第百四十三話 怪盗を求めてその七
「秋田犬って狩りに使った犬だし」
「ああ、だからあんなにしっかりした体格なんだ」
「それでだったのね」
「それで土佐犬はさ。闘犬だし」
この時代でも闘犬というものはある。ただしこの時代では賭けやそういったものではなく多分にレスリング等のように犬同士のスポーツとして考えられている。もっと言えばドッグレースやそういったものとして考えられているのである。連合では動物愛護の精神が徹底しているからである。
「やっぱり。怖いよ」
「特に土佐犬はそうみたいね」
「闘犬だからねえ」
「身体も相当大きいし」
しかもなのだった。
「そんなのがいきなりにゅっと出て来たらね」
「それこそ危ないよね」
「確かに」
皆そんな話をしていた。とにかく秋田犬が出ても土佐犬が出てもいいように気構えはしていた。しかしここで家の中から出て来た言葉は。
「こら、ベートーベン」
「ベートーベン!?」
「ってあの!?」
皆ベートーベンという名前はわかった。言うまでもなくあの音楽家である。なおその国籍についてはこの時代でもドイツかオーストリアか議論がある。
「どう見てもこのお家に合ってる名前じゃないけれど」
「何なのかしら」
「全く。散歩散歩と五月蝿い奴だな」
困った顔をして玄関から出て来たのは。
セントバーナードだった。かなり大きな。和風の門にかなり不似合いなその犬がここで出て来たのである。そして声の主もそこにいた。
「うわっ、これはまた」
「突っ張ったお兄さんね」
ちょんまげにしているアジア系の若い男であった。目は緑だがそれでも顔立ちはアジア系であった。何と頭をちょんまげにしているのだ。
連合ではちょんまげはかなり過激な、不良でも相当気合が入った者しかしない髪型とされている。他にそうした髪型としてはモヒカンや辮髪がある。
「それで羽織袴って」
「傾いてるわね」
「あれっ、あんた達」
その究極に突っ張った兄ちゃんが彼等に気付いた。
「何でここにいるんだい?」
「ああ、それはですね」
「実は」
「ああ、そうか」
しかしここで兄ちゃんの方から言ってきたのだった。
「サインだよね」
「えっ!?」
「サインって!?」
「だから君達僕のファンなんだろう?」
しかも一人称は僕であった。外見に似合わず意外と紳士のようである。
「だからサインを貰いに来たんじゃないの?」
「サインっていいますと」
「一体?」
しかし彼等はそれを聞いてもかなりわからない顔になってしまっていた。
「何かこの人有名人なのかな」
「誰だったかしら」
「あっ、確か」
ここで声をあげたのは七海だった。
「ちょんまげしてるアバンギャルドな漫画家さんで」
「漫画家さん!?」
「そうよ。橋爪潤一郎」
この名前を出すのだった。
「確かこの辺りに住んでるって聞いたことがあったけれど」
「僕がその橋爪潤一郎だけれど」
そのちょんまげのお兄さんがまた述べてきたのだった。
「あれっ、知らなかったの?」
「橋爪潤一郎って確か」
「そうだよね」
皆その名前を聞いて思い出したのだった。やはり名前が出ればそれでわかってくるのだった。
「あの売れっ子少女漫画家だったよね」
「売れっ子かどうかは知らないけれどね」
橋爪は笑いながら彼等に述べてきたのだった。
「僕がその橋爪だよ」
「やっぱり」
「それで何の用かな」
あらためて彼等に問うのだった。
「サインかな。やっぱり」
「あのですね」
「実は」
その彼に対して話すのだった。そして橋爪もその話を静かに聞くのであった。この大騒動もようやく終わりが見えようとしていた。
怪盗を求めて 完
2009・6・15
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