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作:蒼乃黄昏



第十話 現実世界


「さてと……少しは落ち着いた?」


 女が伊達メガネをクイ、とあげつつ聞いてきた。


(余計な邪魔しやがって……!!)


 激情が駆け巡り続ける体は、目の前の女を敵と見なした。

 邪魔をした女を、敵視して睨む。と―――


「アイタタタ……」


 倒れていた――――やられたたはずのシラバスが背後で身を起こしていた。


「お、お前……無事だったのかよ!?」

「ハハ……なんとかね」

「シ、シラバス〜! よかったぞぉ〜!」


 ガスパーがはしっ、とシラバスを抱きしめる。


「お前……どうして……」


 シラバスがボルドーの剣をくらったのをハセヲはこの目で見た。背中越しにではあるが、ボルドーの攻撃で吹き飛ばされ、そのまま動かなくなっていたのを確かに見たのだ。だとすれば、あれは致命傷だったはずだ。


「それがね……なんとか呪符を解呪したまではよかったんだけど……」


 アハハ、と苦笑いを浮かべるシラバス。


「なんか、解呪が不十分だったらしくて……剣はなんとか防御出来たんだけど、その後にまた動けなくなってただけなんだ」


 ………絶句。


「無事だって言おうと思っても全然動けなくて、さ……。ア、アハハハ……」


 ハセヲは思い切り半眼でシラバスを見た。

 殺されたのではなく、再び呪符で動けなくなっていただけだと言うのだ。コイツは。

 よく見れば胸にかすり傷があるものの、それだけだ。本当に吹き飛ばされていただけのようだ。


「し、心配かけちゃってゴメンね」


 完全に毒気が抜かれた。思わず、深いため息が漏れる。


「別に心配なんかしてなかったけどな……」


 そこで改めて、邪魔をしてきた女へと向き直る。


「で、アンタ何なんだよ」

「助けてもらった恩人に対して第一声がそれ? 『死の恐怖』のハセヲ」

「……アンタみたいなやつに名乗った覚えなんてねえんだけど?」


 『死の恐怖』のハセヲは、無差別にPKを狩るPKKとして名の知られている。しかし、目の前の女の口調は明らかに“それ以外の部分”でこちらを知っているものだった。


「へぇ、噂通りの聞かん坊ってワケね」

「質問に答えろよ。まさか俺のファンだなんてふざけたことは言わねえだろうな」

「お生憎様。残念ながらアンタみたいなガキは趣味じゃないの」

「あっそ、そりゃよかった。俺もオバサンには興味ない」


 ―――瞬間。

 ピシィッと、何かがひび割れたかのような音が鳴ったのをシラバスとガスパーは確かに聞いた。


「なっ……! オ、オバ………!!」

「聞かん坊だとか、趣味じゃないだとか、言い回しがどっかオバサン臭いんだよな」


 なにやら……いや、間違いなく不穏な空気。助けてくれた女性が、触れれば凍りつくような殺気を撒き散らしていたのをシラバスとガスパーは敏感に感じ取った。

 気のせいか、鋭い凶器めいた殺気が具現化しているような幻覚さえ見える。

 まるでハリネズミのように、全身から修羅も逃げ出すような殺気を放っているのだ。それを直視してしまったシラバスとガスパーは、肩を抱き合ってガタガタと震えていた。


「失礼ね! こう見えても私は……!!」

「私は……?」

「〜〜〜………!!!」


 言っても無駄だと判断したのか、女性は口惜しげに黙り込んだ。

 その場の空気に耐え切れず、恐る恐る二人は口を挟む。


「あの〜……」

「け、喧嘩はよくないぞぉ〜……」

「――――」

「――――」


 ハセヲと女性は黙して睨み合いを続ける。


「そ、その………」


 チラリ、と女性の視線がこちらに向けられた。

 そう、視線が向けられた。

 本当に、ただそれだけ。決して睨みつけられたワケではない。

 しかし、その眼差しを全身に浴びて……何故かシラバス達は死の覚悟をした。


「「………ごめんなさい」」


 とりあえず謝ってそそくさと引っ込む。ここは人がいていい場所ではない。死の原野。人外魔境。閻魔の住む獄界であった。

 そのまま何分経ったか……いや、あるいは数秒も経っていないのか。女性の放つ殺気の余波にあてられたシラバスとガスパーには、時間の感覚さえも無くなったようだった。

 そして、短いのか長いのかさえ解らない静寂の後――二人にとっては果てしなく長い静寂だったが――女性は口を開いた。


