第百五十九話 鬘選びその四
「それはね」
「楽しみにしておいてくれ。こっちも練習していく」
「私もね。練習して衣装も凝るから」
「ああ、それは俺が楽しみにしておく」
マチアは少しだけ微笑んで彼女に返した。
「俺がな」
「そういうことでね。じゃあその時にね」
「またな」
こう言葉を交えさせてであった。彼等はこの場は別れた。そうしてその日マチアが部室に行くと。顧問の先生にこう告げられたのだった。
「当時の衣装ですか」
「うん、考えたんだけれどね」
若い飄々とした先生だった。表情は気楽で能天気そうなものである。
「それにしようかなって思ってるんだ」
「タキシードじゃなくてですか」
「あれだよ。規定とかそういうのは打破する為にあるんだ」
先生はここで如何にも芸術家らしいことを言ってみせた。
「そう、そこから新しいものが生まれるんだよ」
「規定観念の打破ですか」
「考えてみればいいよ。軍隊は軍服で演奏してるじゃないか」
「はい」
連合軍のことである。他ならぬこの学園の理事長がその軍のトップである国防長官だからこの話は実にわかりやすい話であった。
「そうだろう?タキシードでなくてはならない理由はないんだよ」
「ないんですか」
「そう、そして昔にも立ち返り」
こんなことも言うのだった。
「ここは当時の服を来て演奏するべきだよ」
「当時のですか」
「そしてマチア君」
今度は彼自身に顔を向けて話す先生だった。
「君はモーツァルトをやるんだったね」
「はい、そうですけれど」
「なら君はロココ時代の服を着るんだ」
「ロココですか」
「忌まわしい貴族文化ではあるけれどね」
やはりこの先生も連合の人間だった。エウロパ的なもの、とりわけ貴族的なものが嫌いであった。もっともクラシック界ではエウロパを嫌ってはクラシックそのものを否定しかねないが。
「それでいってもらうよ」
「はあ。ロココですか」
「バロックとロココがあって」
これは世界史の授業であった。
「モーツァルトはロココだからね」
「何か思い切り派手そうですね」
「そうだね。マリー=アントワネット」
ギロチンの露と消えたそのロココの女王である。
「そしてサン=スーシー」
「エウロパの総統官邸のモデルになったあれですね」
「そう、あれだ」
プロイセンのフリードリヒ大王がポツダムに建てた宮殿である。
「あれのようにだね」
「壮絶な格好になりそうですね」
「確かに女性はそうなる」
それは否定できなかった。実際に当時の貴婦人達の髪型は物凄いことになっていた。さながら博物館の様な有様になっていたのである。髪型がだ。
「しかし。それこそが既存のものの破壊なんだよ」
「規定のですね」
「そう、規定のね」
ここでは既存も規定も一緒のものになっていた。
「わかったね。じゃあロココだよ」
「その時の服をですか」
「着てそのうえで演奏をする」
また言う先生だった。
「そう、音楽は」
「音楽は?」
「爆発だから」
二十世紀の日本の芸術家と全く同じ言葉であった。
「それでわかったね」
「わかりました」
先生の暴走に従うしかなかった。とても止められなかった。
「それじゃあ」
「そしてだけれど」
先生はマチアが頷いたのを受けてさらに言うのだった。
「鬘はね」
「鬘!?」
「そう、鬘ね」
それの話をするのだった。
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