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高校二年編
その九
 僕は磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)。高校二年生。

 幼馴染みで同級生の都坂亜希ちゃんと付き合う事になった。

 そんな日が来るなんて夢にも思わなかったのに。

 そして、今日はバレンタインデー。

 今までこの日は憂鬱な日だった。

 チョコをくれるのは、母と姉だけ。

 亜希ちゃんは一度もくれた事がない。

 同級生の男共は、全員亜希ちゃんからのチョコを待っていたらしいけど。

 彼女はそういう事が好きじゃないのかと思っていた。

 でも違った。昨日、亜希ちゃんから携帯に連絡があった。

「武君は、チョコ好き?」

「う、うん、好きだよ」

 僕はドキドキして答えた。

「ミルキーなのと、ビターなの、どっちが好き?」

「どっちも好きだよ」

 僕がオロオロしてそう言うと、亜希ちゃんは、

「ダメ、そんないい加減なのは! どっちかにして!」

「は、はい」
 
 何か、今までと同じような会話だ。

「じゃ、ビターで」

「わかった。明日、武君にプレゼントするね」

 その言葉に僕は天にも登る気持ちになった。

「私の愛が一杯入ってるんだから、味わって食べてよ」

「う、うん」

 亜希ちゃん、大胆だなァ。僕はきっとニヤニヤしていたと思う。

 

 そして次の日。朝キッチンに行くと、母と姉が、何かを作っていた。

「おはよう、武彦。今日は、母さんと姉ちゃんが、世界一美味しいチョコレートを作ってあげるから、ありがたく思いなさい」

 姉ちゃんはまるで悪い魔女のような顔で言った。いや、そう見えた。

「そんな大袈裟な。武彦は、今年は亜希ちゃんからもらうんだから、そんな事言って脅かさないの」

 母が呆れ気味に姉を(たしな)める。姉はクスッと笑って、

「亜希ちゃんは一度も武彦にチョコをプレゼントしてくれた事がないんだから、今年ももらえないわよ」

 うう。何か悔しいけど、ここで、

「今年はもらえるよ」

などと言おうものなら、どんな事になるかわからないので、何も言い返さなかった。

「あら、そうなの、武彦?」

 母はむしろ心配そうに僕を見た。僕は母にだけは本当の事を言おうと思った。姉のいないところで。

「あ」

 亜希ちゃんからの連絡をすぐに受けられるように持っていた携帯が鳴った。

「誰?」
 
 姉がチョコだらけの顔で僕を見た。僕はそれに答えないで、キッチンを出た。

「こらァ、武、何無視してんのよ!」

 後ろで姉が怒鳴る声が聞こえたが、今はそれどころではない。

「もしもし」
 
 亜希ちゃんだった。

「武君、お待たせ。チョコ、できたから、取りに来て」

「う、うん」

 僕はすぐに支度をして、家を飛び出し、亜希ちゃんの家に走った。

「武君!」

 亜希ちゃんは玄関の前に立って、僕を待っていてくれた。

「はい、バレンタインのプレゼント」

「あ、ありがとう」

 綺麗なラッピングがされた手の平に収まるくらいの箱だ。凝ってるなあ。

「ホントは、私の家で一緒に食事でもって思ったのだけど、今日は急に出かけなくちゃならなくて」

「そうなんだ」

 亜希ちゃんは気まずそうに、

「ごめんね、朝早く呼び出して。また、後で」

「う、うん」

 僕は亜希ちゃんに手を振ってから家に戻った。

「どこに行ってたの?」
 
 玄関を入ると、姉が仁王立ちで待っていた。

「あ、亜希ちゃんの家」

「ふーん」

 姉は僕が持っている箱に気づいた。慌てて隠すが、遅かった。

「なるほど。姉ちゃん達のチョコなんか食べたくないけど、亜希ちゃんのチョコは食べたいんだ」

「べ、別に姉ちゃん達のチョコ食べないなんて言ってないよ」

 僕は焦って言ったが、姉ちゃんは、

「無理しなくていいよ。亜希ちゃんのチョコ食べたら、姉ちゃんのチョコなんか不味くて食べられないだろうから」

「そ、そんな事ないよ」

 僕は本当にそんなつもりはない。姉は何でそんなに意地悪を言うのだろう?

「美鈴、大人気(おとなげ)ないわよ」

 母がキッチンから出て来て言った。姉は肩を竦めて、

「はーい」

と言うと、キッチンに戻って行った。

「武彦、気にしないでね。無理しなくていいのよ」

 母はニコッとしてそう言ってくれたが、

「別に無理なんかしてないよ。毎年、僕、母さんと姉ちゃんのチョコ、食べてるでしょ」

「ありがとう、武彦」

 母はまたニコッとして言い、キッチンに戻って行った。

「さてと」

 僕は亜希ちゃんがくれた箱を見てから、階段を駆け上がった。

「どんなチョコかな?」

 部屋に入り、ラッピングを取る。赤い箱が出て来た。フタを取ると、中にはハート型のチョコが入っていた。

「すご」

 手作りチョコ。しかも、形もバッチリだ。

「味わって食べさせて頂きます」

 僕は手を合わせてから、そのチョコを頬張った。

「……」

 失敗した。味は不味くない。でも、選択を誤った。ビターなんて言わなきゃ良かった。

 この味は、僕には無理だ。

「うう」

 悲しいけど、完食はできません。ごめん、亜希ちゃん。ホントにごめん。

 僕はチョコを箱に戻し、机の引き出しにしまった。

 そして、すぐに部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。

「チョコできた?」

 僕は姉の機嫌を取ろうと思い、作り笑いをして尋ねた。

「できたわよ。食べてみて」

 何も言わない姉の代わりに、母が答えてくれた。

「頂きます」

 僕はトレイに並べられたチョコの一つを取り、口に入れた。

「お、美味しい!」

「無理しなくていいのよ、武」

 姉が不貞腐れたように言う。でも、無理していない。本当に美味しい。

「美鈴、そんな言い方しなくてもいいでしょ」
 
 母が呆れて姉に言った。しかし、姉はツンとしたままだ。

「ホントだよ、姉ちゃん。美味しい。亜希ちゃんのより、美味しいよ」

 僕は思わずそう言ってしまった。すると、

「そ、そうか、武彦。そんなに美味しいか」

 姉は急に嬉しそうに僕を見た。

「やっぱり、姉ちゃんと母さんの作るチョコが一番だよ」

 僕はそう言いながら、亜希ちゃんに心の中で土下座した。

「嬉しいぞ、武彦。お前は本当に可愛い弟だ」

 姉がギューッと僕を抱きしめてくれた。

「へへへ」

 悪い弟だ。そう思ってしまった。

 姉は亜希ちゃんに嫉妬しているのだろうか?

 これから先が思いやられる。

 とにかく、亜希ちゃん、ごめん。本当にごめん。
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