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Cの2話「ノフィーネ」
 体が冷たい・・・雪のせいか?
 ・・・俺はどうなったんだ?
 確か鉄骨が落ちてきたときに、頭痛が起こって・・・、「危ない!!」の声と同時に・・・後ろから突き飛ばされて・・・って。
 はっ・・・・・・!?
 俺は目を覚まし、慌てて起き上がり、振り向く。
 そこ―――さっきまで俺が立っていた場所には、落ちた衝撃で曲がった鉄骨が折り重なっていて・・・。
 その中心には・・・、鉄骨に・・・腹を刺された少女が・・・。
 俺は思わず目をそらす。
 そうだ、思い出した。頭痛が起きたとき、俺は後ろから突き飛ばされて・・・それから気を失っていたのか?
 少女の周りには人だかりが出来ていた。中には少女に対して呼びかけをする人や、何とか鉄骨を抜こうと周囲の人と動かそうとする人もいた。
 だが、あの出血量では・・・、助からないどころか・・・既に・・・。いや、それを分かっているからこその行動か・・・。
「キミ、大丈夫かい!?」
 俺にも声がかけられる。二十歳前半ぐらいの男性だ。
「・・・大丈夫・・・です」
 なんとか答えられたが、もう精神的に、つらかった。俺はまた人を殺してしまった。
 さっきの呪いの頭痛は、きっとこれの原因だろう。 俺はもう一度、さっき目をそらしてしまった少女の死体に目を向ける。
 ・・・降ってきた四本の鉄骨の内、三本はそれぞれ誰にも当たらずに落ちていたが、残りの一本は、その少女の腹部のど真ん中に突き立っていた・・・。
 顔に当たらなかったのは、こう言っては何だが・・・、不幸中の幸いだったかもしれない。
 その少女は見たところ、高校生ぐらいだ。今時の女子高校生な服を身にまとい、綺麗な顔には、薄く化粧もされている。
 何よりその肌は、地面の雪と同じくらい透き通るように白く。整った目鼻立ちの顔にはデキモノ一つすらない。
 そして髪は、鮮やかな栗色の長髪。・・・今は乱れているが。
 俺は、昔ドラマで見たように、少女のまぶたを静かに閉じさせてみる。・・・これぐらいしか、俺が今できることは無い。
 隣では、大柄な男性たちが少女の体に刺さった鉄骨を、なんとか抜き終わったようだ。 その傷口からはもう血は出てこない。・・・あまりに無残な状態で、直視できないが・・・、

 ブンッ・・・!!

 ・・・つっ! ・・・何だ、今のは? 突然、呪いとは違った痛みと立ち眩みが俺を襲った。
 そして、しばらくして立ち眩みから復活した俺の目は、ありえないものを
―――さっき閉じさせたはずのまぶたを開け、こっちを見ている少女の姿を映した・・・!
「・・・っ!?」
 なんだ? 幻覚でも見てるのか?
 少女の顔にはまるで、不思議なものを見るような表情が浮かんでいて、しばらく俺と目を合わせていた。また、それに気づいた周りの人たちが、驚愕の目で少女を見る。 そして少女は・・・腹の傷が何ともないかのように立ち上がった。
 それを見た周囲の反応は、なにが起こったのか理解しきれていない、といった様子が半分、化け物を見たかの様子が半分、ってところか。
「お、おいキミ・・・、大丈夫・・・なのか?」
 戸惑いながらも一人の男がきく。
 が、少女は、
「はい。僕は大丈夫です。お騒がせしました」
 と、何事もなかったかのように言い、スタスタとその場から立ち去ろうとする。
 俺の手を掴みながら。
「え? ちょっ・・・何だ?」
 事態が飲み込めない俺を引っ張り、少女は困惑中の周りの奴らの間を、早足で抜けていく。
 人だかりを抜けた後も、早足・・・いや、もはや走っ て、進み続けている。
 あまりの早さに、足がもつれそうだ。
「ま、待った! ・・・どこに、俺を・・・?」
「ここから離れたところならどこでも!」
 そう言って少女はさらにスピードを上げる。
「ちょっ・・・速っ・・・」
「ゆっくりしてたら、質問責めとかにあって大変でしょ? ほら、急ぐよ」
 いや、むしろ俺が質問責めしたいところなんだが。
 結局、五分ほど全力で走ってやっと、休むことを許された。