「出直した方がよさそうね……」

「どうぞご勝手に」


 ハセヲは突き放した口調で即答する。いつも以上に気が立っていたので嫌味な口調になってしまったが、仕方が無い。


「一つだけ忠告しておくわ」


 去り際。先程までの苛立たしげな表情とは一変、真剣な表情で女が声を投げてきた。

 その様子に何かを感じ取ったか。ハセヲも茶化すのをやめ、告げられる言葉を真摯に受け止める。

「ハセヲ。アナタのPC<プレイヤーキャラクター>には“危険な力”が秘められている」

「……危険な力?」

「そう。自分の中から“何か”が生まれるような感覚を覚えたことは無い?」

「――――」

「或いは自分の中に“自分以外の誰か”がいるような感覚、と言い換えてもいいかもしれないわね」

「――――」

「まあ、いいわ」


 女は踵を返して言う。


「じゃあ、また会いましょう」


 今度こそ、女は去って行った。残されたそこには自らの身体を凝視するハセヲと静寂が残る。


(あの女……何を知ってやがる)


 女は自分の“何か”に気づいていた。自分でもよく分からないが、女の言う“何か”が内在している感覚というものには心当たりがあった。

 いつ、どこでかは覚えていない。何故かザッザザァ覚えていない。だが、その感覚を帯びたことがある、と身体は主に告げていた。


(考えても仕方ねえか……)


 覚えていないのならこれ以上の思考は無駄だ。何故かはわからないが、無駄なのを知っていた。

 そうして思考を切り上げ、後ろの二人へと振り返る。


「………………何やってんだ? オマエら」


 背後では二人が、何かとてつもない緊張感から開放されたかのようにグッタリと倒れていた。







          *****






 そして五分後。なんとか回復したシラバスが身を起こす。


「えぇと……さっきの話は良くわからなかったんだけど、ようするにハセヲのPCデータってやばいって事かな?」

「ええっ? じゃ、じゃあCC社に言って、新しいPC創り直してもらった方がいいよぉ」

「そうだね、いきなりレベル1になるなんて普通じゃないよ!」


 こんな時まで他人の心配をする二人。今更ではあるが、相当のお節介焼きだ。


「だな……確かに普通じゃない。 だが―――」


 ハセヲは脳裏に『異常』であり、『普通じゃない』PKを思い浮かべる。


「俺の探している敵も……普通じゃない、しな」

「敵?」


 話を呑み込めていないガスパーが疑問符を浮かべる。


「あの女の言う、“危険な力”とかいう力が役に立つなら……」


 女の言う力が『死の恐怖』の持つ全ての力でも倒せなかった奴に、『三爪痕』に対抗できる力ならば――俺は――


「俺はこのPCを……『ハセヲ』を使い続ける!!」


 そう、危険な力だか何だか知らないが……そんなことは構わない。

 それが奴に対抗できるものなら構わない。元より、ここの世界での自分である『ハセヲ』を放棄するなど有り得ない。


「ん〜、なんだか分からないけど……応援してるよ!」


 と、気楽に応援するシラバス。

 色々と考えるべきことはありそうだが、これでもうこのダンジョンに用は無い。


「それじゃ“初心者へのレクチャー”も終わったことだし、タウンに戻るか」

「ゴ、ゴメン……」

「だぞぉ〜……」


 二人へのせめてもの復讐として皮肉を呟いてから、ハセヲはダンジョンを後にした。
















          *****











 ………三人が去り、誰もいなくなったダンジョン。その最深部の獣神像の物陰、窒息寸前で息継ぎをするかのように男は息を吐いた。


「ぷはぁ〜……あっぶなかったー。ぎりぎりでセーフってトコだったな」


 実際に冷や汗ものだった。とりあえずの足掛かりとして、あの二人にアイツの『エスコート』を頼んだのだが……まさか初っ端から“起きる”とは計算外もいいところであった。


八咫ヤタのやつ……まさかこうなることを見越してたワケじゃないよな……


 ハセヲへの接触をパイに命じたギルドマスターの名を呟く。

 勿論、八咫にはあの二人のことは教えていない。あれはオレの独断からの頼みだったのだ。彼が知っているはずが無い。しかし、何故か思い浮かべた彼は笑っているような気がした。


