第三十五話 十三日の月曜日その二
「神懸かり的な不幸にあってんだがよお」
「はい、だからです」
「百年に一度一兆人に一人がなるっていう不幸か」
「まだまだこれからです」
セーラは彼に語る。
「一日ははじまったばかりですので」
「きついな、おい」
「御安心下さい」
しかしセーラはそんな彼に対して言う。
「安心していいのかよ」
「そうです。一日だけですから」
「どっちにしろ逃げられないのかよ」
「いえ、それは違います」
ここからがセーラの本領発揮であった。彼女は述べる。
「一日はブラフマーの一日のほんの切れ端の切れ端に過ぎないのです」
「そりゃどういう意味だ?」
洪童には彼女の言葉がさっぱりわからない。だがマウリア哲学とは実に奥が深い。仏教を忘れ去ったと言われているがそれは違うのだ。マウリアにおいては仏教はヒンズー教の一派なのである。従って仏教も忘れてはいないのだ。なこれを聞いて即座に理解できる連合の者はあまりいない。何を言っているのかわからなくなるからだ。話が読めなくなってしまうのである。これがマウリアなのだ。
「それこそブラフマーが瞬きする間の動いた瞬間です」
「それだけか」
「はい、それだけのことです。いえ、もっと少ないかもしれません」
話が途方もなく大きくなっていく。マウリアの時間の概念は特別だ。
「そもそもブラフマーの一日は宇宙の目覚めから終わりまででして」
「どんなスケールなんだよ」
ここまでくると想像がつかない。
「ブラフマーはそれを途方もなく繰り返すのです。私達はその中にいます」
「じゃあれか」
洪童はそこまで聞いて述べる。
「俺の今日っていう馬鹿げた不幸もブラフマーの一日の欠片程もないものなのか」
「その欠片の欠片の欠片よりも小さいものでしょう」
大きいのか小さいのかわからない。
「ですから御気になさらずに。それに」
ここからもマウリア哲学の真髄だ。
「前世の巡り合わせのせいです。心配することはありません」
「前世か」
「人はあらゆる世界で輪廻転生しています」
マウリア哲学の特徴である輪廻転生だ。人々はその中で幾度も生まれ変わりを続けているという。仏教にもこの思想はある。これもまたヒンズー教の一派であるから当然というのがマウリア人の考えだ。日本の仏教学者はマウリア人のその話を聞いて中々理解しにくくて困っていたりする。
「ですから」
「ああ、もうわからねえけれど気にするなってことだな」
「そうです」
一言で言うとこうなる。
「何が起こっても。心配することはありません」
「わかったよ」
無理矢理納得することにした。しかし。不幸は納得できなかった。
一時間目は体育だ。グラウンドでラグビーをやる。雲一つない。ところが。
落雷が彼を襲う。それも直撃だ。
「晴天の霹靂って本当にあるんだ」
スターリングがそれを見て呟く。
「まさかとは思ったけれど」
「何処に雷雲があったんだ?」
皆まずはそれを探した。
「何処にもねえよな」
「何で雷が」
「俺の運がないせいらしい」
洪童は皆にそう答えた。
「それだけだ」
「そうか」
「納得できないがな」
「安心してくれ」
洪童は皆に対して述べる。
「俺も納得なんかしていない」
「そうか」
「ああ」
答える。真っ黒になったまま憮然としてそのまま授業を受けた。
二時間目は化学だ。しかも実験だ。
「実験、か」
それを聞いて嫌な予感がした。
「またどうせ」
実験はマグネシウムを燃やす実験だ。ところがここで予想通りの事態になった。
火を点けたところで何故かガス漏れがあって引火した。洪童だけが爆発した。
「今度は火かよ」
またしても真っ黒になり呟く。
「立て続けによくよ」
「御前よく生きてるな」
皆が呆れながら彼に言う。
「雷が落ちて爆発が起こって」
「俺もそう思う」
洪童も述べる。
「何が何なのかな」
それでも授業は受ける。しかし実験室から教室に戻る前で思いきり滑った。そのまま窓を突き破ってまっさかさまに落ちる。落ちたのは野外プールであった。そこの床に頭をぶつける。それでも生きていた。
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