     C

「はぁ・・・はぁ・・・」
 約五分間の全力走の結果、レストラン街のような所に着いた。
「ふぅ、ここまでくれば、もう大丈夫だよね」
 少女はあんなに走ったっていうのに、あまり疲れた様子がない。・・・化け物か?
「は、・・・速いな、足。・・・お前」
「そう? ふつうだと思うけど・・・。むしろキミの足が遅いんだと思うよ?」
 ん・・・確かに・・・、それは一理ある。
 別荘では運動なんてほとんどしなかったし・・・、太ってはいないが、筋肉は確かについていないように思う。
「ちゃんと、運動してる?」
「・・・余計なお世話だ。・・・それより、なんで俺をここに連れてきたんだ? というかお前、腹の傷は・・・」
 と、言いかけたところで気づいた。
 服の敗れたところから覗く白く引き締まった腹には、傷跡が一つさえもなかった。
 ありえない・・・、確かに鉄骨は刺さっていたはずだ。
 現に、少女の服の腹部周辺には、固まった血がベットリと付いている。
「うん、言いたいことは分かってる。・・・安心して、つれてきたことも含めて、ちゃんと説明するよ」
 俺の様子を見て、少し落ち込んだように目を伏せる少女。
「取り合えず、名前を聞いてもいいかな?」
 ・・・そういや、最後に自分の名前を人に教えたのはいつだったか。
「藤草、久郎だ」
「藤草久郎・・・。それじゃあ久郎君だね。あ、僕の名前はノフィーネ。よろしくね」
 ノフィーネ・・・、外国人か?
 腰まで届く長い髪の色は栗色。瞳の色はブルー。肌は少し色白。なるほど、まず東洋人じゃない。
「ノフィーネ、お前はどこの国の出身なんだ?」
 何気ない会話としてきいてみる。しばらく爺さんと家政婦としか会話したことがないから、どんな話題を出して良いのかは分からなかったが、多分これでいいだろう。
「え? 最初の詩うもんがそれ? まぁいいけど。え〜と・・・ヨーロッパかな・・・」
 やけに規模がでかいな。
「なんでそんなにアバウトなんだ?」
「いや〜、昔のことすぎてあまりよく覚えてないの」
 昔のこと過ぎてって・・・。
「いや、何歳だよ?」
 ほんの冗談のつもりで言ったんだが。
「うーん・・・それもわかんない。・・・あ、でも確か、子供の頃に十字軍が・・・」
 十字軍―――ヨーロッパにて、約十一世紀末から二世紀に渡って何度も派遣された遠征軍。
 って、最低でも七百年は生きている計算になるぞ。
「・・・おもしろい冗談だな」
「うん。これが、冗談だったらすごくおもしろいと思う」
 ・・・。
「とりあえず、どこか落ち着ける所で話そうよ。ここは寒いし、ボクすっかりお腹が冷えちゃったよ」
 そう言って、両手で腹部を覆うノフィーネ。
「まぁ、別にいいが・・・。その服でか?」
「えっ? あ・・・」
 そう、ノフィーネの服は血だらけで、今もさっきから嫌でも目立っている。
 どんな店へ行っても落ち着けないだろう。
「どうしようか・・・、こんなにベットリついてちゃ、ごまかせないし・・・」
 ・・・よし、こういう場合は・・・、
 俺はさっきのお返しとばかりに、ノフィーネの腕を掴み、引っ張り連れて行く。
「え、ちょっと久郎君!? どこに・・・」
 ノフィーネの手を引いて三分ほど、俺たちは目的の所にたどり着いた。迷って見つけられないかなとも思っていたが、案外あっさり見つかった。
「え? ここって・・・」
