花組体験入隊日記〜「サクラ大戦GB 檄・花組入隊!」より〜
作:ともゆき


 僕のもとにその手紙が来たのは一週間ほど前のことだった。
 その手紙には、

「貴殿ノ帝國華撃團ヘノ體験入隊ヲ願フ 帝國華撃團 米田一基」

 とだけ書かれてあった。
 その手紙を見たとき、僕はある出来事を思い出した。それは今から2ヶ月程前の太正十二年四月の終わり頃のこと、僕の家の近くの神社の境内のことだった。
    *
「そこのあなた、一寸いいかしら?」
 僕は不意に深緑色の軍服を来た女性に呼び止められた。
「え…? 僕のことですか?」
「そう。あなた、なかなかいいものを持っているわね」
 この女性ひと、いったい何を言っているのだろう? と僕は思った。と、その女性は何かを思い出したかのように、
「私は帝國華撃團副司令、藤枝あやめ。今、全国を回って霊力を持った若者を探しているところなのよ。そして、有望な子には帝國華撃團への1ヶ月間の体験入隊をお願いしているの。どうかしら? もしあなたが選ばれたら体験入隊をする気はある? …とは言っても、まだ正式に決まったわけではないのよ。全国を回って、その中であなたの素質が一番高いとなったら手紙を送るわ。その時はよろしく頼むわね」
    *
 というようなことがあってから二ヵ月近く経って、こうして僕の所に手紙が来たわけである。
 それから数日後に体験入隊の詳細が書かれた手紙が来たのだが、それによると体験入隊の期間は7月1日から31日までの1ヶ月間。月曜から土曜日まで訓練をして、日曜日は休日。30日に卒業試験を行い、31日はさよならパアティをする、という日程が書かれていた。
 始めは何かの悪戯か、と思った。しかし、こうして手紙が来て、「米田一基」という署名と「帝國華撃團司令之印」という判子が押してあり、さらには上野駅までの蒸気鉄道の切符(しかも一等車だった)とそこから銀座までの切符、そして大帝國劇場までの略図が一緒に入っていたのを見ると、こんな手のこんだ悪戯をするヤツがいるとは思えなかったし、話のネタに今話題の帝國華撃團を見ておくのもいいだろう、と思い僕は体験入隊をすることにしたのだった。

 蒸気鉄道が上野駅に着いたときだった。
「…待ってたわよ」
 神社で会ったあの女性が僕を出迎えていた。
「あ、お世話になります、藤枝副司令」
 僕が深々と頭を下げると彼女は、
「そんな畏まらなくてもいいわよ。あやめ、でいいわ」
「あ…、そ…、そうですか? えー、それじゃあやめさん。1ヶ月間よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 そして僕があやめさんに連れられて銀座へ行き、大帝国劇場を見たとき、僕は本当に体験入隊をすることになったんだな、という実感が湧いてきた。
    *
 そして僕が体験入隊を初めてから一週間が過ぎた。
 最初の数日は何が何だか分からないうちに過ぎ、ようやくまわりの状況にも慣れたころだった。
 今日は日曜日、僕は訓練はない。
 と、大神さんが僕に、
「君に頼みたい仕事があるんだ」
 と大神さんは僕を大帝國劇場のロビイに招いた。
 帝国華撃団はもうひとつ「帝国歌劇団」としてお芝居を披露しているのだが、訓練が終わった後、僕は大神さんの手伝いをして、荷物や小道具を運んだり、お客様を席へ案内したりしているのだ。
「一寸こっちへおいで」
 と大神さんが僕を舞台袖へ手招きした。
     *
 舞台では丁度お芝居の最中だった。
「あ…、大神さん」
「ちい兄ちゃん」
 さくらさんとアイリスが僕達を出迎えた。ちなみに「ちい兄ちゃん」とはアイリスが僕のことをこう呼んでいて、どうも「小さいお兄ちゃん」のことらしい。彼女は大神さんのこと「お兄ちゃん」と呼んでいるのだ。
「…どうだい? 舞台のほうは?」
 大神さんが小声でさくらさんに話しかけた。
「はい、順調です。…それよりなぜ一緒に来たんですか?」
「ん? 彼にも君たちの舞台を見せてあげたくてね。君たちがこういうこともやっているんだよ、って」
 僕は舞台を見た。
 丁度舞台の上ではすみれさんとカンナさんが演技をしていた。
「…皆綺麗ですね…」
 僕が言うと大神さんが、
「ああ。今は『愛はダイヤ』と言う芝居をしてるんだけどね」
「『愛はダイヤ』?」
「『金色夜叉』って知ってるかい?」
「尾崎紅葉ですね」
「ああ、『愛はダイヤ』はそれを基にしたお芝居なんだけどね。あの二人、ずいぶんと気合の入れ方が違うんだよね」
…実はみんなから聞いたのだが、カンナさんとすみれさんはあまり仲がよくない、とかでこの二人が芝居をやるとかなり緊張感が漂うらしい。

