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神様、ちょっとチートがすぎませんか? 作者:七草裕也

ラクルス村編 第二章 闇の襲来

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4.戦跡の傷

戦い終わって……
 僕は右手で匙を持ち、お母さんの茶碗から麦粥を掬った。
 少し勢いが余って茶碗をひっくり返しそうになり、左手で支えようとして――左手が失われているために、失敗する。
 正面に座っていたお父さんが反射的に茶碗を支えてくれたので、なんとか麦粥をこぼさないですんだ。

(やっぱり、左手がないのは不便だな)

 そう思うけど、少なくとも左手と魔法を取引したことは後悔してない。
 後悔しているのはもっと別のことだ。

 僕の横にはお母さんが座っている。
 お母さんはニコニコほほえんでいる。
 僕が3年間求めてやまなかったお母さんの笑顔がそこにあった。

 ――だけど。

「お母さん、口を開けて」

 お母さんは僕の言うとおり口を開いた。無邪気な笑顔を浮かべたままで。
 僕は麦粥を掬った匙をお母さんの口へと持っていく。

「お母さん、噛んでから飲み込んで」

 お母さんは僕の言葉通りの行動をした。

 僕はひたすら繰り返す。
 麦粥を掬い、お母さんに口を開けるように言い、麦粥をお母さんの口の中に入れ、お母さんに食べるように言う。
 何度も何度も繰り返す。

 お母さんはまるで張り付けたような笑顔で僕に言われるがまま食事をする。

 ――月始祭に『闇』が襲来してから、今日で3日目だった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 あの日、『闇』の指を切り捨てて落下した僕は、頭から地面に埋まった。
 早く抜け出さなければ『闇』に追撃されると焦ったが、焦れば焦るほど中々抜け出せなかった。

 そんな僕を助けてくれたのは、いつも一緒に水くみをしていたみんなだった。
 もがく僕の足を掴み、地面から引き抜いてくれた。
 真っ先に僕の足を握ったジラは、チートの力を持つ僕が足をむやみに動かしたせいで、右腕を骨折してしまったらしい。
 それでも、皆に手助けしてもらって立ち上がった僕に、ジラは「がんばれ」と言ってくれた。

 僕はみんなに「ありがとうございます」と言った後、お母さんとお父さんの方へと駆け寄った。
 どうやら僕の体はチートの力に耐えられるよう頑丈にできているらしく、落下の衝撃は『ちょっと痛い』くらいですんでいた。

「パド、お前さっきのは……」
「説明は後でします」

 僕はそう言って、お母さんの傷ついたお腹に右手を当てた。
 刃と同じ、漆黒のエネルギーが放出される。

「何を……?」
「傷を治します」
「治すって……」

 説明したいけど、説明している時間はない。
『闇』はすぐにも降りてくるだろう。

 よし、お母さんの傷はふさがった……はずだ。
 助かるかどうかはわからないけど、少なくともこれ以上お母さんの血が流れ出すことはない。

「お父さん、お母さんを連れて逃げてください」
「お前はどうするんだ?」
「僕はあいつを倒します」

 僕が振り返ると、そこには地面に降り立った『闇』がニヤニヤといやな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
 僕に魔法の取引を持ちかけた幼児姿のあいつとよく似た、下品な嫌らしい笑みだった。

 ジラ達の周囲に村長達大人があつまる。

「村長達も逃げてください。こいつは僕が倒しますから」

 村長は一瞬戸惑った顔を浮かべ、だけどすぐに決断してくれた。
 大人達は村長の指示の元、子供達の手を引っ張って川の方へと逃げ出す。

「パド、頑張れ、危なくなったら逃げてこいよ」

 父親に引っ張られるように裏の外へと向かいながら、それでも振り向いてジラが言ってくれた。

「お父さんも早く」

 僕は未だとどまったままのお父さんに言った。

「だが……」
「お母さんを助けるためにも、お願いします」
「……わかった。すまない」

 お父さんは言って、お母さんを抱きかかえて走り始めた。
 みんなと同じ方向に行くには、闇の横を通らなければならないので、この間(みやこ)を見下ろした崖の方へと走っていく。

 それを確認すると、僕は『闇』と向かい合った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 戦いの結論を言えば、僕は『闇』を倒した。
 もちろん僕は戦闘訓練どころかスポーツとしての剣道や空手だってやったことがない。ただひたすらに漆黒の刃を右手にチートの脚力で『闇』に飛びかかっただけだ。
『闇』は意外なほど抵抗もせず真っ二つになっり、その後死体も残さず跡形もなく消えた。
 まるで、最初から何もいなかったかのように。
 あまりの無抵抗さに拍子抜けしつつも、不気味さを感じたくらいだ。

 僕は『闇』を倒した。
 だけど、村にはいくつもの傷跡が残った。

 広場には大きな穴が開き、家屋もいくつかが破損したり倒れたりしていた。
 それらは『闇』の攻撃というよりも、僕が『闇』を地面に押し倒して殴り飛ばし続けた衝撃による余波が原因だった。
 どうやら僕の拳は地震と同じような揺れを村全域にもたらしたらしい。
 日本の建物と違って耐震性なんて考えられていない木造家屋が傷つくのは当たり前だった。

