第十六話 成果
「馬鹿かオマエ!? なんで敵を回復してんだよ!!!」
戦闘が終わるなり、ハセヲは怒鳴り込んだ。当然といえば当然だった。
「ハ、ハセヲさんを回復しようとしたら、間違えちゃって……」
「だああぁぁあぁぁ!!!!」
本当にまるで戦闘経験がないようだ。ノコノコとついて来てしまった愚を呪う。いや、ついて来たのではなく連れ去られてきたのだが、どちらにしろ愚かな選択だった。
「フフッ、アハハハッ」
その様子を黙って見ていたヴェラがクスクスと笑う。
「なんで笑ってんだよ……アンタ」
「フフッ、ゴメンなさいね。貴方達があまりに仲が良いものだから、つい羨ましくて」
「……ちょっと待て。どんな捻くれた見方したら仲がよさそうに見えるんだ?」
「気付いていないのがまた微笑ましいわね」
聞いちゃいねえ。
クスクスと笑みがこぼれるのを必死で噛み殺しているような様子で、ヴェラは言う。
「そういえば、貴方達はどうしてこのエリアに?」
「あ――私がハセヲさんをお誘いしたんです」
コイツにとってお誘いとは拉致を意味するのか。是非とも問いただしてみたい。
「そういうアンタはどうなんだ。見たところ、初心者ってワケでもねえだろう。なんでこんな初心者エリアにいるんだよ?」
「私? そうね……散歩みたいなものかしら。このエリアは月が特に綺麗だから」
「そ、そうですよねっ、ヴェラさん!」
食いつくようにアトリはそれに賛同する。
「ここの月ってとっても綺麗だから……だから、ハセヲさんにも見てほしかったんです」
(……そんな理由でフィールドに連れてきたのかよ)
心中で深い深いため息をつく。しかし、これほどまでに役に立たないとなると、どうするか……。
「成る程ね。けど――確かにアトリが戦えないと都合が悪いことは確かね」
「す、すいません……」
完全に萎縮するアトリ。
「そうね……。獣神殿までモンスターもいることだし、特訓しましょうか」
「あん?」
「特訓……ですか?」
なんだか妙な流れになって来た。嫌な予感がハセヲの頭をよぎる。
「見たところハセヲは呪紋詠唱のコツもよく知ってるみたいだし、アトリに教えてあげたらどうかしら?」
「えっ?」
「なっ、おい――!」
「アトリもいつも逃げてばかりじゃ、色々と大変でしょう? 私はこれがいい機会だと思うのだけど」
冗談ではない。ただでさえ無駄な時間を食うわけにはいかないというのに、戦闘のど素人にそんなものを教えていては、一体どれだけ時間がかかるか知れたものではない。というのに――
「そうですね……私、頑張ってみます!」
「おい、なに勝手に――!」
「よろしく御願いします! ハセヲさん!!」
帽子が落ちそうなぐらいに、勢いよく頭を下げて頼み込んできた。
「ぐ…………」
アトリは深く頭を下げたまま、顔を上げようとしない。
ヴェラはハセヲを意味ありげな視線で注視し続けていた。
「…………」
沈黙が辺りを支配する。
「…………今回だけだぞ」
プレッシャーに負けた、というわけではない。
ないのだが、気付いたときには既にそう告げていた。
「あ、ありがとうございます! 私、頑張りますねっ、ハセヲさん!」
「良かったわね、アトリ」
パァッ、と明るい笑顔で再びお辞儀をするアトリ。
「今回だけだ! いいな!!」
返事も待たずに歩き出す。嵌められた気もするが……今回だけだ、とにかく今回だけだ、と自分に言い聞かせる。
甚だ不愉快だったが、とにかくこんなことは一刻も早く終わらせるのが先決だ。
だが、何故こうなったのかという疑問、そしてこの理不尽さへの憤りだけは消えることはなく、道中のハセヲの精神を蝕み続けることとなった。
そうして、現在に至る。
もはや獣神像は目の前であり、残る敵も獣神像の門前のリウファング2匹のみとなった。しかし、とにかくここまでが長かった。
戦闘のど素人のアトリに、せめてマトモに援護と回復が出来るように仕込もうと考えたのだが……これに想像以上に時間がかかった。最後の方などは、教える方のハセヲが精神的疲労でダウン寸前となっていたほどである。
勿論、アトリは傍目から見ても必死な様子で努力していた。
しかし、これまでずっと戦闘を避け続けた影響もあったのだろう。アトリは敵が襲い掛かってくると途端にパニックになり、マトモな判断が出来なくなるのだった。
それでも、一応の特訓の効果はあったようで、敵を回復することだけはなくなっていた。……あまり救いにもならないことだが、とりあえずの進歩はあった、と思いたい。
「……とにかく……奴らで最後だ」
疲労し尽した、といった口調でリウファングたちを示す。
とにもかくにも、あれで最後の敵だ。さっさと終わらしてしまいたい。
「リウファングが二匹、ね」
「一匹はヴェラ、アンタが頼む。俺はもう一匹をやる。オマエは俺たちの回復だ」
これまでどおりの役割分担を改めて確認する。
ヴェラの静かに頷く様子を見て、ハセヲはしばし思考にとらわれる。
道中、アトリのあまりのど素人さが気にかかっていたが、それ以上にハセヲは大きな疑問を抱いていた。
――ヴェラだ。
基本的に呪紋使いタイプ――魔導士や呪療士――はパーティを組んでこそ本来の性能を発揮できる職業ジョブだ。
パーティにおいて呪紋使いが占めるウェイトは大きく、戦術に幅を生むことが出来る重要な――場合によっては必要不可欠の存在となる。
しかしその一方、防御力が低く、物理攻撃力も貧弱な為に一対一では最弱の存在となる。その基本能力を補って余りある呪紋こそが強みなのだが、一対一では呪紋を詠唱する間がほとんどないのだ。
わざわざ詠唱する時間を与えてくれる相手などどこにもいない。よしんば呪紋を唱えられたとしても、詠唱中は完全に無防備である為にリスクが高すぎる。
しかし――ヴェラは違った。
彼女はまるで軽戦士のように、身軽に攻撃をかわし、僅かな隙を見逃さずに呪紋をぶつけていた。
とにかく、呪紋の詠唱タイミング、詠唱速度が凡庸ではなかったのだ。一瞬の隙を突いて詠唱を開始し、それを瞬く間に完成させ、オマケに近接戦闘も苦にしない。
これほど呪紋の扱いに卓越している人間は『死の恐怖』であった頃でさえ見たことがない。ハッキリ言って、化物だった。
しかし……だからこそ不自然だった。これほどまでに、卓越した呪紋使いであるというのに――
(何故――魔典を使わない?)
