちらに視線を向ける。


「わぁ!」


満開、と言えるのだろう。綺麗な淡いピンクをした大きな桜が一本、公園に咲いていた。
街灯の光に照らされた、美しい景色を目を見開いて見つめる。
夜の暗い中に一本だけ妖しい美しさをかもしだすそれに彼女は見とれた。


「えっと、こういった美しさってなんて言うんだっけかな?」


木の下でうーんとうなって、彼女は何かの言葉を懸命に考える。
だが、いっこうにその言葉は頭に浮かばない。なかば諦めかけて、彼女は息をつく。


「もしかして、妖艶って言いたいの?」

「そう!それ、ようえん!」


思い出せて、スッキリした表情で振り返る。

彼女の気分を晴らしてくれたのは同い年くらいの少年だった。
黒い髮は首もとまで伸びて、肌は焼けすぎず、白すぎないちょうどよい黒さをしていた。
身長は彼女の10センチほど高いくらいだろう。認識のない彼に気にせずに握手する。


「ありがとう。これで今日はスッキリと眠れるよ」

「おおげさだね。そんなに思い出したかったの?」


苦笑する彼の顔は柔らかい。印象のいい雰囲気に思わず彼女も笑う。


「うん。こういったのあると気持ち悪くて…………」

「そうなんだ。ところで、こんな時間に女の子が一人でなにをしているの?」


時刻は11時。女性が一人で出歩くにしては無用心だ。
肩につくくらいの髮の下に手をもぐりこませて、首を掻く。そして、あっさりすぎるほど簡単に答えた。


「バイトだったの。だから、仕方ないよ。君はなにしてるの?」

「ここの桜が好きだから見てたんだ。そしたら、君が来た」

「あ、そうなんだ!ごめんね、君の時間を壊しちゃって」


そう言うと、彼はあわてて否定する。謙虚な人だなと、思って彼女は笑う。
これもなにかの縁だと二人は互いに自己紹介をする。
彼女の名前は遠藤えんどう りな。高校二年生。
彼の名前は東野とうの 和紀(かずき)。高校三年生。


「東野くんはどこの高校なの?」

「ここの近くの公立」

「あぁ、あそこかぁ。私はそこから結構近くにある私立だよ」


互いの高校の話に花を咲かせて、2人は30分という短い時間を過ごした。
携帯がとつぜん震えて、りなはもうすぐ12時になることに気付いた。


「ごめん、今日はもう帰らないと。また会ったら声かけてね」


弱く手を振る彼に手を振り返して彼女は家に帰っていった。





「りなぁ、どうしよう」


友だちと会って第一声はこれだった。
なにがどうしようなのかわからないりなは、首を傾げて問う。


「彼氏とけんかしたぁ」

「またぁ?この前もけんかしたばっかりだよねぇ?」


泣きついてくる友だちをなだめながら、りなは考える。
自分は恋という気持ちを知らないことを。
今まで何度も友だちの相談にはのってきたが、じっさい自分は恋人というものを作ったことがない。


「めんどうそうだね?」

「そんなことないよぉ。一回なってみるとかなりはまるよぉ」

「りなも早くいい人見つけなよ」


いい人といって思い浮かべるのは自分の祖父だった。
それだけ男というものに興味がない彼女がどう見つければいいのか。


「気になる子とかいないのぉ?」

「別にいないけど」

「男友だちは?」

「それもあまり」


八方ふさがりの友だちをよそに彼女は一つ、小さな溜め息をついた。





「こんにちわ。桜さん」


傍から見れば哀しい行動だと思った。
誰もいない夜の11時の公園で一人、桜に向かって話しかける。
散り始めている桜はそれでも美しさは変わらない。それどころか、逆に綺麗になっている気がした。


「花がついて、ピンクに。散って緑に。枯れて茶色に。季節によって色が変わるあなたはとても神秘的ですね」

「そう言った考えを持つ遠藤がけっこう神秘的だと思うけど?」


声がした方に振り返れば和紀がそこにいた。
そう?と首を傾げて、彼女はヒラヒラと落ちてくる花びらを手に乗せる。


「あ、東野くんにいいこと教えてあげる」

「何?」

「桜の花びらを落ちる前にキャッチすると願い事が叶うんだって」


無邪気に言う彼女の顔を見つめて、和紀は微笑む。
降り注ぐピンクの花の中にたたずむ女性。
その姿はとても可愛くて、綺麗な光景だった。


「そっか、じゃぁ今度やってみようかな?」

「うん、そうしてみな」


この日も1時間ほどそこで話しこんで二人はわかれた。





バイトの帰りにその公園に行くのが日課になっていた。
なぜかいつも和紀がその場にいて、11時から12時までの1時間、いつも2人は話しこむ。
だけど、今日は。


「ほら、ちゃんと薬飲んで、寝てなさいよ」

「はぁい」


ぽーっとする頭を押さえて、彼女は布団にはいる。
ちょうど脇からピピピという小さな電子音が聞こえた。
38、5℃。春風邪をひいたらしい。


「今日も、来てるのかな?」


窓の外を見やって、彼女は目を細める。
頭に思い浮かべるのは爽やかな笑顔を向ける彼の顔。
メルアドも電話番号も知らない彼に連絡することはできなくて、少しだけ不安になる。


