クリスマスの奇跡
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柵に腕を乗せながら、札幌の町を眺めていた。下から人々の笑い声や車の音が聞こえてくる。上からは真っ白な雪がぱらぱらと降ってきていた。雪は髪やジャケットに着地していく。
そう、今日は年に一度のクリスマス。世界中の人々に幸せが訪れる日なのだ。俺はこの時期になるといつも思う。とんでもない日を作ったもんだ、と。
俺は視線を町の明かりから隣に移した。上から降ってくる雪を初めて見るかの様にまじまじと見ている女の子、唯。唯とは今日初めて会った。いや、もしかしたら運命だったのかもしれない。唯と会ったのは今から四時間も前の事だ。
四時間前
札幌駅前通りは相変わらずの人の量だった。どんなに寒くても減らないのだ。灰色の歩道は雪ですっかり埋まっていた。その上を明るい表情で人々が歩いていく。俺を除いて。
俺は緑色のファー付きダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら、札幌駅前通りを狸小路に向かって歩いていた。
札幌駅前通りはカップルの他にデジタルカメラを持った外国人の観光客が目立つ。札幌は毎年この時期になるといろんな所から観光客が来る。俺はそんな観光客を避けながら歩いていた。
狸小路に着くと一番最初に目に入るのは客引きだ。カラオケなどの店員が寒い中必死にやっていた。その中、黒人の客引きもいる。俺は黒人の横を通り過ぎ、待ち合わせ場所であるベンチに腰を下ろした。
腕時計に目を落とす。五時三十八分。待ち合わせの時間を八分過ぎていた。俺は腕を組みながら待つことにした。
ベンチに座っていると、次々とカップルが通り過ぎって行った。お揃いのマフラーなど付けながら。別に悲しい訳ではないが、居心地は最悪だ。
すると紺色のジーンズのポケットに入った携帯電話が震えだした。携帯電話を開き、画面を見る。そこには待ち合わせ相手の名前が表示されていた。嫌な予感がするな。
「はい?」
『悪い。ドタキャンするわ』
やっぱり。俺は熊とらしく大きな溜め息をつく。
「あっそ。じゃあな」
電話を切る寸前に笑い声が受話口から聞こえてきた気がした。俺は気にせず電話を切り、ジーンズのポケットに押し込んだ。
俺は特にする事もないので帰る事にした。寒いしな。そう決めて腰を上げて振り返った。その時だった。
「痛っ!」
見ると赤いマフラー巻き、白く丈の短いダッフルコートを着た小柄な女の子が尻餅をついていた。さらさらとした黒い髪は肩まであり、雪の様な白い肌、リスの様な目を持ち、綺麗な二重、小さな鼻、小さな口、そんな女の子に俺は思わず見入ってしまった。
「痛いな〜、もぉ〜」
その言葉ではっと我に返った。取り合えず謝っておこう。変に騒がれるのはご免だ。
「すみません」
女の子は年下の様に見えるが、ここは敬語を使った方がいいだろう。謝りながら軽く頭を下げた。ふと女の子の顔を見ると微笑んでいた。気味が悪いな。
「いいよ別に」
女の子はよいしょと言って立ち上がった。俺は軽く息を吐き、さっさと帰ろうと足を動かそうとした時。
「ただし、条件があります」
女の子が人差し指を立てて近づいてきた。俺は思わず息を飲んだ。
「今日一日あたしと付き合って」
目が点になった。
「は?」
俺は思わず言ってしまった。いや、多分誰しもが同じ反応をするだろう。こんな漫画の様な展開がある訳がない。もしらかした夢かもしれない。試しに頬を抓ってみた。…………痛い。
「ちょっと待ってくれ。いきなりそんな事言われても」
頬を摩りながら言った。女の子が風船の様に頬を膨らませた。まるで子供だな。
「何言ってるのよ。君はあたしにぶつかってきたんだよ? ちゃんと責任取ってよ?」
もう何がなんだか分からなくなってきた。
「あたし唯って言うの。あなは?」
俺は頭を掻きながら考えた。この唯の考えてる事はなんなのか。考えても答えは見つからない。唯が再び頬を膨らます。
「…………秀一」
唯が微笑みながら顔を下から覗き込んできた。心臓の鼓動が加速する。変な汗が流れてきた。