 そう、ブティック・・・と言うんだったか? 女性ものの服がある店だ。
「あ、でも・・・」
「ん? 何か問題があったか?」
 そうきくと、ノフィーネはとても言いにくそうに言った。
「・・・ごめん。ボクあまりお金持ってないんだ・・・」
 ・・・なんだ、そんな事なら。
「心配しなくてもいい。俺が買ってやる」
「え? ちょっと待って久郎君。 服って久郎君が思ってるほど安くないよ。きっと久郎君の財布の中身じゃあ・・・」
 俺の財布の中身か・・・。
「問題無い」
 俺は財布の中身―――ブラックカードをノフィーネに見せる。
「ブ、ブブ、ブラックカードおぉ!? え、久郎君って何者!?」
「ただの金持ちだ」
 といっても、この金は爺さんのだけどな。
「とりあえず、好きな物を選べばいい」
「え、でも・・・なんか悪いよ」
 そんなに遠慮する必要ないのに。というか、遠慮してその服のまま、というわけにもいかないだろう。
 ・・・仕方がない。
「・・・気にするな。これは助けてくれた礼だ。さっさと返さないと心証が悪い」
 はたして俺は、助けてくれてありがとう、なんて思っているのだろうか。
 でも、今の俺には、あの時のような、死にたい気持ちはない。
 今ある気持ちは・・・、何だろうな。
「早くしないと、俺が困るぞ」
 この言葉がとどめの一撃だ。 ノフィーネはそれでも少し迷っていたが・・・。
「うん・・・そだね。じゃあお願いするよ」
 とうとう折れた。
 取りあえず店内に入る。 ・・・入ったはいいが、俺は何をすればいいんだ。
「久郎君、久郎君」
 ノフィーネに呼ばれ、向かう。と、
「どう? 似合う?」
 頭の後ろで、その栗色の髪をポニーテールにしたノフィーネは、髪と同じ栗色のジャケット、雪のような肌と同じ白のブラウス、青いジーンズをまるでモデルのように着こなしていた。
 しばらく、呆然としていると、ノフィーネが悲しそうな声で言う。
「・・・似合ってないかな」
 俺は即否定。
「そんな事はない。ただ少し見とれていて・・・」
 でも、そうだな・・・。
「そうだ、ジーンズじゃなくてスカートはどうだ?」
「え、スカート?」
 途端に顔を少し紅潮させるノフィーネ。
「何か問題があったか?」
「え、と。その・・・無いけど。・・・は、恥ずかしいというか」
 ・・・?
「ボク、あまりスカートをはいたことがなくて・・・」
 あぁ確かに。ボクという一人称からも、自分ではボーイッシュなつもりなんだろう。
 俺から見れば、そうでもないが。
「似合うと思うぞ。きっと」
「・・・久郎君がそう言うなら、そうするけど・・・」
 よし、折れた。
 待つこと十数分。
「ど、どうかな?」
 試着室のカーテンを開けて出てきたノフィーネに、俺はつい見とれてしまった。
 先程のように、頭の後ろにはポニーテール。そしてグレーのジャケット、ブラウスは白、俺が勧めたスカートは膝上ぐらいの高さの明るいブラウンの物。
 取りあえず、さっきのような間は作るまいと、正直に言う。
「すごく似合っている。うん、可愛いと思うぞ」
「そ、そうかな・・・。お世辞でも、ありがと」
 決して世辞では無いんだけどな。
 さて、会計をすませるとするか。
 ・・・以外に安かったな。そう思うのは、ノフィーネが遠慮して安いものを選んだからか?
 それとも俺の金銭感覚が変なのか?

