第一章◆静始
紅い照明に照らされただだっ広いロビー。隅の方に置かれた小さなテーブルに座った少女は、ティーカップを口元に運ぶと、受け皿に静かに戻す。カチャン、と小さな音が部屋全体に響き渡っていく。
「本日の紅茶は如何でしょう。人間界から取り寄せた特注品を、うちの茶畑で摘んだものとブレンドした特製の茶葉を使用していまして」
テーブルの横で礼儀正しく手をエプロンの前で揃えてお盆を抱えるメイドは少々控えめな口調で紅茶の茶葉の話を披露する。椅子に座る少女はふぅ、とため息をつくと、
「まぁまぁね」
と漏らし、再び紅茶を啜る。二人の会話とティーカップの音のみが響く、不気味な紅い空間。
椅子に座り、先程から紅茶を啜っている少女はレミリア・スカーレット。この巨大なロビーをもつ館、紅魔館の主であり、長きにわたりこの館を守ってきた。
少女と思われる容貌だがしかし、彼女は既に人間が生きることの出来る年月を遥かに超える程長くこの世に留まっている。それは、吸血鬼である彼女には当たり前のことであり、館の者もそれを当然のものとして捉えている。
そのうちの一人が館のメイド長、先程からレミリアの隣で礼儀良く直立している十六夜咲夜。レミリアより年上と見えるも、彼女はれっきとした人間でなので吸血鬼であるレミリアより遥かに年下である。
そんな二人は特に何をするわけでもなく、咲夜が紅茶をいれてはレミリアが飲むといった不思議な日常が出来上がっていた。出来上がっていたのだが。
「・・・近頃鼠が多いようだけど、門番は何をやってるのかしら?」
「どうも力の強い人間が館を訪れるようになったとかで・・・。お嬢様には簡単には近づかせませんのでご安心を」
「もっとも、私に近づく程度の人間ならたいした実力者ではないでしょう」
咲夜は、そうですね、と口に手を当てて微笑する。
「その鼠、私の図書館の本を荒らして困ってるんだけど」
二人だけの空間だったロビーに第三者の声が響いた。扉が閉まる音の方を見ると、紫色の服を着たこれまた少女の姿。
「あらパチェ。あなたのところには小悪魔がいるじゃない」
「何度ドデカいスパークに焼かれて召喚し直したかしらね。ただでさえ喘息気味なのにゲフッ、ゲフッ・・・」
「ああもう大丈夫?咲夜、パチェにも紅茶を」
「かしこまりました」
パチェと呼ばれた少女はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の巨大図書館を管理している魔女であり、彼女も人間では想像もつかない程に長生きをする。その割にこの館では一番幼いのではないかと疑われる程の容姿の持ち主で、喘息持ち。
「全く、長い間外界との交流を絶ったスカーレット家が今更鼠を相手にしなければならないとは・・・。人間どもは吸血鬼の恐ろしさを忘れたのかしら」
ため息混じりにレミリアはパチュリーを眺めて言う。パチュリーも、全くね、といった具合に頷き、咲夜からカップを受け取る。
が、そのカップはパチュリーの手に渡ることなく床に叩きつけられた。
「な、何ですかこの揺れは!?」
近年体験したことのないほどの大揺れが突如ロビーを、いや、紅魔館全体を襲ったのだ。
揺れは一時的なもので、おさまると咲夜はいち早く床に散らばったカップの破片を回収する。パチュリーは全く状況が飲み込めず、というか飲み込もうともせず、ただ床に広がる紅い液体を惜しそうに見つめていた。
「・・・鼠の仕業にしては派手ですね・・・。この地域で地震なんて、滅多にないのに」
咲夜が言うと、レミリアは首を小さく横に振る。
「いいえ、鼠の仕業ね」
「と、言いますとパチュリー様のところに出る鼠が有力ですか」
「・・・そうね」
神妙な面持ちのレミリアはカップを受け皿に戻すと、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。俯き加減のその姿はその場にいるもの全てを畏怖させる程に怒りを感じさせる。
「鼠は時として柱をかじり、強靭な家でさえ崩すことがある。しかし鼠は、柱をかじるという行為が家を壊すということに繋がることを知らないの。だから鼠は愚かなのよ」
機嫌が悪いのを隠す様子もなく、多少荒々しい口調で言う。
「ええと、つまりその人間がこの館を攻撃していると?」
レミリアは、違うわね、と首を振り、ロビーの出入口に向かって歩き出す。
「柱をかじる鼠もやがて崩れる家に潰されるわ。後始末は結局家の主の仕事。・・・本当、やってくれたわよ」
捨てるように言うと、巨大な扉を押し開けてロビーから去っていった。残された二人は顔を見合わせ、
「あ、紅茶入れ直してきますね」
咲夜は言うが、パチュリーは咲夜の服の裾を引っ張ってそれを止め、
「私も行くわ。咲夜、着いてくる?」
そして後には誰もいなくなった
「湖のほとり・・・。あの館の方かしらね」
立派な鳥居が構えるそこそこ大きな神社の境内、一人の巫女が、遥か彼方の空に舞い上がる粉塵を眺めながらぼやく。
「全く、無鉄砲というか何と言うか・・・」
彼女の名は博麗霊夢。妖怪勝りの人間、賽銭の鬼、第六感の化身等様々な呼び名があるが、彼女の前でそれを口にした者はいない。というか、いなかったことにされてしまう。