「良い名前だね」
唯が横に来て腕を絡ませてきた。俺は思わずどきっとしてしまった。
「レッツゴー!」
唯は拳を天に突き上げ、大声でそう言った。周りの視線が痛い程分かる。俺は視線から逃げる様に唯の腕から抜け出し、札幌駅前通りに向かう。
ドン・キホーテが明るい光を放ち、人々を誘っていた。俺は冷たい風に打たれながらクールダウンする。
「早いよ〜」
唯が追いつき、再び腕を絡ませてきた。俺は溜め息をつきながら歩く。
「ねぇねぇ! あれに乗りたい!」
唯が飛び跳ねる勢いで指をさした。その先にはビルの上にはみ出した観覧車の一部が覗いている。
あの観覧車はノルベサという商業施設の屋上にあった。俺は乗った事がないので景色が良いのか分からないが、ここで断ったら大変な事になりそうだ。
「分かった」
唯の顔がぱっと明るくなった。
「やったー!」
更に強く絡ませてきた。体が密着する。心拍数が上昇。乾いた筈の変な汗が再び吹き出してきた。俺は大きく息を吸い、吐き出す。落ち着け。
唯が腕を引っ張り、早くと言っている。本当にやる事が子供だな。そんな事を考えながら歩きだした。
札幌駅前通りをすすきの交差点に向かって歩いていく。歩いていると何組かのカップルが見てくる。他人から見ると付き合ってる様に見えるのだろうか。
そう考えただけで顔が熱くなる。唯は相変わらず微笑みながら俺の腕に抱きついていた。だが俺はけして心を許す事はないだろう。ある人との約束を守る為に。
煌々(こうこう)と輝くキリンビールの赤いネオン看板を見ながらすすきの交差点を右に曲がると同時に唯が顔を覗き込んできた。すぐに視線を移すと、唯がくすくすと笑っていた。
「秀一って笑わないんだね」
別に笑わない訳ではない。笑おうと思えば笑えるが、そうするとある人との約束を破ってしまいそうで怖い。だから極力唯を見ない様にしていた。
「悪いか?」
唯の顔が一瞬暗くなった様に見えた。
「そっか」
唯は俯きながら黙ってしまった。俺は罪悪感を感じながらもこれで良いと思っていた。俺は酷い奴なのかもしれない。
無言のままノルベサのビルに着いた。自動ドアを通り、エレベーターで最上階の七階に目指す。
七階に着くと、すぐに観覧車の乗り場があった。運が良い。順番待ちの列がなく、透いていた。
乗り場で唯の分まで払う。一人六百円、二人で千二百円だ。俺は思わぬ支出で頭を掻きながら観覧車に乗り込む。
扉が閉められ、嫌な空気が二人に流れる。俺は謝るべきか迷っていた。いつまでもこの空気でいるのも居心地が悪い。そう思い、口を開くと、
「あの……」、
「あの……」
唯と同時に同じ言葉を言ってしまった。俺は俯きながら手を出す。
「……先に言えよ」
唯が首を横に振った。
「先に言って」
「…………ごめん」
「え?」
唯がすぐに顔を上げた。
「何か気分悪くしたみたいだから」
唯は大きく首を横に振り、笑顔になった。
「別に気にしてないよ」
俺はその顔を見てほっと息を吐いた。改めて座席に座り直し、ゆっくり動く街を見ていた。
「秀一って彼女いないの?」
「いない」
唯が首を傾げた。
「何で?」
言って良いのだろうか。自分の過去を話しても変わる訳でもないし。
「……約束したんだ」
言葉が自然と出てきた。
「約束?」
唯が興味津々になって話を聞く。
「小学校の時、初恋相手が東京に引っ越す事になった。俺は最後かもしれないと思ってさ、その子に告白したんだ。結果は良かったけどその時にずっと待ってるって約束したんだ」
言ってしまった。自分でも何故言ったのかが分からない。だけど、唯には言っておいた方が良いと感じた。不思議な感じだ。
「そうなんだ」
唯は窓の外に視線を移した。俺も釣られて見た。
街の光がとても綺麗に見えた。色とりどりのネオン看板がはっきりと見える。ドン・キホーテのキャラクターも。テレビ塔もすっかりクリスマスの色に染まっていた。
「綺麗だね」
唯が呟く。俺は黙って唯を見た。唯の表情は暗く見えるが、とても幸せそうだ。そんな顔を見ると心を許してしまいそうだった。
観覧車がゆっくりと下り始めた。
「何で俺を選んだんだ?」