だけど、あそこには私に会いに来てるんじゃなくて、桜を見に来てるんだよね………。
なら、いっか。


淋しさをまぎらせようと笑って見せて、彼女は無理やり夢の世界へとはいっていった。





「りなぁ、風邪治ったの?」

「うん、ばっちり。心配してくれてありがとう」


すっかり熱もひいて、学校に登校して来た彼女は携帯の画面を覗く。
今日は木曜日。


「定休日か………」

「え?なにが?」

「ううん、バイトが休みの日だなぁって、思って」


歯切れわるく言って、彼女は学校に小さく生えている桜を見る。
緑色が混ざり始めた桜はみな不格好と言うけれど、どんな姿でも彼女は好きだった。


「なになに?バイトにいい人でもいるの?」

「いないよぉ。そういう人は」


友だちの質問を適当に切りぬけて、教室にはいる。
席に座って話をしていても、授業をしていても、体育をしていても、彼女の心はどこか空っぽだった。

11時すぎ。お風呂から出て、目の前にある時計を見る。
さっきから落ち着きがないことはりなにもわかっていた。


「もう、なんで気になるんだろう」


携帯と財布をつかんで、靴を履いて外に出る。
最初にあの公園に行った時と同じような星が空に散らばっていた。
息を切らして、桜に近づく。
案の定、そこには黒髪の少年がたたずんでいた。


「あ、遠藤」

「こんばんわ」


顔が見れてなぜかホッとした。走って来たことがバレないように冷静に、涼しい顔で対応する。


「すごいなぁ、本当だったんだな?」

「なにが?」

「花びらをつかむと願い事が叶うっていうの」


彼の手にはみごとに花びらがおさまっていた。
目を丸くして、彼女は首を傾げる。


「なにをお願いしたの?」

「遠藤に会えますように、だな」


恥ずかしいことをはっきりと言われて彼女は顔を赤くする。
意外そうに目を瞠って、和紀は微笑んだ。


「珍しいもの見たな。顔染めるなんて」

「もう、変なことで願い事使わなくていいよ」


そっぽを向いたりなに近づいて、和紀は手を延ばす。
まだ濡れている髮に触って、意地わるい笑みを浮かべた。


「もしかして風呂あがり?なんでここに来たの?」

「それは、えっと、その」


自分でもわかっていないことを問われても、彼女に答える術はなかった。
結局、変に動揺してなにも言えず、りなはうつむいてしまう。


「昨日、バイトだったよね?なんで来なかったの?」

「熱が出たの。だから、バイト休んで」

「そうなの?じゃぁ、昨日今日で風邪がぶり返しちゃいけないから、帰んな」

「いや、まだいる!」


思わず大きな声で言ってしまった。
口元を手で押さえて、りなは和紀の様子をチラ見する。
予想に反して、そこにあるのは穏やかな笑顔だった。


「どうして?」

「だって、せっかく来たのに………。だめ?」

「ううん、願い事して遠藤をここに呼んだのに、だめなんて言えないよ」


その一言で顔が緩む。
安心と、興奮が身体を支配する。
くすぐったい気持ちを胸に抱きながら、りなは和紀と話しこんだ。





「約束の1ヶ月ね。ご苦労さま」

「え?もうですか。じゃぁ、ここにはもう?」

「えぇ、来なくていいわよ。給料は口座に振り込んでおくから」


4月下旬。短期間だけやると言う契約のバイトが終わりを告げた。
最近、バイトが楽しいと思い始めていたりなにとって哀しい知らせだった。
とぼとぼと力なく歩いているとすっかりピンク色をなくした桜の木が視界にはいる。
今日は珍しく和紀は来ていないようだ。


「こういう日があっても、おかしくないよね。もともと、桜を見にここに来てたんだから、桜がなくなったら来なくなるよね?」


淋しそうな笑みを刻んで、りなはジッと木を見上げる。
足元には土で汚れた花びら。頭上には生命力あふれる緑の葉。
自然は全ての源で、全ての癒しだと思っていた。


「初めてだよ。なんだか、今日は桜が残酷に見える」


お別れ言えなかったな。


その日、彼女は彼に会うことなく、帰ってしまった。





学校にある桜を見るたびにりなはあの顔を思い出す。
胸が苦しくて、会いたくて、だけどあの場所に行くのはとても怖くて。
結局、あの日から一度もあの公園には近づいていない。