「もう少しオレが着くのが遅れていたら……」


 有り得たかも知れない結果を想像し……背筋が凍った。

 そうならないように、自分は二人と距離を置いたというのに……危うく一番忌避していた事態を引き起こしかねなかった。

 そもそも、あの二人にハセヲを頼んだのは自分が彼に円滑に接触する為の、接点を作る為だったのだ。だというのに――まさか生死に関わる場に居合わせるハメにさせてしまうとは予想外もいいところだ。

 もう希望的観測をあてにしてはいけない。なにせ“起こすのを促す予定”が、逆に“止めなければならない事態”にまで発展したのだ。


「これ以上は二人を巻き込めない、な……」


 もはや円滑な接触などということに拘ってはいられない。多少の摩擦は生じても、まずは彼に理解してもらわなければならない。男は一人、物陰で固く決心した。
















          *****











 そうして、その事について彼女と相談するために本部に戻ったのだが………。

 なんか、鬼というか悪魔というか、言うなれば般若のような……なんともいえない黒々しいオーラを彼女は放っていた。

 ただいまー、と軽い調子で帰りを告げるが無反応。彼女はどこを見るとも無く、ただ空間の一点を睨み続けている。

 しばらくしてようやくボソッと口を開いてくれた。


「アイツ、自分の危険性をまるで判っちゃいないわ」

「まぁ俺も最初はピンとこなかったし、仕方ないだろ」


 また“こんな事”に巻き込まれるなんて思いもよらなかったしな。


「しかも、私がそれを指摘してあげたにも関わらず、まだあのPCを使い続けるみたいよ」


 あくまで不機嫌そうに彼女は言い続ける。


「ふーん……、じゃあ、やっぱりスカウトするしかないかなっと」

「アイツに『あの力』が使えると決まったわけじゃないのよ」

「まあ、そうなんだが……なんにしてもまずは接触して話を聞いてもらわないと始まらないだろ? というか、パイ」

「なによ」


 その口調にはあからさまにトゲがあった。うっ、と怯みかけるがこれは聞いておかなければならない。


「さっきさ、ここに案内する為に接触してきたんじゃなかったっけか?」


 あの時、自分が駆けつけたと同時に彼女は飛び出して行った。自分の担当はバックアップであり、あの三人に自身の存在を気取られるワケにはいかなかったので、遠距離からの監視に止めていた。従って、あの場での会話を聞き取ることは出来なかったのだ。