唯と会ってからずっと考えていた疑問をぶつけた。唯は顎に右手の人差し指を置く。どうやら考えてる様だ。
「寂しそうに見えたからかな」
寂しそうって、俺はどんな顔をしてたんだよ。当然の如く鏡がない限り自分の表情は分からない。益々(ますます)唯の考えてる事が分からなくなる。
「ねぇ。笑ってみて」
突然唯がにこにこと微笑みながらそう言った。笑顔なんてそんな簡単になるものだろうか。俺はそんな事を考えていると、唯の手が伸びてきた。
「ほら、こうやって……」
唯の細い指が口角を左右に引っ張る。だけど笑えそうにない。唯は頬を膨らませ、手を膝に置いた。怒っている様だ。とてもそうには見えないが。
すると、唯は何か思いついたのか悪戯する子供の様な顔になった。
「それ!」
唯の手が脇の下に伸び、指を動かす。
「ちょっ! ぷっ。あはははは!」
俺は笑いながら身を捩って、唯の手から脱出した。暫く沈黙が漂う。
「あはははは! 秀一って、笑うと可愛いね」
俺は頬が熱くなるのを感じた。今思うと、かなり恥ずかしい場面だった。
「あ! 赤くなってる!」
「うるさい!」
俺は腕を組み、窓の外に視線を移した。唯の顔がこれでもかと言うくらいに近づいてきた。甘い香りが鼻につく。
「照れなくてもいいんだよ?」
唯が小悪魔の様な微笑みをしながらはっきりとそう言った。俺は思わず唾を飲み込んだ。変な汗が絶え間なく滲み出てくる。
俺は今まで付き合った事がないので分からないのだが、女の子はいつもこんな風にして彼氏と接しているのだろうか。
あっと言う間に一周し、観覧車を降りた。すぐに唯が腕を絡ませてくる。俺は慣れない行為に葛藤しながら黙ってビルを出た。
外に出ると涼しい風が体に染み込んでいった。
「次は何処に行くんだ?」
頭で分かっていても言葉が勝手に出てくる。
「もぉ〜。今日はクリスマスだよ? クリスマスと言えばクリスマスツリーでしょ? だから次はクリスマスツリーが見たい」
クリスマスと言えばジョン・マクレーンだろと頭の中で呟く。
俺は考えた。なんせクリスマスを家で過ごす俺が突然クリスマスツリーを見たいと言われてもすぐには出てこない。どうするかな。
「ファクトリーのツリー綺麗だったね?」
横を通り過ぎたカップルの女がそう言った。ファクトリーか。
サッポロファクトリーはサッポロビール工場の跡地を利用して作った商業施設だ。中には映画館やトイザらスなどがあり、札幌で人気の店の一つだ。
「分かったよ。地下鉄乗るけど良い?」
唯は笑顔で頷く。俺と唯は南四条通りに向けて歩きだした。信号を渡り、ロビンソンの一角にある地下街に下りる階段を下った。
賑やかなポールタウンに出ると自動券売機に向かう前に確認する事があった。
「切符は……」
「持ってるよ」
唯は人差し指と中指に挟めたウィズユーカードを見せびらかす。俺はそれを確認すると同じウィズユーカードを出し、改札口を通る。
再び階段を下り、ホームに着くと運良く白に緑色のラインが入った車両がゆっくりと止まる。ドアが開くと人々が吐き出され、それが終わるとホームにいた人が車両に吸い込まれていく。俺と唯も例外ではない。
ドアが閉まり、ゆっくりと動き出した。俺はポールの様な手摺りを握り、唯も同じ手摺りを捕まっていた。
車両の中にはクリスマスプレゼントの箱を持った人がちらほらと見える。きっと中には愛情たっぷりのプレゼントに違いない。
唯が袖を引っ張ってきた。
「何処に行くの?」
「ファクトリーさ」
そう言って上に吊らされた記事に目を止めた。記事にはガソリンの値高や政党の汚職や殺人事件が記載されていた。腐った国になったものだ。
すぐに次の駅――大通――に着くと、乗り換えの為降りて今度は白に橙色のラインが入った車両に乗り込んだ。
『次はバスセンター前、バスセンター前。降り口は右側です』
機械の声が車両全体に流れた。俺は右側のドアの前で立っていた。隣で唯も黙って立っている。
『まもなく、バスセンター前です。降り口は右側です』
車両がホームに滑り込む。完全に止まると、ドアが左右に開く。俺と唯は白いタイルが敷かれたホームに降りた。階段を上がり、改札口を抜けて八番出口の階段を上がる。
