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第百九十七話 タイとベトナムその五
「この味がいいな」
「タイ料理とベトナム料理って似てる部分多いよね」
「まあな。近かいしな」
「そうそう」
 タイとベトナムはそれぞれ近い場所にある。尚両国の間には小国が幾つか存在している。この時代でもラオスやカンボジアは両国の間にある。
「料理が近いのもな」
「当然だね」
「それに米な」
 フックはにこやかに笑って米のことを話してきた。
「それが大事だよな」
「インディカ米だね」
「日本にいるとあれだからな」
「お米がね」
「ジャポニカ米が主流だからな」
 それを言って困った顔になる二人だった。
「粘り強いよな」
「味もね。合わないし」
「日本人あれないとあまりいい顔しないしな」
「だよね。ベトナムに観光に来てもね」
 日本人のこの嗜好はこの時代でも健在であった。味の好みというものはそう簡単には変わらないがそれはこの時代でも言えることであった。
「お米にはいい顔しないし」
「コリアンダーにもな」
「日本人ってね」 
 ネロはその日本人についてさらに話す。
「結局ジャポニカ米と大豆のお醤油がないと駄目だからね」
「それは譲らないよな」
「そうそう、口には出さないけれどね」
「日本人はあまり口には出さないけれどな」
 しかしなのである。
「それでもな。態度にこっそりとな」
「出してくるし」
「厄介なんだよな。一見するとわからないんだよ」
「アメリカ人や中国人はその辺り違うけれどね」
「僕達は?」
「わかりやすいの」
 丁度ここにはスターリングと蝉玉もいた。しかし彰子や七海といった日本人組はいない。いるのは他の国々の面々だけであった。
「まあ感情はストレートに出すね」
「言いたいことは言わないと」
「そうだよ、だからわかりやすいんだよ」
「本当にね」
 フックとネロもそれがいいというのだ。
「食べる前に言ってくれたりするだろ」
「それでね。やりやすいよ」
「そうなんだ。まあ言うべきことは言わないとね」
「気が済まないし」
 アメリカ人や中国人のこうした特性も変わっていない。彼等の性格は基本的に千年前からあまりというか殆ど変わっていないと言える。
 そしてだ。二人もその特性について話すのだった。
「それがアメリカ流だし」
「中国テイストよ」
「洪童はもっとわかりやすいけれどな」
「そうだね」
 二人はここで洪童にも顔を向けた。
「絶対に大蒜と唐辛子だからな」
「キムチ味だよね。味は」
「韓国人はそれないと駄目なんだよ」
 本人もそれを認めて言う。
「もうな。絶対にな」
「それに御前感情は隠さず言うよな」
「言わなくてもいいことまで」
「言わなくてもとかいうのは余計だよ」
 ネロのその言葉にはすぐに言い返す。
「全く。とにかくな」
「大蒜と唐辛子だよな」
「それがないと」
「ラーメンにもハンバーガーにもスパゲティにもキムチだからな」
 洪童はそれをはっきりと言った。
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