第二百四十五話 舞台でその五
「逆だったけれどね」
「それをです」
「代えたいのですけれど」
「代えたいの」
「替えるでしょうか」
明香は何気に言葉を訂正させた。
「とにかくです」
「普段とは違う役をやりたいのね」
「はい、そうです」
「新しい役をしてみたいんです」
今度は明香だけでなくだ。彰子も言った。
そしてそのうえでだ。また先生に言うのだった。
「あの、それで」
「御願いできますか?」
「私は先生よ」
先生はだ。笑顔になってだ。二人に対して言った。
「先生はどういうものかわかるかしら」
「先生はですか」
「どういったものかですか」
「そうよ。先生はね」
その教師といったものがどういったものか。それを話すのだった。
「生徒のそうした向上心を伸ばすのが義務なのよ」
「だからですか」
「新しい役に挑戦するのは」
「どんどん挑戦しなさい」
先生は温かい声で話した。
「それを止めはしないわ」
「有り難うございます」
「それじゃあ」
「ええ。ただ」
「ただ?」
「ただっていいますと」
「問題はどのオペラのどの役を歌うかね」
具体的な話になった。ただそうした役を歌いたいと言うだけでは何にもならない。どの作品のどの役を歌うか。要点はそこであった。
「それだけれど」
「私はズボン役で」
「私はドレスですけれど」
彰子と明香はそれぞれ言った。それまで毅然としていたが今は少し戸惑いめいたものを見せていた。実は二人はどの作品かまでは考えていなかったのだ。
「ソプラノでズボンを穿く役で」
「ドレスは多いですよね」
「そうね。ここは」
先生は二人が姉妹であることはよく知っていた。そこからだ。
彼女達にだ。あらためて話した。
「いいオペラがあるわ」
「っていいますと」
「そのオペラは」
「リヒャルト=シュトラウスよ」
題目から話す先生だった。
「あの音楽家でね」
「薔薇の騎士ですか?」
「それですか?」
「それも悪くないけれど」
言外にはっきりとだ。その作品ではないという先生だった。
「他の作品がいいわね」
「薔薇の騎士でなくて」
「他の作品といいますと」
「薔薇の騎士は上演が多いし」
名作だからである。リヒャルト=シュトラウスの最高傑作とも言われている。とりわけ主人公の元帥夫人に人気が集っている。
「ここはオーソドックスは避けてみたらどうかしら」
「オーソドックスはですか」
「それは」
「そう。彰子ちゃんは確かにソプラノだけれど」
彰子の声域についても話すのだった。
「明香ちゃんに比べて声域が高いし」
「それもあるんですね」
「ええ。それでオクタヴィアンは少し合わないから」
薔薇の騎士のズボン役だ。大抵はメゾソプラノが歌うがソプラノ歌手も歌わないわけではない。だが彰子が歌うには合わないというのだ。
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