第44話 光よりも速く
ぽた…ぽた…。
私の頬を濡らしていく。
ぽた…ぽた…。
誰か泣いているの?
ぽた…ぽた…
泣かないで。
ぽた…ぽた…。
お母さん泣かないで…私良い子でいるから…毎日お掃除もするし、洗濯も料理もするから泣かないで。
ぽた…ぽた…。
独りでも寂しくないよ。お母さんがいるもの。玩具なんていらないよ。
ぽた…ぽた…。
泣かないでお母さん…世界でたった1人…私の愛するお母さん。
私の意識が戻った時…私はシュバルツ様におんぶされるように抱かれていました。
私の最後の記憶が見た悪魔…キマイラ。
神話に出てくる姿のまま…悪魔として私の前に現れました。
B部隊の人達を殺しながら。
私の頬には血がついていました。
シュバルツ様の血です。
私を助けて下さった時に負傷して…その時に血が私の頬についてしまったそうです。
シュバルツ様の傷は…ご自身の回復能力でもう治っているから大丈夫だと。
私達はいま穴の出口に向かっています。
A部隊だけで。
キマイラはどうなったのか。
B部隊の人達はどうなったのか。
私は聞くことが出来ません。
そして、誰も何も話しません。
やがて光が見えてきました。
シュバルツが単騎でニニを救出した。
B部隊を襲っていたのはキマイラ。
シュバルツはキマイラの一撃をもらいながらも、ニニを抱いてこちら側に戻ってきた。
すぐにB部隊帰還のために残しておいた穴を塞ぐ指示が出る。
キマイラの声は遠ざかっていた。
B部隊が奥に連れていったのだろう。
命と引き換えに。
拠点に戻った俺達の雰囲気は重い。
この世界の歴史上初めて大穴を塞いだのに…笑顔を浮かべる者はいない。
それでも時は待ってくれない。
シュバルツの指示が出る。
「第2騎士団は東の大穴に向かえ。第4騎士団と合流して穴の対処だ」
「はっ!」
第2騎士団の団長が答えると、休憩を取ることなく…準備を始めて東の大穴に飛んでいく。
「第1魔術師団は王城へ帰還。事態を女王様に報告。王子とニニも第1魔術師団と共に帰還してくださいませ。 新たに発生した大穴には我ら第零騎士団が向かい、先行しているミリア達と合流して事態を把握します。」
「ティア様の指示は…第零騎士団も一緒に帰還だったはずですが?」
マリアがシュバルツに問いかけます。
「…現場での判断は私に一任されております。」
マリアがシュバルツを睨みます。
「私も行きます。」
マリアの顔を睨むシュバルツ。
「わかりました…では、マリア様以外の第1魔術師団及び王子とニニは王城へ帰還。」
その言葉を合図に動き出す。
俺は王子、ニニと一緒に王城へ戻るために飛び立つ。
シュバルツ、マリア達も超大穴に向かって飛び立った。
飛び立つ前…マリアがニニを抱きしめて頭を撫でていた。
そして…俺を王子から受け取ると…額を俺に当てた。
(王子とニニをお守り下さい。)
俺はこの世界の言葉は分からない。
そもそも、マリアは言葉を発していない。
それでも…分かることはある。
王城に戻るために飛び立ち4時間ぐらいが経った頃だろうか。
休憩のための拠点が見えてきた。
降り立った俺達に、拠点の兵士が真っ青な顔で何かを報告してきた。
兵士の報告を聞いた王子とニニの顔も真っ青になった。
なんだ?どうした?
何があった?
そして王子が何かに気付いたように叫ぶ。
それを聞いたニニが口に手を当てる。
王子がニニを見つめて何かを伝える。
ニニは驚きながらも…顔を横に振る。
そして…ニニも王子を見つめて声を出す。
王子は一瞬迷った表情を浮かべたが…ニニの顔を見つめる。
天使のように可愛いニニの顔には…決意がみなぎっていた。
王子は頷く。
ニニの手を取り…第1魔術師団に何か指示する。
外に止めてあった空飛ぶバイクに2人でいく。
王子がバイクに乗ろうとした時…ニニが王子を止める。
王子はきょとんとしていた。
ニニは驚いた表情を作って空を指さす。
王子が身体強化でバイクから一気に離れて戦闘態勢を取る。
が…空には何もない。
呆然としている王子の手から…ニニが俺を奪う。
王子が驚いてニニを見ると…子供の悪戯が成功したように嬉しそうに笑うニニがいた。
ニニは俺に跨る。
そして王子に手を差し伸べる。
王子はちょっと照れた顔をしながら…ニニの手を握る。
俺は王子がちゃんと俺に跨る前に飛び出す。
王子もニニも驚いていた。
お父さんの最後の抵抗である。
ニニに方角を指示してもらう必要もない。
2人がどこに向かおうとしているのか…この状況で分からないなら、俺はただの愚か者になってしまう。
それに…俺の中にある何かが感じている。
あいつの存在を…禍々しい魔力を放つ存在を。
空飛ぶバイクなんて話しにならないスピードで俺は飛ぶ。
風よりも速く、音よりも速く、光よりも速く!!!!!