霊夢は小さいため息を一つつくと、鳥居を抜けて歩きだす。厚い雲に覆われた空を見上げ、
「いるんでしょう?」
「あら、よく分かったわね」
霊夢の視界に入った空間の一部に突如亀裂のような黒い線が浮かび上がる。それは次第に膨らみ、飴玉を包む紙のような形を作りだす。
「珍しいじゃない、貴女がわざわざあの黒い奴の為に動くなんて」
黒い亀裂からひょっこりと少女が顔を出す。何とも不気味な絵ではあるが、霊夢はそれに慣れているようで、抵抗も無しに会話をする。
「あいつの為、ねぇ。そう言われるとそうなのかもしれないけど・・・」
「お得意の直感ってところかしら?うふふ、貴女らしいわね」
亀裂から顔を出す彼女は八雲紫。空間と空間を境界で結ぶ力を持つ変わり者。とはいえ、彼女の回りの者もそれなりに変わっているため、特別目立つという訳でもない。
「で、着いてこなくてもいいんですけど」
ぶっきらぼうに霊夢が言うと、紫はどこから持ち出したか扇子を口に当ててくすくすと笑う。
「あら、私も直感で移動しているだけよ?」
霊夢は再び、今度は深くため息をつくと、何を言う訳でもなく歩き続けた。
「くそ、何だっていうんだ?この馬鹿でっかい爆発は・・・」
紅い屋敷の地下、白と黒の魔法使い霧雨魔理沙は立ち込める砂煙を手ではらいながら言った。辺り一帯は砂埃に包まれ視界が悪く、現状が把握出来ない。
「扉を開けただけであの爆発とは・・・部屋を守る罠にしろ、部屋自体吹き飛んじゃあ意味ねーんじゃねえか?」
次第に砂埃が薄れると、目の前には崩れ去った天井と瓦礫の山が映し出されていた。館に勝手に忍び込んで勝手に壊したというのに、本人にその自覚はない様子。
「ここまでくればすげーお宝の一つや二つ出てきてもおかしくないと思うんだがねぇ」
なんて呑気なことを言っている魔理沙の口が突如止まった。視線は瓦礫の奥の方から止まって動かない。先の先に見えるそれは、暗くてはっきりとは見えないが、確かに人の形をしていた。
「誰かいるのか?」
ようやく言葉を放ったが、それに対する返答はない。確かめられずにはいられない魔理沙は瓦礫の山に手をかけ、上っていく。次第に影のように見えていた人の形がはっきりと見えるようになり、少女であることを見破るのに大した時間はかからなかった。
先程の爆発で少し破けたのか、薄いピンク色の小さな服を着たその少女は動くこともなく目の前を見つめているようだった。魔理沙はその少女に見覚えがないらしく、物珍しそうに少女の顔を眺めると
「うにゃ、見かけない顔だけど・・・こちらにお住まいかな?」
返事がない。ただの屍・・・ではなく、直立した少女は真っ正面からジロジロ見てくる魔理沙に少しも動じることなく、何も答えない。まだまだ子供の顔立ちだが、何故か無表情なところが魔理沙は気に食わないらしい。
「むぅ、じゃあ名前。名前は?」
思い出したかのようにパンと手を叩いて魔理沙は言う。
「フランドール」
顔に見合った幼い高い声で少女は名乗った。それを聞くと魔理沙はにこっと笑顔を作り、
「フランドールか。私は霧雨魔理沙だ。よろしくなっ」
と言い、右手を差し出す。
無言のフランドールはそれに応じようとはせず、ただ黙って差し出された手を見つめていた。
「あ、ええと。握手だよ握手。お互い手を握りあって、よろしくなってやるんだ」
魔理沙が言うと、フランドールも右手を差し出し手を握る。何と言うか、やりづらそうに魔理沙は頭を掻いてそして思い出した。
「ああそうだ、早くここを出ないとやばいんだった」
慌てて近場に散乱した瓦礫を越えようと駆け出したのだが、それは服を引っ張られて阻止される。
「フランドール?・・・何だ、行くなって言うのか?」
ふるふると首を振るフランドール。
「んじゃ何だ・・・連れていけってか?」
今度はこくん、と頷く。まいったなぁと魔理沙は呟きつつも迷っている時間はない。仕方なくフランドールをつれて瓦礫の山を後にするのであった。
「・・・」
無言で立ち尽くすレミリア。眼前には、無惨にも崩れ去った瓦礫が積み重なっている。
「お嬢様・・・!。なんですかこの瓦礫の山は!?」
後ろから追いかけてきた咲夜が慌てて叫ぶ。パチュリーはその惨状を見てふぅ、と息を吐きレミリアへ歩み寄る。
「これは派手にやってくれたわねぇあの鼠。・・・にしても、あのスパークの力でこれほどまでに豪快に壊れるのかしら」
「鼠の仕業じゃないわ。それに部屋の一つや二つはどうでもいいの」
その表情こそ冷静なものの、明らかに怒りのこもった声でレミリアは言う。崩れ去った瓦礫を軽く蹴り、そして舌打ち。
「すぐに追っ手を用意しますので・・・」
「いいえ、その必要はないわ」
咲夜に割って入るレミリア。
「・・・私が追う」
あまりに威圧感のあるその声に一時その場は静まり返る。
「・・・あら、いつもは館から出ないレミィが、珍しいのね」
「咲夜、後始末は任せたわよ」
咲夜は、かしこまりましたといつもの調子で丁寧なお辞儀をし、その場を去った。
「パチェ、貴女はついてくるの?」
「そんなわけないでしょう・・・といいたいところだけど、あの鼠に持っていかれた本を返して貰わないといけないのよね」
「・・・ありったけの鼠捕りを用意しなさい」
夕暮れももう近い。 |