「りな、最近元気ないね?」

「また風邪?」

「ううん、違うの」


なんで、こんなに淋しいんだろう

どうして、こんなに気になるんだろう

こんなの私らしくないのに


ノートの隅に彼の名前を書いてみる。
東野和紀。
自分の字で書くとなんだか恥ずかしくて、テレくさかった。


そういえば、名前で呼んだことなかったな。


胸が締めつけられるような痛みが広がった。
息苦しくて、目頭が熱くなる。
どうしようもない、感じたことのない想いに自分でもどうしていいのかわからない。


考えるのはやめよう。
今日、行ってみよう。
それで、いなかったらすっぱり諦めよう。


夜10時。滅多なことでは緊張しないりなはこれ以上ないほど身体を固くしていた。
公園が近づいてくる。おそらく桜の木も見えるところまで来ているだろう。
だけど、怖くて顔が上げられない。公園の土が見えたところでゆっくりと顔を上げた。


「まだ、いないよね」


街灯に照らされた公園はとても恐ろしかった。
毎日のようにここに立ち寄りたいと思った自分が嘘のようだ。
まだ来ないと決まったわけでもないのに、泣きそうになった。


「遠藤!!」


後ろから余裕のない声で呼ばれて振り返る。目にたまった涙はその衝撃でこぼれる。
いつも、いつも、思い浮かべていたあの顔が目の前にあった。


「東野くん」

「おまえ、今までなにしてたんだよ」

「どうして、ここにいるの?」

「え?」


震える声音で問われて、和紀は言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
視線を下に向けて、りなは涙を堪える。


「だって、東野くんは桜を見にここに来てたんでしょ?なら、もうここには来ないと思って………」

「それは」

「ねぇ、なんでだろう?苦しいの。東野くんのこと考えてると胸が苦しくなるの。会いたくて、ここに来たのに、会えたことが嬉しいのに、それでもなんだかうまく息ができないの」


こんな気持ち私は知らない。

こんな想い、私は知らない。

だから確かめたいの。


「これって、なに?私はどうすればいいの?」

「…………、遠藤は俺にどうしてほしいの?」


問い返されるとは思っていなかったので、一瞬思考が止まる。
なにをしてほしいのだろうか。考えたこともなかった。


「一緒にいたい」

「うん」

「もっと、話したい」

「うん」

「……………」


じっと、曇りのない瞳を彼に向ける。
黙って聞いてくれるのがなぜかとても心地好かった。
言葉を考えてはいなかった。なにをしてほしいのかもわかっていなかった。だけど、自然と口から言葉がこぼれた。





「ずっと、傍にいて。私だけのものになって!」





言って、不安になる。
拒否されたらどうしようと、手遅れな気持ちが彼女を支配する。
和紀はうつむいてしまったりなに近づいて、優しく抱き寄せた。


「りなは鈍いよね?」

「え?ってか、名前」

「だって、俺が本当にここに桜を見にくるために来てたと思ってるの?」

「だって、桜を見にって」


くっつきすぎている身体に神経が回って、言葉が浮かんで来ない。
顔は熱いくらいに火照って、心臓は痛いくらい鳴っていた。


「それはあの日だけだよ」

「じゃぁ、他の日は?」

「もちろん、花に会いに来てたんだ。花は花でも、桜じゃなくて、りなっていう花だけど」


どくん、

どくん、


あぁ、そっか。
やっとわかった。



この気持ちが恋なんだ………。



「本当は桜にもう一つお願いごとしてたんだ」

「え?なに?」


珍しく照れた顔をして、くちごもる。
願い事の内容なのか、そうじゃないのかはわからないが、和紀は優しく言葉をつむいだ。


「俺だけのりなになってくれるか?」

「私だけの、和紀になってくれるなら」


初めて名前を呼んだ。自分で口にしておいて、また顔が赤くなる。
出逢った時の桜の花はないけれど、桜の木は今も2人を見守っている。





「ってか、早く気付けよ!俺がりなが好きなの一目瞭然だろ?」

「わからないよ!私、告白とかされたこともないし、恋もしたことないもん!」

「マジに?じゃぁ、俺が初恋?ラッキー」

「もぅ、でも」


和紀を抱き返して、りなは今までに出したことのない甘い声で耳元で呟いた。





「私も、和紀が初恋でよかった」






えっと、なんとなく書いてみた恋愛小説です。かなり純愛ですねぇ。私なんだか恋を知らない主人公が好きみたいですね。今度は違う感じの主人公にしてみたいと思います。
感想評価、更に次の話のリクエストなどなど、大歓迎です!これからもよろしくお願いします。

三亜野 雪子













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