 不機嫌そうにしている女性―――『パイ』は少しの間をおいて答える。


「話ができる状態じゃなかったのよ。後日、また仕切りなおすわ」

「話ができる状態じゃなかったって……アイツ、まさか“碑文”の影響が!?」

「いいえ。すんでのところで私が助けてあげたわよ」

「そうか……よかった。じゃ、あっち側のリアルでなにかあったとかか?」

「いいえ、違うわ」

「……アイツ、聞く耳持たなかったとか」

「一応は聞く気あったみたいよ。い・ち・お・う・は・ね」


 トゲがさらにその存在を主張してきた。

 豊富な経験から培われた対女性用警報機が作動。

 警告灯を回転させ『危険だ。これ以上は聞いてはならない。つーか命が惜しければいますぐ逃げ出せ』と全力で告げてきた。

 はっきり言えば、怖い。情けないと言われようが怖いものは怖い。特に、普段冷静沈着な麗しき女性ほど怒らせてはいけない存在などは無い。

 だがしかし、ここでオレが動かなければあの二人を危険に晒すことになる。

 それだけは、絶対に許容できなかった。

 自身の保全などは二の舞だ。今の自分に課せられた最優先事―――それは一刻も早くアイツと接触し、ここに連れてくること。

 そうすればあの二人――シラバスとガスパー――が危険に巻き込まれる可能性がグンと減る。

 ――深呼吸をする。

 聞かなければ、これ以上話は進まない。ありったけの勇気を総動員して自分を鼓舞し、自身の内側からの警告と制止を振り切って聞く。


「じゃ、なんでだ?」

「…………


 黙り込んでしまった。

 パイは質問された事には必ず答える律儀な女性だ。そのパイが黙り込む、理由。

 ……なんか、やっぱり聞かない方が良かった気がしてきた。


「………………知りたい?」


 感情を押し殺した冷たい声が場を支配する。

 ……聞かなきゃよかった。

 が、これは重要なことだ。今更聞かないわけにもいかない。


「……まあ、うん……。知りたい、と思う」

「……そう、それじゃ教えてあげるわよ」


 その声の温度はさらに低下し、氷点下に到達。それとは対照にその体からは紅蓮色のオーラが発せられている……ような気がした。

 パイの全身がフツフツと湧き上がる感情を抑えきれないように震えだし――


「パ、パイ?」

「私がっ! 話ができる状態じゃ!! なかったのよっ!!!」

「どぅわ!?」


 一気に爆発した。


「アイツ助けてやった私にお礼も言わずに代わりに何を言ったと思う!? オバサンって言ったのよ!? こ・の・わ・た・し・に!!」

「お、落ち着けパイ」

「落ち着け!? 私は十分落ち着いてるわっ! 落ち着いてなかったら今ごろアイツをPKしてるわよっ!」

「パ、パイ?」

「私がその時どれだけ感情を抑えつけるのに努力したか分かる!? そんな状態で話なんかできるわけがないでしょうがっ!!!」


 溜め込んでたものが暴発し、天井知らずにヒートアップする。この分だと際限なく燃え上がりそうだ。


(………俺が……止めるんだろーか)


「アイツあんなに性格捻くれたガキだったとは思わなかったわ。前は可愛げあったのにあんなクソガキになってるなんて………! 初対面で助けてもらった相手に向かって、いきなりオバサン呼ばわりする奴なんかと話が出来ると思う!?」


 いまこの場には俺とパイしかおらず、第三者の介入はあり得ない。となると……


(……やっぱり俺なんだろうな)


 諦め、背水の陣の心境でなだめにかかる。


「………あー、パイ?」

「だから子供は嫌いなの……!こっちの都合を考えないで自分勝手な行動して………後始末するの誰だと思ってるのよ!?」

「パイ、ちょっと話を


「その中でもあいつは最悪! マナーも何もなってない!」

「提案があるんだが」

「そもそも! 事を荒立てずに済ませた私に感謝の気持ちはない訳!? 」

「もしもし〜、聞こえてるかー? パイー」

「大体、あんな奴に『あの力』が使えるわけ」

「おーい……パイさーん?」

「何よ!? さっきからウルサイわね!」

「ひっ……! あ、いや、その」

「何!?」


 溶鉱炉のような色の目で聞いてきた。

 怖い。すんごく怖い。

 先程の勇気はどこへやら、完全に萎縮して怯えつつ提案してみる。


「あー、だから、つまりその、次はオレが行こうか?」

「………え?」


 思わぬ提案だったのか。パイは先程までの表情とは打って変わって、きょとんとした顔になった。

 彼女にしてはかなり珍しい表情だ。スクリーンショットでも撮っときゃよかったな、などとどうでもいいことを思う。そして、この提案が彼女の逆鱗に触れなかった事にホッとする。

