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第二十九話 どちらが先にその四
「困ってるんじゃない」
「仕方ないわね」
 何か優しい気持ちになってきたのをルビーは感じた。
「本当に変なところで気が弱いんだから」
「だって」
「今はそれでもいいわ」
「いいの?」
「何時か言う時が来るでしょうしね」
「そうかしら」
「そうよ。まあルシエンみたいにはいかないでしょうね」
「正直羨ましいわ」
 アンの本音だった。
「あんなに積極的なのは」
「アンネットはそれ考えると幸せよねえ」
 ルビーはふとこう思った。
「あれだけ積極的に好かれてるんだから」
「だから本人まんざらじゃないじゃない」
「確かにね」
「勇気があればね」
 アンはまた言う。
「それが欲しいわ、本当に」
「頑張りなさいよ」
 ルビーの声が何時になく優しかった。
「いいわね」
「うん」
 こくりと頷く。今はそれでもよかった。だが何時かは。ルビーはその時は彼女の後ろにいてあげようと一人思ったのであった。だがそれはあえて口には出さないのであった。これもまた彼女のアンに対する気遣いであった。
 その頃教室ではくどいまでにギルバートへの足止めが行われていた。
「ねえギルバート」
「今度は君か」
 スターリングと蝉玉の次に来たのはコゼットであった。
「実はね」
「何だ?」
「聞きたいことがあるのよ」
「しかし僕は」
「いいからさ」
 彼女は言う。
「まあまあ」
「まあまあって一体何なんだ?」
 不平を言いながらも話を聞くのが彼であった。何故かそこにジミーもやって来た。
「実は僕達わからないところがあるんだ」
「君達もか」
「ええ、私は数学」
「僕は現国」
 やはり彼等の大得意とする科目ばかりであった。何かが明らかにおかしい。というよりは殆どの人間にとっては一目瞭然であった。わかっていない面々は限られていた。
「何か皆ギルバート君に頼りきりね。たまには自分でやらないと」
「あのさ、彰子ちゃん」
 七美が全くわかってない彰子に対して呆れた声をかける。
「本当にわからないの?」
「何が?」
 ほわんとした返事が返ってきた。
「いや、本当に」
「やっぱり自分でちゃんとやってからじゃないと駄目だよね」
「・・・・・・わからないならいいわ」
 もうこう言うしかなかった。なおその頃フランツは投げ込みの練習を廊下でやっていた。所謂シャドーピッチングというやつである。タオルを持ってやっていた。
「うおおおおおおおおおおっ!」
 廊下から叫び声が聞こえる。
「よおおおおーーーーーーーし!」
 そしてテンボとジャッキーは二人で推理漫画に熱中していた。
「よし!謎は解けた!」
「犯人はこいつよ!」
 当然外れている。本当に勉強ができないのは一切ギルバートに聞いていない。そこが重要なのに何故か彰子はそれに気付かないのである。
「とにかくさ」
 七美は彰子に言った。
「アンは応援しようよ」
「アンちゃんを?」
「そうだよ。あれでね、結構可愛いところあるし」
「アンちゃん気がつくしね。私も漫画に描いてくれたし」
 意外とアンはクラスで人気があるのだ。このクラスは特に嫌われ者はいない。飛び抜けて訳のわからない人間ばかりではあるが。なお今のところ変人ナンバーワンはセーラであるとされている。
「大切なクラスメイトよね」
「そうそう」
 彼女に細かいことを話す気はもうなかった。
「だからね」
「どうね。けれど」
「けれど?」
「ギルバート君もそうだよ」
「えっ!?」
 この言葉にははっとした。まさか気付いているのではと思ったのだ。
 だがそれは違っていた。やはり彼女は気付いていなかった。そこが彰子ならではであった。
「だから皆自分でもやらないと」
「何かねえ」
 そんな彼女を見て困った顔になってしまった。
「この娘はこの娘で大変ね」
「何が?」
「何でもないわ」
 そんな彰子に声を返す。目の前では相変わらずギルバートが質問責めに遭っていた。


どちらが先に   完


                  2007・1・13
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