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Cの1話「藤草久郎」
 突然だが、俺は呪われている。
 いや、もしかしたら、俺自身が呪いの根元なのかもしれない。
 その呪いは、縄で頭の中を締め付けられるような頭痛と共に起こり、周りの人間を殺してきた。
 
 その呪いの始まりは俺が7歳のころ。デパートに買い物にいった帰り道、俺の母さんが歩道に突っ込んできた暴走車から俺をかばってひかれた。母さんはその晩、病院で死んだ。
 そして父さんも、俺の8歳の誕生日とき、家に押し入って来た強盗に刺されて、強盗が逃げた後救急車を呼んだが、社内にて息を引きとった。
 早いうちに両親を亡くした俺は母方の爺さんの家で過ごすことになった。
 後で聞いた話によると、爺さんは自ら俺を引き取りたいと申し出たらしい。実際、爺さんは俺を歓迎してくれていた。
 爺さんは有名な資産家で、家は、外周するのに十分以上かかるほど広い。ここに来たころはどこのテーマパークかと思ったほどだ。実際、迷子に何度もなった。
 今思えば、もしかしたら爺さんは俺に家督を継がせるために、俺を引き取ったのかもしれない。爺さんの血を引くのは一人娘だった母さんの息子である俺だけだ。
 いや、そう言ったら爺さんに失礼だな。爺さんは本当によくしてくれた。
 俺が何かを欲しがれば、テストの高得点や短距離走の一位なんかの見返りに買ってくれたし、俺が物を壊したら、叱られはしたが、謝ったら許してくれた。
 ただ甘やかすだけでなく、俺を育ててくれた。
 だが一方、その間も俺の呪いは止まることを知らなかった。
 小学五年のとき、プールで同級生が死んだ。
 中学二年のとき、部活で先輩が死んだ。
 中学三年のとき、引きこもった俺のために爺さんが雇ったハウスメイドが死んだ。
 そして、それら全てに俺が関わった。これで俺は何人の人を殺してきたのか。
 だからある日、俺は爺さんに告げたことがある。
 「死にたい」と。
 そんな俺を爺さんは本気でぶっ叩いた。そして泣いてくれた。
 爺さんは俺のことを理解してくれていたから、街から少し離れた山のふもとにある別荘に、俺を一人で住まわせてくれた。
 人と会うのは、生活必需品や食べ物を届けにくる爺さんと数分だけ。
 ただ養ってもらうだけじゃ悪いからと、爺さんから学んだデイトレードもなかなか様になってきた。
 人と会わず、一日を過ごす。万事順調・・・のはずだった。
 爺さんが意識不明の重体で、入院するまでは。

     C

「・・・はい、お願いします。それでは」
 俺、藤草(ふじくさ)久郎(くろう)は手に持った受話器を静かに下ろした。
 電話は本家に勤めている家政婦からで、内容は爺さんが大けがで入院した、という予想だにしないことだった。
 俺はしばらく呆然としていて、前半はよく聞き取れていなかったが、おそらく、爺さんは車でこっちへ来る途中に、トラックに衝突されたらしい。
 しかもかなり危険な状態らしく、助かる見込みは五分五分なんだそうだ。
 とりあえず今は、その家政婦が爺さんが爺さんのそばについているらしい。
 俺はしばらく電話の前から動けずにいて、壁にかかったカレンダーを見る。
 今日は12月24日。クリスマスイブ。
 本当なら、今日は爺さんが似合わない三角帽をかぶって、わざわざ俺へのプレゼントを持ってきて、変なイントネーションの英語で「メリークリスマス」とか言ってただろう。
 それだけじゃない、今年は俺も爺さんへのプレゼントを買っていた。今も机の引き出しにしまってある。それが・・・どうしてこんなことに。
 いや、理由は分かっている。どうせ俺の呪いだろう。今回はなぜか頭痛がこなかったが・・・。
 しかし、こんなの俺の呪いに決まっている。俺の呪いは爺さんにまで手を出した。
 この呪いが何なのかは知らないが、どれだけ俺の大切な人たちを奪えば気が済むのだろうか。
「・・・もういやだ。こんなのは」
 そして俺は、前に一度断念したことを、もう一度すること思い出した。
 そう・・・『自殺』だ。
 そうと決まれば、俺は財布だけを持って別荘の外に出る。
 外は静かに雪が降っていた。木々や地面には一面雪が降り積もっていて、コートを着ているにも関わらず、かなり寒かった。
 さて、俺はどこに行こうとしているのか?
 ただ、野垂れ死ぬなら、山の奥に向かって歩けばいいはずだ。
 しかし、俺の足はその逆、街の方に向かって歩いていた。
 死にたくないわけじゃない。
 だけど、死ぬ前に一度、街や人を見たかった。そして、どこかの店で外食して、ゲーセンで遊んで・・・、俺の歳、十六歳らしいことをしたかっただけだ。
 街までは、通常時でも歩きだと一時間はかかる。さらにこの雪だ。プラス三十分はかかるだろう。
 ザリッ、ザリッ、っと歩く度に雪が鳴る。一応、舗装はされているとはいえ、雪の中の山道とは、非常につらい。運動不足のこの体には非常にきついものだ。
 だが、不思議と疲れがない。いろいろと麻痺しているのだろうか。 機械的に歩きながら、いろんなことを考えていた。
 爺さんは助かるだろうか?
 自殺というのは、どうすればできるのだろうか?
 最後の夕食は何を食べようか?
 そういえば、昔、爺さんと『最後の晩餐』を見に行ったことがあったな。
 あのとき食べた本場のパスタはうまかったな。爺さんはものすごい高いワインを何本も飲んでたな。全然、酔ってなかったけど。
 ・・・爺さん、大丈夫かな。
 いや、爺さんのことは忘れよう。
 これ以上爺さんについて考えたら、覚悟が鈍りそうだったから、俺はなにも考えず歩くことにした。