 彼女はプライドが高いため、なにをキッカケに怒らせるか分かったものではないのだ。


「いや、だからさ。次はオレがアイツに接触しようかって」

「……この仕事は私に任されたものよ、貴方の出番はまだ先でしょう」

「いやまあそうなんだけどさ、やっぱり、こー……スムーズに次の段階まで進ませたほうがいいんじゃないかなーと思ってさ」

「……アンタ、私じゃ無理だって言いたいの?」


 溶鉱炉から一転、声と瞳に極寒の冷気が宿ったのが見て取れた。


「い、いや、決してそうじゃない! 誓って!」

「………」

「だけどさ、あの、ほら……人には相性ってもんもあるしさ! 俺って子供好きだし、向いてるんじゃないかなーと」

「子供好きだったなんて初耳だけど?」

「今まで言う機会が無かっただけだって!」


 必死で弁解する。急いで話をまとめなければ怒りの矛先がこっちに向く。既に3割ほどこっちに向いてるがそれはそれだ。


「それに、アイツは子供ってほどの年齢でも無いわよ。ガキではあるけど」

「とにかく俺に任せてくれって!」


 なりふりかまわず言う。次にまたパイに任せると血を見そうだ。


「パイは子供相手だと疲れるんだろ。俺は子供好きだしさ、な?」

「………そこまで言うなら任せないでもないけど」


 渋々とではあるが納得してくれたらしい。ほっと気を抜く。


「よしきた、安心して任せてくれって! きっと俺の方がアイツと話をつけ易いからっ! アイツは年上と話すの得意じゃなさそうだしな」


 そこで気を抜いた事を、クーンは後々盛大に後悔することとなる。


「その点で言うとホラ、パイよりも俺の方がアイツと年近い………し………さ…………」


 気を抜いて滑らせたその一言で―――彼女の美しい顔はこの上なく凄絶な表情になった。

 視線の温度は一気に氷河期突入。矛先も10割こっちに向いた。しかも凶悪さは5割増で。


(やば………地雷、踏んじまった……)


 地雷源から遠ざかるために弁解していたというのに、わざわざ地雷を踏みに戻った自分を責めるがもう遅い。


「………ふーん」


 身に纏われた冷気は遂に絶対零度の領域に到達。というか、突破。


「クーン。貴方の言いたいことは、よおく分かったわ」


 彼女の視線によって串刺しにされ、身動きも取れない。


「つまり……オバサンは引っ込んでて若者の相手は若者に任せておけ、と言いたいわけね?」

「いや違う! 断じて!! さっきは言葉のあやだ!!」

「――――――――」

「さっきのは無し! そんな事これっぽっちも思ってないって! 言い間違いくらい誰にだってあるだろ!? なっ? なっ!?」


 完全に懇願……いや、哀願状態だが形振り構う余裕などない。地獄の閻魔相手でもこれほどの恐怖を感じないだろう。

 思わず、心の中でありとあらゆる神に祈った。助けてくれるのならばいっそ死神でも構わない。てゆーか頼む助けて。


「―――クーン」


 人間味を感じさせない暗い音色で呼ばれる。


「は、はい……」


 その音色に例えようもない恐怖を感じつつ直立不動の姿勢で返事をする。


「接触は貴方に任せるわ」

「お、おう。任せてくれ」

「けど、もし失敗したら――」


 瞳だけは絶対零度を保ちつつ……凄絶な、それでいてひどく歪んだ笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「――その時は…………フフ、ウフフフフフ……」


 背筋が凍った。


「フフフフフフフフフフ……」


 どんな恐ろしい目に会わされるか想像もつかない。が、結果だけは鮮明にイメージできた。

 首が飛ぶ。比喩でなく物理的に。

 故に、クーンは改めて心の底から固く決心した。

 なんとしてでも―――アイツ等の為に、そして自分の命の為にも、この仕事を成功させようと……。











          *****











「それにしても……まさか本物の『死の恐怖』だったなんて…」


 タウンに戻り、落ち着いたシラバスは信じられないようにに言う。


「ずっと本物だって言い続けてただろうが」

「いや、まあ、そうなんだけど」

「てっきりねぇ〜……」

「そうなんだよねー」

「……おい、何がどうそうなんだよ」


 二人だけで、共通の何かを伏せて会話をしているようだ。


「てっきりぃ、頼まれたのは『死の恐怖』をロールしたがってる人のことだとおもってぇ……ムグッ?」


 慌ててシラバスがガスパーの口を塞いだ。


「な、なんでもないよ。アハハハハハハ…」

「……すげえ引っ掛かるが、まあいい」


 何を隠し、共感しあっているのかわからないが、ハセヲにとってその内容が不愉快なことに変わりは無い。従って、今まで俺の言うことを信じなかった罪を償ってもらうことにした。