     C

「さて、服も買ったところで本題に入る必要があるな。さて、何を食べるか・・・」
「・・・そこは本題じゃないと思うけどなぁ」
 分かってはいるが・・・。現在八時半、今まで歩いて走って、さすがに限界だ。
「飲食店なら落ち着けると思うが?」
「それもそうだね。どこに行くかは任せるよ」
 任されたか・・・、ここは初志貫徹でいくか。
「パスタが食いたいから、いいか?」
「うん、いいよ」
 よし、それじゃ行くか。場所は・・・そうだ、昔爺さんと何度も一緒にいった店が近くにあったな。
 あそこのパスタはうまかったからな。非常に楽しみだ。

     C

「く、久郎君? パスタが食べたいんだよね?」
「その通りだが?」
 あらためて目の前の店を見る。・・・あってるはずだが?
「いや、パスタが食べたいな、と思ってくる所じゃないよ、ここ。」
「ん? パスタはイタリア料理だろ?」
 さらに再び目の前の店を見る。・・・あきらかにイタリアンの店だ。
「そうじゃなくて・・・、ここは高級イタリア料理店だよ! コースとかで出てくる!」
 その通りだ。それくらい俺も承知している。
「予約とかしてないでしょ? ふと、思いついただけなら」
「予約か・・・、そんなのは必要ないぞ」
 ここで話していてもらちがあかないので、俺はさっさと店内に入る。
「ちょっ・・・いくらブラックカード持ってる久郎君でも予約なしじゃ・・・」
 そうだろうな、他の店だったら。
「すみません、お客様。ご予約は・・・」
 出てきたウェイターはベテランそうな雰囲気を持つ男。というか、気づいてないのか?
 俺は黙って、財布に付けている指輪を、そのウェイターに見せる。
 すると、予想通り。
「・・・く、草木の中に咲く、藤の花の紋章。・・・まさか、久郎様か? すみません私、あまりの成長ぶりに気付けませんでした。大きくなられて・・・」
「久しぶりです真田さん。・・・四年ぶりですか? 変わりませんね」
 目の前の人物は、俺の記憶の中と何ら変わってないように思えた。
「はっはっ、若い人たちとは違って、数年くらいでは変わりませんよ。・・・ところで、そちら方は・・・いや、野暮なことは聞きますまい。・・・少しお待ちください。今、シェフを呼んで参ります」
 急ぎつつも優雅に歩く真田の様子も相変わらずだ。
ツンツン
 後ろからノフィーネにつつかれたので、振り向く。
「・・・ホントに久郎君って何者?」
「だから、ただの金持ちだ。ま、こうして予約もなしで食べられるのは、三十年ほど前、ここが開業するときに、爺さんが資金援助をしたからだが」
 シェフや開業当初から勤めていた真田さんは、その恩を今でも感じてくれているらしく、俺にも親切に接してくれていた。
 と噂をすれば、厨房の方からシェフの多川さんがやってきた。
「久郎君! 久し振りだねぇ!」
 多川さんが右手を差しだし握手を求めてきたので、俺はそれに応じる。
「お久しぶりです多川さん。・・・すみませんお忙しい中」
「いやいや。懐かしい顔が見えたら会いに行く、それが私のポリシーだからね。それに気にしなくてもすぐ戻るよ。クリスマスは忙しくてね。・・・そういえば、重蔵さんは・・・」
 重蔵ってのは爺さんの名前だ。
 ・・・電話でのことを思い出してしまって、悪い気分が俺の中に戻ってくる。
 だが、今だけは・・・、その感情を抑えるべきだろう。
 取りあえず無難に答える。
「ちょっと体調を崩して入院してます」
「そうか・・・。元気になられたら、是非とも来てほしいものだ。・・・さて、そろそろ私は戻るよそちらの・・・お嬢さんもゆっくりしていってください」
 そう言って厨房に戻った多川さんと入れ替わりに、真田さんが来た。
「それでは、席にご案内します。こちらへどうぞ」
 とりあえず、俺とノフィーネは、真田さんが案内する席に着こうと動いた。


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