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高校二年編
その十三
 僕は磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)。高校二年。

 この前、偶然姉と姉の恋人の力丸憲太郎さんがキスしているのを見てしまった。

 それからというもの、何となく姉と二人きりになるのが怖くて、部屋に閉じ篭りがちだ。

 そんな僕の思いにまるで気づかないのか、相変わらず姉は平気で僕の部屋に入って来る。

「武くーん」
 
 甘えた声だ。何だろう?

「あのさァ、今度の土曜日の炊事当番なんだけどさァ」

 またか。仕方ないな。いつもこれだ。

「リッキーとデートなんだ。代わってくれない?」

 デート。その言葉を聞いた瞬間、僕は生まれて初めて姉に対して怒りが込み上げて来た。

「嫌だよ。自分で予定を変更すればいいじゃないか」

 思ってもみなかった僕の抵抗に、姉はポカンと口を開けてしばらく動かなかった。

「な、何でよ? いつも交代してくれたじゃない?」
 
 姉は酷く動揺している。
 
 怒り出すかと思ったのだが、僕のささやかな抵抗に姉の方が狼狽えている。

「交代じゃないだろ? 姉ちゃんはいつもサボるだけで、僕の炊事当番は代わってくれないじゃないか」

 僕は更に今までの鬱憤を晴らすかのように言った。姉は完全に打ちのめされていた。

「わ、わかった」

 呆然としたままで、姉は部屋を出て行った。

 僕は興奮していたので、その時は別に何も感じなかったが、時間が経つにつれ、酷い事を言ってしまったと気づいた。

 どうしよう? 謝ろうか?

 それでも心のどこかで、間違った事は言っていないという僕が抵抗している。

 僕は迷った挙げ句、同級生で、今付き合っている都坂(みやこざか)亜希(あき)ちゃんに電話した。

 そして、亜希ちゃんに事情を話し、どうしたらいいか尋ねた。

「何かあったの、武君?」

 亜希ちゃんが尋ね返して来る。

 でも言えない。

 姉と憲太郎さんがキスをしていたのを見たので、姉の我が儘を聞けなくなったなんて。

 僕が姉の事をどう思っているのか、亜希ちゃんに誤解されてしまいそうだから。

「う、うん。ちょっとね」

 誤摩化そうとしたが、付き合いが長い亜希ちゃんは僕の隠し事を見抜き、

「本当の事を話しなさいよ。このままじゃ、何もアドバイスできないわ」

「う、うん……」
 
 僕は恥ずかしいのを我慢して、全部話した。

「ふーん」

 亜希ちゃんは僕の事を軽蔑するかと思ったが、そんな事はなかった。

「羨ましいな、美鈴さんが」

「えっ?」

 僕はキョトンとした。

「だって、それって嫉妬でしょ?」

「いや、別にそんな……」

 僕は慌てて否定した。

「私、兄弟がいないからよくわからないけど、私にも兄か弟がいたら、そんな気持ちになると思う」

「そ、そう」

 亜希ちゃんの言葉に救われた気がした。

「だから、気にしなくていいと思うよ。でも、炊事当番の件は、武君が悪い。謝った方がいいよ」

「うん。ありがとう、亜希ちゃん」

 僕の気持ちは落ち着いた。やっぱり亜希ちゃんは優しい。

「どういたしまして。それとさ」

「えっ?」

 何だろう? 

「もしも私に兄か弟がいて、仲良くしてたら、武君、嫉妬する?」

「えっ……」

 頭の中が一気に混乱する。亜希ちゃんにお兄さんか弟? 

 勝てない気がしてしまう……。

「ねえ」

 促されてハッと我に返る。

「す、するよ、もちろん。きっとカッコいいだろうから」

 亜希ちゃんは僕の返しにクスクス笑った。そして、

「ありがとう武君」

 と言ってくれた。



「あ」

 僕は謝ろうと思って部屋を出た。すると姉もちょうど部屋を出て来たところだった。

「あのさ」

 同時に口にした。お互いに顔を見てしまう。

「さっきはごめん」

 練習したのかというくらい、ピッタリ合っていた。



 こうして姉と僕は、いつもの姉弟(きょうだい)に戻った。
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