左右の橙色のタイルに囲まれながら地上に出ると、冷たい風が吹き込んできた。俺はポケットに手を突っ込み、寒さを凌ぐ。
後ろから雪山に倒れる音が聞こえてきた。振り返ると唯が雪山に倒れていた。溜め息をつきながら唯の腕を掴み起こす。
「えへへ。ありがと」
唯は真っ赤な舌を少し出して、コートに付いた雪を払い落とす。よく見ると唯の足下は磨かれた床の様に輝いた氷が張っていた。嫌な予感がするな。
「キャ!」
案の定だ。唯を体を受け止めた。傍から見たら抱き合ってる様に見えるだろう。俺は平常を装って唯を立たせた。
「秀一って優しいね」
唯が微笑みながら言った。唯の笑顔を見る度に何重にも付けた心の鍵が一個ずつ外されていく感覚がした。
「別に」
俺は踵を返して再び歩きだした。すぐ横に唯が現れる。唯の冷たい手が左のポケットに滑り込んできた。思わず体をびくつかせた。
「この方が、暖かいし転ばないよ」
そう言ってポケットの中で手を握る。俺は何も言わず――と言うより何も言えなかった――北一条雁来通りを目指した。
交通量の多い北一条雁来通りに出ると、すぐ右にサッポロファクトリーの一条館が見えた。信号を渡り、一条館へと入っていく。
エスカレーターで二階を上がり、奥へと進んでいく。歩いていると、所々に工場の跡地を思わせる物があった。渡り廊下で二条館に入る。
本屋などの横を過ぎてようやく三条館に着いた。大きな広場にはアトリウムがあり、大きな天窓があった。その下には白と青の電球が無数に垂れ下がっている。
そしてその下には大きなツリーが聳え立っていた。唯は手摺りに腕を乗せてツリー眺める。俺もその横でツリーを眺める事にした。
ツリーの周りにはカップルや観光客が携帯電話やデジタルカメラで写真を撮っていた。なんだか羨ましく見えた。
するとベルが鳴り出した。ツリーの色が変わり、より一層輝きます。ベルの演奏が心地よく流れ、それに合わせてツリーの色も次々と変わる。
五分程の演奏が終わり、ツリーの色も戻りざわめきが響き渡る。
「凄かったね」
唯はうっとりしながら呟いた。
「あぁ」
俺はツリーから視線を外し、水の流れを見ていた。
「次」
唯に腕を引っ張られ、来た道を戻る。もう帰りたい。
「次は何処に行くんだよ」
唯は立ち止まり、振り返った。両手を腰に置き、仁王立ちをしていた。
「札幌で有名なものがあるでしょ?」
俺は首を傾げた。さっぱりだ。唯は溜め息をつき、呆れた様な目を俺に向ける。
「イルミネーションがあるでしょ」
腕を引っ張れ、俺は溜め息をつきながら小走りで唯の後を追う。
店を出て、地下鉄の入り口を駆け込んだ。改札口を抜け、ホームに下りる。すぐに白に橙色のラインが入った車両が到着した。
車両に乗り込み、すぐに降りる準備をする唯。その顔は真剣そのものだった。俺は声をかけようとしたが言うのを止めた。
『まもなく大通。降り口は右側です』
機械の声がそう言うと、ゆっくりとホームに滑り込んだ。ドアが開き、唯が降りる。俺もその後を追う。賑やかなポールタウンを西三丁目の所で地上に上がった。
上がると色とりどりのイルミネーションが大通公園を盛り上げていた。俺はゆっくりと息を吐き、心拍数を下げる。
「みてみて!」
唯が指さす方向を見るとノルベサでも見えた青くなったテレビ塔が立っていた。俺も暫くテレビ塔を見ていたが、イルミネーションを見に来たのではと思う。
唯を見ると、目には青くなったテレビ塔が映っていた。俺は辺りを見て、鈴蘭の形をしたイルミネーションを見つけた。
唯もテレビ塔からイルミネーションに変わった。唯の目がきらきらと輝いていた。多分イルミネーションのせいだろう。
「鈴蘭だよね」
「多分な」
唯と俺は他のイルミネーションを見て回った。三角形に木の枝の様な形をしたイルミネーションや光に包まれた木などをゆっくりと。
「あっ」
唯が何かに気づいた様だ。俺もそれに気づくには然程時間はかからなかった。
空から一カラットの価値もない小さなダイヤモンドが静かに降ってきた。周りにいるカップルなども気づき、騒いでいる。俺は雪を眺めながらあの子の事を考えていた。
