第二十三話 想い人はその一
想い人は
「姉さん」
明香が自宅で彰子に声をかけてきた。家は和風で二人は今畳みの部屋でくつろいでいる。座布団に正座してテレビを見ているのである。
この正座というのはかなり廃れている風習だ。今では日本でもするのは僅かだ。だがそれでも育ちのいいこの二人は普通にしている。そうしてテレビを見ていたのだ。
「どうしたの、明香」
彰子は声に応えて妹を見てきた。
「最近何かおかしいことない?」
「おかしいこと?」
姉は妹の言葉に首を傾げてきた。
「そう。何かあったとか」
「別に」
彰子は首を傾げたまま答えてきた。
「別にないわよ」
「そう」
明香はそれを聞いてこくりと頷いた。
「だといいけれど」
「どうしたの?」
「いえ、別に」
明香はアン達のことはあえて伏せていた。
「だったらいいわ」
「ただね」
「ただ?」
「隣の席がかわっちゃって」
「隣の席が」
「ええ」
彰子はそう答えてきた。
「かわったのよ。転校生が来たから」
「誰になったの?」
「管君」
彰子は答えた。
「管家持君よ。知ってる?」
「管家持さん」
明香はその名を復唱した。何故か姉に聞こえるように呟くのであった。
「その人なのね」
「知らない?」
「え、ええ」
何故かここで僅かに戸惑いを見せてきた。
「御免なさい」
「別に知らなくてもいいのよ」
彰子は謝った妹に対してそう述べた。
「だって。明香が私のクラスのこと色々と知ってる方が変だもの」
「そうなの」
「そうよ。だから知らなくて当然」
優しい姉の顔で言ってきた。
「気にしなくていいわ」
「ええ」
また頷いてきた。
「それで姉さん」
「何?」
妹はまた姉に尋ねてきた。姉もそれに応える。何かテレビはあまり見ていない。だがそこでは時代劇がやっていた。
「おうおう!」
テレビの中の中年男が威勢のいい声をあげていた。
「この遠山桜夜桜」
恒例のドラマである。この後お白洲で裁きが言い渡されて悪人達が獄門台に行くことになる。千年前から変わらない黄金のパターンである。江戸時代は殆ど死刑がなかったらしいがこの時代劇では毎週二人か三人は死んでいる。当時の江戸は時代劇の中では極めて治安の悪い街だったのである。
「散らせるもんなら散らしてみやがれ!」
「その管さんって人だけれど」
「うん」
二人はテレビをよそに話を続けている。
「どんな人なの?」
「えっ」
ここで一瞬間ができた。彰子の顔がほんの微かに赤らんだ。しかしそれは明香だから気付けるものであり他の人間、彰子自身も気付かなかった。
「一言で言うと物静かな人」
「そうなの」
「紳士って言うのかな。そんな感じ」
「隣にいて何もないの?」
「ううん」
また顔が赤くなったがそれはやはり一瞬であった。
「別に」
「そう」
明香はそれを聞いて頷いた。
「いい人だし」
「いい人」
明香はその言葉にちらりと反応した。
「性格が?」
「そうよ。他に何があるの?」
「いえ」
明香は気付かれないように話を聞き出していた。彰子はそれに気付いてはいなかった。
「ないわ」
「そう。じゃあ」
彰子はそれを聞いて興味をテレビに戻してきていた。
「あっ、もう終わりね」
彰子は最後の曲を聞いて少し残念そうであった。
「早いわよね、何か」
「別にそれは」
姉のぼけた言葉に何と言っていいかわからなかった。
「まあいいわ。それでね」
「ええ」
話は元に戻った。
「管君だけれど」
「どんな人なの?」
「何て言うかな」
彰子は首を少し右に傾げて考える様子を見せてきた。
「変わった人でもあるわね」
「変わった人」
「何考えてるのかわからないところがあるのよ」
「そうなの」
「そうよ。けれど細かいところにも気が利くし」
何か掴み所のない人のようだと明香は聞いて思った。
「一言じゃ言い表せない感じ」
「ふうん」
「それでいい?何か私もあまりよくわからないのよ」
彰子の笑みが少し苦笑いになった。
「御免ね。隣になったばかりだし」
「いえ、それは」
別にいいと答えた。
「別に」
「そう。じゃあ」
彰子はここで話を終わらせて述べた。
「そろそろ私部屋に戻るからね」
「ええ、じゃあ」
「お休み」
「お休みなさい」
二人は挨拶を交あわせた。そしてそれぞれ別れるのであった。
明香はまだ部屋にいた。そこで色々と考えていたのである。
「やっぱり」
結論は出た。姉はやはり。だがそれは決して口にはしなかった。あくまで自分の心の中にしまっておくだけであったのである。
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