1.そう、決めたから
『由宇が好き』
付き合っていると思っていた二人から突然告白された。
クラス、ひいては学年中で容姿が整っていると認められている美男美女の二人と友人になったのはその数日前。
それから厄介な事件に巻き込まれて、それが解決したその日の帰りに言われた。そのとき、思わず「友達から始めよう」と言ってしまったのは記憶に深く残っている。
ただ、答えを先延ばしにしたにすぎない。
まだ、答えを出せずにぬるま湯に浸かっている。
「二年…か」
夢で見た過去は目覚めても鮮明だった。忘れたことなんてない。
毎日会っているのに二人は文句一つ言わなかった。だから、このままでいたかった。
しかし、いつか終わりがくることはわかっている。
そのとき、二人が離れていっても後悔しない心の準備がしたかった。二年経った今でも、僕を好きだと言ってくれるとは限らない。
今は、本当にただの友達にすぎない。
「由宇、須賀由宇、法学部一年の須賀由宇……」
「起きてるよ」
だんだんと詳しくなってくる僕の説明を打ち切った。
思い出した。今、僕は高校からの、『あの事件』から仲良くなった、今では親友の真弓夏目と同居している。といっても、それは一時的な同居だった。高校三年のときに夏目の両親が亡くなってから、度々夏目は不安定になった。精神的にも肉体的にも何かに追い詰められているように感じられる、そんな不安定さ。それが自分にも痛かった。
それは時が経つにつれて間隔は大きくなっていたが、まだ完全ではない。そんなとき、僕は夏目が壊れないように側にいることにした。たとえ、それが自己満足であったとしても。
今回、数日前に夏目の両親の命日があったため、一緒にいた。夏目は落ち着いたようだったので、今日家に帰る予定だ。
「今日の朝ご飯は何?」
「智哉さん直伝の和食です」
部屋を出たすぐのところに簡易テーブルと四脚の椅子が設置されていた。テーブルに並んだ小鉢には、煮物、煮魚、和え物など和食で占められている。茶碗には炊きたてのご飯がよそってあり、お椀は赤味噌の味噌汁が湯気を立てていた。夏目はすでに座って待っている。
僕に告白した一人、周防智哉。彼は和食を得意としている。男から告白されたことはこの際関係ない。『付き合っていたと思っていた二人』ということに衝撃を受け、先入観が変に邪魔をして、智哉が男だというのは気にかからなかった。
「…そろそろ決着をつけないといけないのかもしれない」
「小百合さんと智哉さんのことですか?」
夏目の問いに頷きだけで答えた。夏目の丁寧な言葉遣いにほっとした。これがいつも通り。それが変わるなんて考えたくなかった。
夏目の向かいの椅子に座り、両手を合わせて「いただきます」を言ってから味噌汁に口を付け、一口飲んだ。温かさが身体に染み渡るのを感じる。
「周防智哉、諏訪小百合。今でも僕を好きなのかな」
「疑うのは止めたんじゃなかったんですか」
「疑うのはね」
曖昧な返答に、夏目は怪訝な顔をしただけだった。自分でもよくわかっていないのだから、明確な答えなど出せるはずもない。疑うことは確かに止めた。しかし、疑問は残っている。信じてはいるが、心のどこかで不安に感じている。
これは朝の食卓に上る話ではない。夏目を不安にさせる要素は極力避けるべきだ。どうせ、嫌でも大学に行けば二人に会う。
「今日は学祭だったよね」
「そうです。由宇、話を戻して悪いんですが、これは言っておくべきだと思いますので」
夏目は硬い表情で、目線を下へと遣った。言い難い内容なのは想像に難くない。
夏目が話し出すまで気長に待つことにした。おかずも温かい内に食べるに限ることだし。もぐもぐと口を動かしていると、夏目の息を吸う音が聞こえた。
「また厄介なことになりそうです」
「何?」
「あの事件に類似するような」
夏目が、言い難いが言っておくべきだと判断した理由がわかった。この場合、『あの事件』が指すのは一つだけだ。
夢で見た、四人を結びつけることになった事件。
「全て噂なんです。小百合さんと智哉さんは付き合っている。僕と由宇は一緒に住んでいてデキている。小百合さんと智哉さんと僕は由宇に同情して一緒に行動している。…由宇は邪魔だ、と」
「見事に類似しているね」
素直な感想だった。不快に思う前に、二年前に似すぎているところに驚いた。不快に思っていないことに安心したのか、夏目は薄く笑った。夏目も整った顔立ちで、好青年を地でいっている。智哉と小百合といても僕よりは不自然ではないだろう。僕は「凡人」の域を出ていない。それが周りには不満なのだ。また、それが引き金となって誰かを苦しめるのだろうか。
その誰かは、僕であればいいのに。
「あのときは、僕が智哉と小百合の友達になったのが気に入らなかった、とかだったような」
「そうですね」
『あの事件』を簡単に言ってしまえば、皆『言葉』に惑わされただけだった。『今できることをやれ。自分のアイデンティティーを守るために』。思春期の生徒には麻薬のような言葉だった。悪いことを正当化する術として、それは働いた。そして、僕達は巻き込まれた。まずは夏目が八方美人というのが偽善だと難癖を付けられて犯人に仕立て上げられ、次に僕が小百合たちと一緒にいることが気に食わない人物、小百合と智哉のファンによって刃物で切られそうになった。結果的には小百合が事を収め、その事件が僕が智哉と小百合と一緒にいる理由になった。その後、二人の僕に対しての感情は友情ではなく恋愛感情だと知り、今に至っているわけだけど。夏目はそれより少し後で親友になった。
運命とは数奇なものだ、とつくづく思う。
「このことは二人も?」
「もちろん知っています。小百合さんなんて、由宇がいないときは冷たい笑みを浮かべたりしていますから」
明らかに怒っている。その様子が目に見えるようで、苦笑を浮かべた。夏目も困ったように笑い、それで、と続けた。
「今になって言ったのは、それが由宇に向かってきそうになったからです」
「…本当に決着をつける時期に差しかかったということかな」
あの夢は前兆だったということか。水面下で進行していたことは、今になって僕を巻き込む。今まで隠していた三人の気遣いはわかるが、除け者にされていた感は否めない。
最後の最後、僕はどちらかを選べるのだろうか。
「夏目だけは離れないってことが救いだね」
「まあ、僕と由宇は家族みたいなものですから。ね、由宇お母さん」
夏目はよく僕との関係を『親子』と言う。確かに両親が亡くなったときに側にいた、代わりのようなものだったのだから、それは間違いではない。しかし、何故「父」ではなく「母」なのか。…訊かない方が良いのかもしれない。
「由宇、決着をつけるということですが、もう選んでいるということですか?」
「まさか。決まっていたら二年も延ばしたりしない。でも、決めないと。それが二人を選ばないという結論であっても」
もう二人を解放しなければならない。僕に告白したからという鎖がどこかにある。だからこそ、二人はこの二年間誰とも付き合っていない。本当はもう僕に恋愛感情はなくても。
ぬるま湯は、出たときに嫌でも冷えを感じる。
「今日、全てを終わらせる」
『あの事件』を解決したとき、小百合が言ったことを真似た。
現在午前八時。残り時間は十六時間を切った。 |