この雪を一緒に見たい。
唯が手を握ってきた。
「良い所に連れてってあげる」
そう言い終わると唯は走り出した。俺も引っ張れながら、今日何回目かの札幌駅前通りを駆けて行った。
「おい。何処に行くんだよ?」
「いいから、いいから」
そう言って尚も走り続ける。暫く走っていると雑居ビルになんの躊躇もなく入っていった。俺も戸惑いながら後に続く。
静かなビルに入り、エレベーターに乗り込んだ。俺は黙ったまま唯に付いていく。一体何処に行くのだろう。一階、二階、三階と上がっていく内に不安になってきた。
最上階でドアが開き、真っ暗な廊下が出てきた。唯が手を握りながら先導する。俺は不安を感じながら唯についていく。
少し歩いていると灰色の扉の前で止まり、唯がドアを開けて入っていく。俺も入るが、部屋ではなかった。冷えきった階段があるだけ。その階段を上がっていくと、冷たい風に思わず身震いした。
階段を上りきると、そこは屋上だった。雪を踏み鳴らしながら柵に近づく。札幌の街が見渡せる程ではないが、綺麗な景色が目の前に広がっていた。唯も柵に腕を乗せ、落ちてくる雪を見ていた。
俺と唯は暫く景色を楽しんだ。
現在
腕時計に目を落とす。時計の針は九時半を過ぎていた。
「良い所でしょ?」
唯は俺の顔を見ながら言った。
「あぁ」
俺がそう言うと、唯は微笑みながら俺の左腕に凭れてきた。
「やっぱりこっちの雪は綺麗だよね?」
「は?」
唯はクスクスと笑いだした。
「秀一って鈍感なんだね?」
唯が離れていく。俺の頭の中で“?”の文字しか浮かばなかった。
「何言ってんだよ」
「まだ分からないの?」
更に“?”の文字が大きくなっていった。今にも爆発しそうだ。
唯はポケットから紙が出てきた。その紙は所々破けているが、大事に保管されていたのが分かる。唯は俺にその紙を差し出す。俺はそれを受け取る。
その紙を見て俺は絶句した。それは七年前にある人に送った手紙だったからだ。差出人の所には俺の名前がしっかりと書かれていた。そして、受取人の名前は……唯。
俺は顔を上げて唯を見る。
「帰ってきたよ。……秀一」
俺は紙を強く握り、涙をぐっと堪えた。
「ほ……本当に……唯なのか?」
唯はゆっくりと首を縦に振った。俺は駆け出した。抱きしめたい。その思いで唯の元に向かった。
俺は唯の体を腕で包み込んだ。温かい。
「秀一。会いたかったよ」
唯の涙声が耳元に届く。思わず涙が流れてしまった。流れた涙は、もう止まらない。枯れるまで。
「七年……ずっと待ってた」
唯が何度も頷く。俺は体を剥がし、涙を流している唯の顔を見る。多分俺の顔を酷いだろうな。など考えていたが、俺は決めた。
「お前の事が好きだ」
七年前と同じだったと思う。構わない。俺の心は一つ。それは今も昔も変わらない。
「あたしも、秀一の事が大好き」
唯が恥ずかしそうに俯く。やがて両目を閉じた。俺は唾を飲み込み、決心した。ゆっくり唯の小さな唇に添える。甘い口付けだ。
やがてゆっくり唇を剥がした。幸せを噛みしめながら。
「もう……離れたりしないよな?」
唯はゆっくりと縦に首を振った。唯が胸に飛び込んでくる。
「ずっと秀一の側にいるよ」
そう言って胸に顔をうずくめた。俺は唯の背中に腕を回し、優しく抱きしめる。空からは相変わらず雪が絶え間なく降っていた。
雪は小さな結晶で出来ているのは知っているだろう。俺は今日、冬に雪が降るのか少し分かった様な気がした。
この結晶にはいろんな意味が込められている。それが地上に降り、人々に何らかの結晶を残していく。例えば、友情、家族など。俺と唯に降ってきたのは愛なのだ。
「メリー・クリスマス。秀一」
唯が呟いた。
読んで下さった方、本当にありがとうございました。
ギフト小説という企画ものに初めて参加し、この作品を書き上げました。ここまでの道のりは凄くきつかったです。これ以外に思いついたお話が四つあったのですが全てボツになり、投稿日も迫る中このお話を思いつきました。
この作品は皆さんの心が温かくなればと思いながら一生懸命書きました。随時感想お待ちしております。