第46話 希望
第零騎士団及びマリアが超大穴に到着したのは、塞いだ大穴の拠点から飛び出した5時間後だ。
発見されたばかりの穴のため、途中休める補給地点は存在しない。
存在しなくとも、普通なら部隊そのものが現場に一緒に到着するなんてことはない。
少人数での偵察隊を先行させて、状況を確認して向かうはずだ。
しかし、シュバルツは最大全速で現場に向かった。
焦ったわけではない…彼はそう自分に言い聞かせた。
確かに急行した合理的な理由もある。
穴が発生しても直ちに悪魔が侵攻してくるわけではない。
地下世界側のことを知ることは出来ないが、これまでの経験から地下世界側も穴の発生を認識して、こちらにやってくるまで時間を要していると推測されている。
1個目の大穴は、悪魔がやってきて被害が出たことで発見された。
2個目の大穴の時は、正確に発生した時期は不明であるが、騎士団が穴を発見して最初の悪魔がやってくるまで10日ほど時間があった。
秘匿していた3個目の大穴では悪魔がやってくるのに15日の時間があった。
その経験と知識から、シュバルツは4個目の大穴から悪魔はまだやってきていないと考えた。
現場で起こっている問題は、賢老会の軍達との問題と思っていたのだ。
ならば、一秒でも早く現場に向かうべき…彼はそう判断した。
ミリアのことを想って急いでいるという考えを否定するために。
現場が近付くにつれ…嫌な感覚が自分を襲う。
シュバルツはその感覚をどう判断するべきか迷っていた。
遠くに見える…大穴が発生したとされる方角が…静かすぎるのだ。
答えはすぐに分かった。
現場に到着したシュバルツ達を待っていたのは…地獄だった。
本当の強者とは何だろう。
神話や英雄譚に出てくる悪魔や化け物達のように、ただただ人を殺し、大地を壊す存在は果たして強者なのだろうか?
否。
それは強者では無い。
本当の強者とは支配する…別の言葉で言えば管理するのだ。
女王が、騎士団が穴を管理していたように…本当の強者とは支配し管理する者だ。
シュバルツ達が見たのは、地獄だ。
ただ…それはあまりに美しい地獄だった。
大地が無意味に壊れていることは無い。
血が…不必要にまき散らされることも無い。
騎士達の身体は…まるで生きているように綺麗に一列に横たわっている。
身に着けていた鎧を脱がされて…裸のまま。
脱がされた鎧も…綺麗に並べられている。
ここで何があったのか。
想像することは出来る…出来るが…信じたくない。
刹那。
穴の中から気配を感じる。
シュバルツだけが感じたその気配。
彼は死を悟った。
マリアをバイクに乗せると、有無を言わせず発進させる。
「逃げろ」
その言葉に全てを込めた。
穴から出てきたのは蠅だ。
巨大な蠅が姿を現した。
その眼は見るものを恐怖に落とす。
その頭から角のように生えた触覚は獲物を逃がさない。
その牙は全てを噛み砕く。
その舌は魂すら吸い取る。
蠅が嬉しそうな笑顔でシュバルツ達を見る。
特にシュバルツを見る蠅の顔はひどく歪んで…笑っていた。
そして彼に向かって呟いた。
「あはっ!…あははっ!…おまえ…うまそうだな!」
私は1人バイクに乗り…城へと逃げている。
シュバルツ達を置いて…自分だけ生き延びる?
罪の意識が私を蝕む。
でも、この罪の意識は、薄っぺらい正義感からくる愚かな考えだ。
あの現場から生きて、あの状況を誰かティア様に伝えられているだろうか?
否。
誰もあの場所から生きて帰ることなど出来なかったはず。
シュバルツのおかげで自分はいまこうして、あの場から離れている。
人間が…あの禍々しい魔力の中…正常な思考を持てるわけがない。
そんな中…彼は動いたのだ。
私を逃がすために。
私のするべきことは、1秒でも早くこの事態をティア様に報告すること。
でも…報告して…どうなるの?
誰があの悪魔と戦えるの?
次第に私は何も考えられなくなる。
何のために…何を期待して…どんな希望を抱いて…自分は逃げているのだろう。
私の目の前が白くなっていく。
意識が…止まる…。
彼女の意識が失わる寸前に…希望はやってきた。
彼女の名前を叫びながら、木の棒に跨った少年と少女が。