 怪我をした人もいた。
 一番大きな怪我をしたのはもちろんお母さんだけど、それ以外にも逃げるときに転んだり、倒れた家や木につぶされかけたりした人も何人かいた。
 村長も途中で転び、足の骨にひびが入ったらしい。
 僕を助けようとして、骨折したジラもそうだ。

 畑の作物にも被害があった。
 幸い、畑は戦いの場にこそならなかったが、一部の麦畑は陥没し、今年どころか来年以降も麦を育てるのが難しそうな場所も出てしまった。
 さらに、畑ではないが、毎年秋になると村に果実をもたらす野生の木々が何本も倒れたらしい。

 死者はでていない。
 それだけは本当に幸いだったと思う。

 だけど――

 村は傷ついていた。
 元々裕福ではないラクルス村にとって、無視できない損害がたくさん出ていた。

 ――そして、お母さんの心が失われた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 月始祭の翌日、お母さんはベッドの上で目を開けた。
 お母さんのほほえみを浮かべて僕を見た。

「お母さん、気がついたんだね!!」

 僕は喜びの声を上げた。

「サーラ、良かった……」

 お父さんも涙目になりながら喜んだ。

 ――だけど。

 僕たちの喜びは、すぐに悲しみと困惑に変わった。
 お母さんは心を失っていた。
 自分からは座ることも立つことも歩くことも、何もできなくなっていた。

 誰かが指示すれば簡単な動作はする。
『立って』と言えば立ち上がるし、『座って』といえば座る。『口を開けろ』といえば開けるし、『咀嚼しろ』といえばする。

 だけど、自分からは何もしない。
 声を上げることもしない。食事も取ろうとしないし水を飲もうともしない。

 そして、常にほほえみを浮かべ続けている。
 でも、それが喜びの感情を表してのものではないことはすぐにわかった。
 試しにお父さんが足をつねってみても、痛みを訴えることもなくほほえみ続けていたから。

 確かに、お母さんの命は救われた。

 ――だけど、お母さんの心は失われた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 村に医者はいない。
 周囲でとれる薬草の使い方などの民間療法は伝わっているし産婆さんもいるけど、本格的な医術を学んだ人間はいない。
 医学の知識を一番持っているのは、あるいは前世の記憶がある僕かもしれない。

 とはいえ、もちろん僕の前世の知識は一般の小学生以下だ。
 病院で11年過ごしたといっても、風邪の治し方一つ解らない。

 お母さんのように、心を失った人をどうすれば元に戻せるかなんて、誰も知らない。
 もしかすると、治す方法はないのかもしれないし、明日にも自然に元に戻るかもしれない。
 希望は失いたくないけど、出来ることは話しかけることくらいだ。

 そもそも、お母さんの心が失われた原因もわからない。
 出血が多すぎて、脳に異常が出たのか、それとももっと別の理由があるのか。

 前世の記憶があろうと、チートの力や魔力があろうと、僕は無力だった。

 今日まで、お父さんは僕に詳しい説明を求めなかった。
 本当は聞きたいことが山ほどあるだろうに、グッとこらえてくれた。
 お母さんに寄り添い続ける僕をただ見守りながら、仕事に出かけ、食事を運んでくれた。
 家の外に出ようとしない僕を責めることもなく、夜涙を流せばそっと抱いてくれた。

 だから、僕は水くみも復興の手伝いもすることなくお母さんに付き添い続けることが出来た。
 きっと、お父さんだけでなく、村の皆が気を使ってくれたんだと思う。

「お母さん、おいしい?」

 尋ねてもお母さんはほほえむばかりだ。

 ――僕は、どこで間違えたんだろう。
 ――ただ、家族みんなで幸せに暮らしていきたかっただけなのに。
 ――剣と魔法の世界に転生したからといって、『闇』との戦いなんて望んでいなかったのに。

 お母さん、僕の大切なお母さん。
 僕が秘密を隠し通したが為に3年間不安がらせたお母さん。
 お願いだから、戻ってきてよ。
 お母さんの本当の笑顔(・・・・・)を、僕にみせてよ。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そして、月始祭から3日が経過した日の夕方、家に村長の娘さんがやってきた。

「バズ、村長が呼んでいます。一緒に来てはもらえませんか?」

 お父さんを呼びに来た彼女の顔を見て、僕は底知れぬ不安を覚えた。
 その表情が、前世で僕の体調が悪くなった時にテレビやゲームの禁止を告げた看護婦さんの顔と同じように見えたからだ。

「わかった」

 そう言って立ち上がったお父さんの顔には何かを覚悟したかのような表情が浮かんでいた。

「お父さん……」
「心配するな、パド。大丈夫だから」
「僕も一緒に行った方が良いですか?」

 事情説明ならその方が良いかと思って尋ねたが、2人とも首を横に振った。
 小雨の降る中家を出て行くお父さんの背中を、僕は不安になりながら眺めることしか出来なかった。
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