「それよりだ。お前らは今まで、俺の言ってきたことを全く信じてなかったってワケだ」

「ゴ、ゴメン」

「ゴメンで済ますわけねえだろうが」


 今まで初心者扱いをされ続けてきたのだ。その精神的苦痛、疲労はいかなるものか。数値化したとしたら恐ろしい桁数になるだろう。


「え、えっと……それじゃどうすればいい?」


 恐縮した様子でシラバス。ガスパーもしょんぼりと落ち込んでいた。


「簡単だ。しばらくの間付き合ってもらうぜ」


 その一言で二人は呆然と、馬鹿のように口をあけたまま立ち尽くした。その状態で10秒が経過し、辺りは沈黙に包まれる。

 そのまま更に10秒が過ぎ、引け腰になりながらおずおずとシラバスが聞く。


「しばらくって……全てのPKを抹殺し尽くすまで、かな?」

「馬鹿かテメェラ!!!? 人の話ちゃんと聞いてたのかよ!?」


 この二人、ネジが2,3本ほど抜けている気がする。


「だ、だってしらばく付き合えって」

「付き合えっつっただけで、なんでPKを皆殺しにするなんて話になるんだよっ!?」

「……違うの?」

「違うに決まってんだろうが、俺をなんだと思ってやがる! レベル上げに付き合えってことだっ!!」


 その一言で、またも二人は呆然と、馬鹿のように口をあけたまま立ち尽くした。その状態で10秒が経過し、辺りは沈黙に包まれる。

 そのまま更に10秒が過ぎ……20秒が過ぎた。


「おい、本当に聞いてんのかよ」

「……えぇと、レベル上げに付き合うって、僕らが?」

「何だよ。あんだけボロクソに言っておいてただで済まそうってのかよ」

「あ、いや、確かに申し訳なく思ってるんだけど」

「んじゃ、レベル上げに付き合うぐらいのことはしろよ」

「でもぉ〜」


 黙りこんでいたガスパーが困ったように問いかける。


「ハセヲはオイラたちでもいいのぉ〜?」

「ハァ?」


 何を言ってるのかこの獣人タヌキは。まさか本当にネジが飛んだか。

 いぶかしみながら、とりあえずは答える。


「いいに決まってんだろうが」


 というか、この二人以外にアテが無い。


「ホ、ホントのホントにぃ?」

「嘘ついてどうするんだよ。それより、お前らに断る権利があるとでも思って――――」

「ウワァ〜! ありがとうだぞハセヲォ〜!!」

「ありがとう! 僕……僕、嬉しいよ!」


 ――やばい。こいつらマジでネジが飛んでるらしい。

 レベル上げに付き合えと命令しているのに喜んでやがる。


「ちょっと待て……本当にに俺の言ったこと理解してンのか?」

「うん! 一緒にレベル上げするんだよね、任せて!」

「オイラ、張り切っちゃうぞぉ〜!」


 意気揚々の二人。

 思わず未確認の生命体を見たかのような顔になる。


「なんで喜んでんだよ、お前ら……」


 ワケがわからない。


「いや、だって迷惑かけちゃったからさ。もうパーティ組んでくれないかと思ってた」

「嬉しいぞぉ〜、ハセヲォ〜」


 なるほど、そういうことか、と納得する。

 確かに、コイツラは気に食わない。さっきまで人を散々初心者呼ばわりするわ、『死の恐怖』だということを信じないわ、とにかくムカつくやつらだった。『死の恐怖』のままであれば、二度とこんな疲れるやつらとは関わるまいと思っただろう。

 しかし、今は事情が違う。


「他にアテになるやつらもいねえからな。とにかく、明日から付き合ってもらうぜ」

「そうだね。もう時間も遅いし、ガスパーもそろそろ時間じゃない?」

「あぁっ、ほ、ほんとだぁ〜 急がないとぉ」


 ガスパーはあたふたとした様子でログアウトをする。シラバスもまた明日、と言ってログアウトをして消えた。

 ハセヲは二人ともいなくなったことを確認し、空を仰ぐ。

 先程のくされPK、ボルドーの猛攻を耐えしのげていた三つ目の理由を思い返す。


「全く……どうしちまったんだかな、俺は」


 三つ目の理由は、全くもって自分らしくないものだった。何故そんな理由を思い浮かべたのかもわからない。いや、そもそもこんなものは耐えしのげていた理由にはならないだろう。

 三つ目の理由。

 それは――自分がやられれば後ろの二人が殺されるから、だった。

 はっきりいって理由になっていない。そもそも、あの二人がどうなったところで自分には関係ないはずだ。あいつらはレベルを上げるために利用したに過ぎないのだから。

 なのに、そんなどうでもいい理由が頭をよぎり――その理由が、身体に鞭を打って動かしていた。


「……らしくねえよな、俺。なに馬鹿なこと考えてたんだか」


 自分を罵倒する。

 しかし、そんな心中とは裏腹に――どこかホッとした表情を浮かべながら、ハセヲはログアウトをした。
















To be Continue












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