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最後の最後に逢う運命
作:樒 麻容



5.答えを、見つけた


 一面に広がるのは鏡だった。迷路のようになっているものではなく、ただ両方の壁一面に鏡があった。何重にも映し出され、それは無限のように思えた。出口が見えない。
 汗が吹き出た。この汗は冷や汗だ。量が異常だった。一歩歩くごとに僕の虚像は増えていく。それに比例して身体が重くなっていくのを感じた。
 少し休もうと、床に膝を付いた。汗が床に雫となって落ちていく。
「自分が大切なだけのくせに」
 また、あの声が聞こえた。頭の中をぐるぐると回る悪意の滲む声。そう、僕は純粋なんかじゃない。小百合と智哉は純粋だと言ったけど、それは間違いだ。
 何が正しいかなんて、もうわからない。
 智哉。
「なぜお前があの二人と…」
「それは僕がいたいからだよ」
 澱んだ声を断ち切るかのように、声が重なった。幻聴かと思った。今ちょうど思い浮かべていたから。
 鏡には智哉が映っていた。後ろを振り向くと、確かに智哉はいた。手を伸ばすと、当然のように受け取ってくれた。
 小百合とは違う体温と感触。何度も触れたことのある手は、今になって触れた箇所から熱を帯びた。
 僕が望んでいたのは、この手だ。
「真弓の次は周防か? 汚らわしい」
 ビクッと震えたのが手から伝わったのか、智哉はしゃがんで僕の背中に片手を回した。温かかった。繋いだ手も、回された手も、どちらも優しかった。
 縋ると、戻れなくなりそうだった。
「由宇は僕達にとって必要不可欠なんだ。由宇がいなければ、今の僕達はない。由宇が汚いだって? 自分のことは綺麗だと言えるの?」
 声は沈黙した。誰だって、汚い部分を持っている。それがないという人は、ただ無自覚なだけだ。欲がなければ人は生きてはいけない。そこに犠牲は必ずある。食べることだって、何かを犠牲にして成り立っている。
 人が人を否定するのなんて、根本的には無理なんだ。程度の差はあるから、罪人は裁かれる。ただ、それだけのこと。
「由宇、大丈夫?」
「大丈夫…じゃない。心理的にはマシになったけど、汗を掻いた分、水分が抜けて体がだるい」
 立ち上がる気力がなかった。まだ鏡に囲まれていて、嫌な汗が出た。今更ながらに気がついたが、智哉に寄りかかっていたら汗が智哉についてしまう。慌てて離れようとしたのを、智哉は手に力を込めることで抑えた。
「何?」
「いや、僕の汗がすごいから離れた方が良いかなーと」
「動けないくせに何言ってんの。この状態は嫌?」
「正直言って、かなり楽」
 支えられている、というのが感じられて、本当に楽になった。心理的なものは不安が取り除かれると身体が軽くなる。しかし、今回は水分がかなり抜けたせいで、身体を動かすのが億劫だった。少し脱水症状に近い。
 智哉は携帯電話を取り出し、短縮でどこかにかけた。
「夏目くん? 由宇が気分悪くなったから、休養室に運んでもらえる? …じゃあ、今から出口に向かうから」
 通話は終了し、智哉は電源を切った。遣り取りからわかるのは、夏目に電話をしていたことと、これからのことについて話していたということだ。
「夏目?」
「うん。僕が運べたらいいんだけど、同じ体格だからね。夏目くんが運んでくれるそうだから、とにかくここから出よう」
 智哉は背中に回した手で反対の脇を掴んだ。自然と繋いだ手は外れた。手持ちぶさたの手を開いたり閉じたりしていると、智哉はくすりと笑った。
「不安? じゃあ、こっちの手を持っておいて」
 脇の下からひらひらと振られる手を掴んだ。言われたとおり、不安だったようだ。智哉の手に触れていると、あの恐怖は襲ってこない。
 少し回復したのが見て取れたのか、智哉の合図で立ち上がった。うん、なんとか歩ける。とにかくここから出ないと、とりあえずの解決にはならない。早く、この無限に見える道から離れないと。
「もう、終わったんだよ」
 智哉は安心させるために言ったのだろう。でも、そうは思えなかった。
 何も終わっていない。ただ、智哉に助けられただけ。そして、智哉のことが好きだと気付いただけ。
 これは始まりにすぎない。












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