     C

 街についた・・・。
 俺の足はもう既にガクガクだったが、街に対する好奇心がそれを上回り、気づけば自分がどこにいるのかさえ全くわからなくなってしまった。
 これがクリスマスムードってやつか、街のいたる所にイルミネーションがあり、広場の真ん中にはクリスマスツリーが立っている。
 町には気のせいかカップルが目立つ。って、当たり前のことか。
 街角に立ってチラシを配っているサンタ。こんな日でも路上ライブをしている若者。笑いあいながら話し合っている学生たち。そんな生き生きとした人の中にぽつんと死のうとしている俺一人。
 俺は妙な孤独感を味わっていた。・・・もしかしたら俺は、最後の時ぐらい他の人と一緒に過ごしたいのかもしれない。
 だが、そんなことは願っちゃいけない。一緒にいればその人が死ぬ。
 俺は孤独感を違った幸福で埋めることにした。
 まずは、何か食べに行くとしよう。パスタとか・・・最後の晩餐を・・・、
 そう思っていた時だった、

 ガコォン!!

 何だ・・・、今・・・頭上から変な音が聞こえた。
 俺は顔を上に向け、その音の正体を、探ろうとした。
 そして知った。
 頭上にあるビルの工事中の部分から、長くて太い三、四本の鉄骨が、俺に向かって、落ちてきているのを。
 完全に直撃コース。鉄骨が真上に見えて、その真下に俺がいる。間違いなく当たる。
 ・・・なんなんだろうこれは、確かに俺は死のうと思った。だけど、まだ街に来たばかりだ。まだ何もやっていない。何もやれていない。
 あぁでも、ま、これでいいか。
 自分で手を下さずに死ねるんだ。楽でいい。あれに潰されて死ぬとしよう。
 そう達観すると、落ちてくる鉄骨が、やけに遅く見える。
 避けようと思えば避けられるような気がする。が、俺は動く気がない。
 これでいい。どうせ自殺しようとしても、ためらってしまうに違いないから。
 視界の中の鉄骨は、まだビルの中程の高さにある。
 まだ落ちるには時間がありそうだ。
 もしやこれは、神様なんかがくれた、死ぬ前の走馬灯を見る時間なのかもしれない。
 俺は残りの時間を、これまでの人生を思い返すことに使おうとした。だが頭に思い浮かぶのは・・・、
 爺さんは大丈夫だろうか。
 あの鉄骨に潰された俺の体は、どうなるのだろうか。
 死ぬってのは痛いのだろうか。
 俺の死体を見て、トラウマになる人がいるのではないだろうか。
 そういった事だけが、頭に浮かび消えていく。
 ははは・・・、なんだこれ?
 思い浮かぶのは過去のことじゃなく、未来のことだけじゃないか。
 これじゃあまるで・・・、まだ生に執着があるような。
 俺は・・・、俺は・・・・・・、俺は・・・・・・・・・!

 生きたい・・・のか?

 そう思った瞬間、さっきまで止まっていたようだった鉄骨が、急に加速を始めた。
 俺はとっさに足を動かそうとしたが・・・、
 ズキンッ!
 くっ・・・! こんな時に、呪いの頭痛か!?
 しかも、今までに感じたことがないほどの、強い痛みだった。
 その痛みに、俺はふらつかずにはいられず。
 そんな体たらくで、思い通りに体が動かせるわけもなく。
 鉄骨が降りかかってくるのを避けることはかなわない・・・!
 くそっ・・・たれ・・・!

「危ない!!」
 薄れゆく意識、誰かの声を聞いた気がした。
 だが次の瞬間、俺の耳に鉄骨が落ちた音が響き、その声の余韻をかき消した。


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