6.一つの、答え
目を開けると、蛍光灯の点いた天井が見えた。最後に見たのは、校舎を出たすぐのところで夏目と小百合が待っていたところだ。心配そうな表情の二人を見た途端、力が抜けた。同時に意識も失ったのだろう。夏目が手を伸ばすのが視界に過ぎった。
「ここは…?」
「保健室よ」
近くから小百合の声が聞こえた。どこにいるのかと顔を横に向けると、すぐ近くに小百合はいた。僕はベッドに寝ているようで、小百合は高さからすると、椅子に座っているのだろう。
小百合から視線をずらすと、小さな個室にいることがわかった。特設の休養室といったところか。夏目と智哉の姿はない。
「夏目くんは外で待っているわよ。見られたくないでしょ? 弱っている姿なんて」
その通りだった。親が子供に弱い姿を見せたくないのと同じだ。絶対的に保護する立場の者は強くてはならない。たとえ、外見だけでも。
無言を同意と取ったのか、小百合はフフッと笑った。少し悲しそうな笑顔なのが気になる。
そして、智哉はどこにいるのか。
「小百合?」
「由宇、あなたのことが好き」
また突然の告白だった。前は智哉と同時にされたが、今回は一人だった。ああ、だから今、小百合は一人でいるのか。
「…ごめん」
数時間前に用意した台詞を声に出した。それは予想されていたようで、小百合はさっきと同じ悲しい笑みを浮かべた。
「わかってたの。私は夏目くんと同じだったから。ただ、甘えていただけだったから。そんな私は恋愛対象にならないのは当然よね。さっき夏目くんに由宇の決心を聞いたの。だから、ね」
だから今言った、ということか。納得したら安心して、ふっと目を閉じた。あれこれ悩んでみても、答えは一つしか用意されていなかった。今は小百合がまだ僕のことを好きだということが確認できて良かった。僕はそれを受けることができなかったけど。
ふと、唇に柔らかいものが当たったのを感じた。慌てて目を開けると、そこには小百合の顔があった。近い。
今、僕は小百合にキスされている。
それは数秒のことだったはずだが、長く感じられた。不思議と、快感も不快感もない。離れた唇は、後に何も残さなかった。
「思い出にね」
小百合はいつものように笑った。嘘で塗り固められていない表情。小百合にとっては良い結果じゃなかったはずなのに、それでも笑っている。
救われた気がした。小百合も、僕から離れたりはしない。
「友達でいてくれるの?」
「もちろんよ。私は怖かったの。もうそばにいれなくなることがね。でも、恋人じゃなくても由宇といれるなら友達で良かった」
「僕は君が夏目の位置で好きだったから、離れたくないのは同じだよ」
つまりは家族のようなもの。小百合は言外の言葉を理解したようだった。本当に、夏目と小百合は、本当の弟妹と同じような感覚で付き合っているような気がする。実弟も僕に甘えているから。案外、家族の方が恋人よりも良い関係なのかもしれない。家族には終わりがない。
でも、僕は恋愛として自覚している人がいる。
「じゃあ、そろそろ行くわね。また、後処理はまかせておいて」
また、というのは『あの事件』と同じように、ということだろう。あのときも小百合は上手く事を収めた。小百合にまかせておけば確実だ。
もう少し休んでいてね、と小百合は言い残してドアを閉めた。静寂が辺りを包んだ。まだ完全に回復していないことは身体の重さからわかる。また小百合が迎えにくるまで寝ていようと決めた。
目を閉じて暫くすると、ドアの開く音が聞こえた。
「小百合、何か忘れ物?」
「小百合は夏目とどこかへ行ったけど」
聞こえた声に慌てて体を起こした。急に起きたために一瞬頭がクラッとする。勢いのままに倒れるな、と思っていたのにその衝撃はこなかった。背中に感じるのはあの手の感触だけ。
「なんでそんなに驚くかな」
呆れたような、苦笑を滲ませた智哉の声は耳に心地良かった。これが恋心というものか。照れを隠しながら、なんとか支えられながらも体を起こした。
背中に枕を挟んで凭れると、体勢は楽になった。寝るのにも体力を使う。もう起きている方がいいみたいだ。
ほっとして智哉の顔を見ると、智哉の視線は口元にあった。凝視していると言っていい。
「智哉?」
「小百合とキスした?」
返事に詰まったのを見て、智哉は溜息を吐いた。隠していても仕方ない。別にやましいことではない。…多分。
「うん」
「口紅が付いてる」
ここ、と智哉は自分の唇に人差し指を当てた。唇に小百合の口紅が付いていたら、その付いた経緯はすぐに推測できる。
その唇を拭うことなく、口元に笑みを浮かべた。
「小百合に告白された。夏目に僕の決心を聞いたらしくてね」
それでどうしたのか、という智哉の無言の問いに笑みを深くして答えた。つまりは無回答。
今ははぐらかしておく。智哉も夏目から聞いているはずだから、これからの行動は智哉次第だ。目だけで、智哉に発言を促した。
たとえ、智哉の答えが僕の望むものでなかったとしても後悔はしない。 |