第48話 サンクチュアリ
虚ろな表情でバイクに乗るマリアを見つけた俺達。
俺達を見つけたマリアの意識は戻った。
ニニと王子はマリアから話を聞いている。
が、俺は何が起こっているのか把握出来ない。
異世界共通語チート能力が無いことを、こんなに恨むことになるとは。
言葉は分からないが…マリアから話しを聞いたニニ達の表情を見れば…最悪の事態だってことは分かる。
俺の中で感じている禍々しい魔力を放つ存在は…その存在感を増すばかりだ。
同時にもう1つ…俺には嫌な予感が起きている。
いや、それは予感じゃない…それはもう現実に起きるだろう。
バハムートの化身。
あいつが…近づいてきている。
しかも1匹だけじゃない…俺がぼんやりと感じられる数で12匹だ。
あの龍討伐の時…あいつは俺を狙っていた。
俺には分かっていた。
左右に展開した騎士達を無視して、こっちを攻撃してきたのは俺を狙っていたんだ。
この世界に来た初日…俺がやつを見たのは…俺を探していたのか?
ニニ達の決断は穴に向かうだった。
そこに希望は無く、絶望しか無くても。
俺達が見たのは…恐怖そのものに思える巨大な蠅の悪魔と戦う男の姿。
姿と言っても…俺には僅かにその姿を捉えることしか出来ない。
男は高速…いや光速と言ってもいい速さで動き回っている。
動き回りながら…悪魔の攻撃を防ぎ耐えていた。
そう…防いでいるだけ…攻撃なんて出来ていないだろう。
即死の攻撃だけかわし…かわしきれない斬撃を身に浴びても…それはすぐに修復されていく。
姿がはっきりと見えなくても、あの男はシュバルツ以外にあり得ない。
他の騎士達は?
最強の龍シリーズを装備した、第零騎士団は?
彼らは…眠るように地に伏していた。
死んでいる…のか?
ここから見て…傷一つ無いように見える。
一定距離から近づくことさえ出来ない俺達。
悪魔は…俺達の存在なんて興味が無いのか。
聞こえてくる悪魔の声は…笑っているように思えた。
楽しそうに…男と遊んでいる。
男の身体を切り刻み…血と肉を食べている。
修復される男の身体を見て、嬉しそうにまた笑い声をあげる。
やがて…悪魔は与えられたおやつを我慢出来ない子供のように…男の脚を捉える。
初めから…男を捕まえることなんて簡単に出来たのだろう。
鋭い針のような舌が伸びる…それは男の心臓を突く。
ゆっくりと…ゆっくりと血を吸っていく。
男はそれでも舌を心臓から引き抜こうと、大剣で舌を斬り捨てようとする。
それは叶わない。
悪魔の触覚が、男の大剣を地に落とす。
男は両手で舌を引き抜こうともがく。
やがて…男の身体が干からびていく。
舌を引き抜こうとした両手が落ちる。
舌を心臓から戻す悪魔。
悪魔の声だけが響いていった。
「うまい!うまいよ!ああっ!とってもうまいぃぃ! こんなうまいものがあるなんて!!! さたんのやつめ…おれをだましていたな! にんげんはぜんぜんおいしくないなんてうそじゃないか! ああ…きてよかった…あはっ…あはははっ!!!!!」
狂ったように叫ぶ悪魔。
その叫び声を遮るように別の声が響く。
悪魔は上空を見上げる。
そして歓喜する。
そこには…12匹のバハムートの化身がいた。
「なんだあれは!うまそうだ! ああ…おれはしあわせだ!こんなしあわせなことがあるなんて!」
悪魔は飛び立つ。
次の瞬間…3匹のバハムートの化身が地に落ちた。
バハムートの化身も悪魔を敵と認識する。
認識したが…姿を捉えることが出来たものはいるのだろうか。
速い…悪魔の飛ぶ速さは信じられないほど速い。
悪魔の蹂躙が始まった。
俺は人類の敗北を確信していた。
目の前で繰り広げられているのは…次元の違う戦いだ。
次元の違う戦いだが…一方的な虐殺でもある。
強い…強すぎる。
この悪魔…豚と蠅の王…ベルゼブブは強すぎる。
俺なんて何の役にも立たないじゃないか。
大ちゃんが世界の希望と言ってくれた俺は何も役にも立たないじゃないか。
王子達は吸い寄せられるように…降りていった。
降りたところには…綺麗に整列された騎士達の死体。
そこには…手足の無いミリアの死体があった。
俺は機械のようにステータス画面を出した。
王子の余っていた3ポイントで闘気、魔力、属性をレベル3に上げた。
3つがレベル2になった時…魔剣が解放された。
レベル3になれば…奇跡のような出来事が起きると思ったんだ。
でも…何も起きなかった。
あのシステム音は何も響かなかった。
でも強くなったはずだ。
俺を持って空を呆然と見上げる王子。
俺は炎の魔剣を発動する。
おい、強くなったろ?
分かるだろ?
どうにかしろよ。
お前は英雄なんだろ? 勇者なんだろ?
お前がどうにかしなくて…どうするんだよ。
誰があの悪魔を倒すんだ。
この世界はどうなるんだ?
王子は炎の魔剣となった俺を見つめる。
そうだ…やるんだ。
お前は強くなった…強い心を持ったんだろ?
今やらないで、お前はいつ何を成すんだ?
俺の世界にこんな言葉がある。
鉄は熱いうちに打て。
棒は硬いうちに擦れ。
出し惜しみするな。
全力だ。
全てを捧げろ。
勇者の力を見せてみろ。
そうじゃないと…そうじゃないと…。
12匹のバハムートの化身が地に落ち、悪魔が降りてきた。
悪魔は俺達を見ても、何とも思わないかのように…持っている肉を長く鋭い舌で食い漁っていく。
王子は斬りかかろうとした。
身体強化スキルを発動したのは分かった。
でも脚は動かなかった。
一歩も…動いていなかった。
肉を食い終えた悪魔が、興味無さそうに近づいてくる。
一瞬で殺すために。
ニニが王子と一緒に俺を握る。
死を覚悟して。
その時だ…奇跡ってあるんだな。
条件は何だったんだ?
誰もいいから2人?違うよな…愛し合う2人か?
何でもいいよ…何だっていい…俺は神に感謝した。
「聖魔法が解放されます。木野樹聖の存在を代償に聖魔法サンクチュアリを発動しますか?」
俺はニニと王子の魔力に干渉した。
二人は理解したんだろう。
頷いて、俺を一緒に持ち…悪魔を睨む。
悪魔は一瞬何かを感じたのか…歩みを止める。
その歩みを止めた一瞬を…マリアが生かしてくれた。
2人から感じられる魔力に希望を持ったのだろう。
マリアは蠅の眼の前に、自分の魔力全て注いだ…光の玉を浮かべた。
あの日…ニニが聖樹草を盗りにいった時に使った暗闇を照らす光の玉だ。
マリアの光の玉はそんなに大きくなかった…けど…その光の強さはすごかった。
「ああっ! めがあっ! めがあああ!! ああああ!!!」
悪魔は一瞬だけ視力を失った。
そして、ニニと王子は…片手でお互いの手を握り…もう片方の手で俺を握りしめ…俺がこの世界で最後に聞く言葉を言った。
「「サンクチュアリ!!!」」
俺はその言葉が3文字でないことを、神に感謝した。
世界は優しい光に包まれた。
その光景を見ながら…俺の意識は…ゆっくりと白い世界に飲まれ…消えていった。