魔典――攻撃呪紋に特化したウォーロックの専用武器。それ自体が魔力の塊である魔導の書物、魔典を媒介にすることにより呪紋の威力、性能は格段に増す。言わば、一種の増幅器だ。
魔典によってもたらされるメリットは多大であり、デメリットはほとんどない。にも関わらず、ヴェラはこれまでの戦闘で一度も魔典を使っていないのだ。
道中、何度かそのことを問おうかと思っていたのだが……何故かそれが躊躇われた。
(……まあ、いい)
軽く頭を振り、思考を切り替える。どうしても聞かなければならない、というわけでもない。とりあえず、今は一刻も早くクリアしてこの状況から抜け出さなければならない。でなければ、精神疲労で倒れる。
ここまでの間、妙にモンスターが多かったおかげで多少なりレベルはあがっていた。今のレベルならリウファングが相手でも、そう遅れを取ることもないだろう。
(どっかの誰かが、何かやらかさない限りはな……)
「が、頑張りますっ!」
「……敵を回復するのだけはよせよ?」
「はいっ!」
アトリはハキハキと返事をする。やる気十分といった様子だ。しかし、今までことごとく、そのやる気がパニックという形で空回りしているのだ。期待は出来ない。
(……とりあえず、さっさと終わらしちまおう)
「んじゃ……いくぜ!」
リウファングはこちらと正面切って睨みつけている。地形的に先制攻撃を仕掛けられないのは百も承知。どちらからの不意打ちもない、真正面からの激突で勝負は始まった。
二匹は連携することもなく、単独で突っ込んできた。素早く横へ飛び退きながら、すれ違いざまに双剣で斬りつける。
元々レベルで上回っている敵だ。対処の仕様はいくらでもある。
とは言え、防御も回避も考えずに、ただ攻撃を繰り出すことに全力を注ぐリウファング。くみし易い相手ではあるが、これだけ攻撃に特化されるとノーダメージでやり過ごせる相手ではない。回避しきれず、その爪に、牙に切り裂かれる。
「“リプス!”」
アトリの回復呪紋が唱えられる。慌てた様子だったが、先程より幾分かは落ち着いていた。
リムファングは反転して追撃することなく、ハセヲを睨みつけたまま身体を震わせる。あれは――
(呪紋か!?)
リウファングの両眼に鈍い光が灯る。魔力は迸り、瞳が大きく見開かれると同時に解き放たれた。
「“アオオォォォォン!!”」
魔力は水へと姿を変え、奔流となって押し寄せてきた。水圧で切り裂かれ、叩きつけられる。
ハセヲは咄嗟に防御して耐えしのぎ、反撃に打って出た。
元々レベルで上回っている敵だ。呪紋を一発くらったぐらいではやられはしない。被弾覚悟で真正面から
突撃し、身体ごとぶち当てるようにしてリムファングを斬りつけた。
腹部と頭部に一撃ずつ双剣で斬りつけ、トドメを刺す。
(二匹目――ヴェラの方のやつは)
振り返った直後、向こうもケリがついたようだ。
これでようやく終わりだ。思わず気を抜く。
「よし、これで終わりだな。とっとと獣神殿に――」
「ハセヲ! 後ろ!!」
ヴェラの叱責が飛ぶ。
咄嗟に背後に振り向いた眼前、どこに隠れていたのか三匹目のリウファングが襲い掛かってきていた。
(や――ばい!)
完全に不意を突かれた。回避も防御も間に合わない。身構える間すら与えず、リウファングの牙が、爪が、ハセヲへと襲い掛かる――その刹那。
「や、やぁー!」
ガァン! と、フルスイングされた祝杖がリウファングを打ちのめした。
――アトリだった。
「あ、当たっちゃった……!?」
おっかなびっくりに、アトリは両手に握った祝杖を見る。それを見てハセヲは――
「――はっ、上出来じゃねえか」
笑みを浮かべ、思わぬ反撃に怯んだ敵の隙を逃さずに双剣を叩き込んでトドメを刺した。
|