 丁度舞台は第1幕の終わりの頃だった。
 第1ヴァイオリニストが立ち上がってヴァイオリンを演奏し始めた。

「…宮さん、あの気障な富山って男が入ってきたから、大変なかるた会になってしまったたね」
 カンナさんが言う。
「気障? そうかしら? わたくしはそんな風には感じませんでしたわ。真面目そうないい方じゃありませんこと?」
 すみれさんが言う。
「真面目そうな? あんなダイヤの指輪なんかをこれ見よがしにしている男が? 宮さん、君には人を見る目が無いのかい?」
「あら、そういう貴方こそ、人を外見で判断しているのではなくて? ダイヤが何ですの? 持っていればする、当たり前じゃありません事?」
「おや? 君ももしかしたら、あのダイヤに目が眩んだとか?」
「だとしたら、どうだと言うの?」
「いや、僕はダイヤなんて…。見てのとおり破れ帽子に学生服の貧しい一高生だからね。あんな真似はとても」
 そしてふたりが、そう丁度第1ヴァイオリン奏者の前を通り過ぎようとした時だった。
「もしかして、それって嫉妬? そりゃあお金持ちに気を引か…れ…、くっ…」
 不意にすみれさんが座り込んでしまった。
「…おい、すみれ。どうした?」
 ただならぬ様子にカンナさんがすみれさんに話し掛けた。
 見るとすみれさんは右の二の腕を押さえ、歯を食いしばっていた。
「すみれ!」
 カンナさんが大声をあげた。
「…これは、普通じゃないぞ!」
「…大神さん!」
さくらさんが言うと、大神さんが頷く。
 そして幕が下り始めた。
 幕が下りきったのを見て、大神さんが駆け出した。
 僕も大神さんの後をついていった。

 すみれさんの周りには既にみんなが集まっていた。
 騒ぎを聞きつけたか、あやめさんやかすみさんたちも舞台袖から何が起こったのか見ている。
「これは…」
 見ると、すみれさんの二の腕に長さが二寸(約5センチ)ほどの円錐状の矢が突き刺さっていた。
 すみれさんの衣裳の上から血が滲んでいる。
「すみれ!」
「すみれはん!」
「すみれさん!」
「だ…大丈夫ですわ、このくらい」
「と…とにかく、病院へ行きましょう!」
 そしてマリアさんに連れられ、すみれさんが舞台を下りていった。
 僕は辺りを見回した。
「…これは…」
 ふと見ると、舞台の書き割りに直径1寸(約2.5センチ)ほどの覗き穴のようなのがあった。
 舞台の書き割りの周りが黒く塗ってあるから、よく見ないとわからないだろう。
    *
 一時間程後。
 僕達は全員(勿論かすみさんたちも含めて)支配人室に集められた。
 すみれさんを連れて病院に行っていたあやめさんとマリアさんも戻って来ていた。
「すみれは?」
「今、自分の部屋で休んでいます」
 マリアさんが言った。
「そうか…。それで、すみれの傷の具合は?」
 米田支配人があやめさんに話し掛けた。
 あやめさんは自分の右の二の腕を人差し指で突きながら、
「衣裳の上から突き刺さっていたこともあって、傷は思ったほど深くありませんでした。
ただ…」
「ただ?」
「三針ほど縫ったんですが、すみれはそれを気にしていて…」
「なーに、そのくらいならよっぽど注意して見ないとわからんさ」
「…ところで支配人、すみれに刺さっていた矢なんですが…」
「矢がどうした?」
「調べてみたところ、吹き矢に使っている矢らしい、ということがわかったんです」
「吹き矢だって?」
「はい。すみれの腕に刺さっていた円錐状の矢はそれようの矢だったんですよ」
「…吹き矢か…。それにしても…」
「それにしても?」
「あんなときに堂々とすみれのことを襲うたあ、犯人の野郎も何を考えてるんだろうなあ…」
「…すみれに対して何か恨みでもあるのかしら…」
 マリアさんがそう呟いたとき、そこにいた花組のみんなが一斉にカンナさんのほうを向いた。
「…な、なんだよ、オメーら。…もしかしてあたいを疑ってんのか? …冗談じゃねーぜ。いくらなんでもあの状況ですみれを堂々と刺せるわけねーだろ?」
 あわててカンナさんが言う。
「…でも…」
 そのとき、僕はある疑問が思い浮かんだ。
「…どうした?」
 米田支配人が僕に話しかけてきた。
「…いえ、なんでも無いです」
「話してみろ。一般人でも、ここにいる間はおめえも花組の一員だ。遠慮なく言っていいぞ」
「そうだ、言ってみろよ」
 大神さんも言った。
「はい。…僕も大神さんたちと一緒に劇を見てたんですけど、確かあのときってカンナさんが客席側に立っていて、すみれさんが舞台側に立っていましたよね?」
「それがどうした?」
「そしてすみれさんは舞台の右側、…ええっと…」
上手かみてですね」
 さくらさんが言う。
「そう、その上手から下手しもてのほうに向かって歩いてましたよね? そして矢が刺さったのはすみれさんの右腕…。客席からはどう考えたってそんな風にすみれさんに向かって矢を射る、なんてことはできませんよね? それに…」
「それに?」
「すみれさんが射られて、みんなが舞台の上にいたとき、僕見たんですよ」
「何をだい?」
「書き割りの中に一寸くらいの小さな穴がひとつ開いていたんです」
「どういうことなんだ?」
「つまり犯人は、そこからすみれさんに向かって吹き矢を吹いた…」
「…つまり、君は犯人は内部の者じゃないか、と言いたいのかい?」
 大神さんが言う。
「はい。断定はできませんが…」
「…とにかく、明日から本格的に調べてみるこったな」
 米田支配人のその一言で僕たちは解散となった。
    *
 翌日。
 あんなことがあったら1日公演を休む、という話もあったのだが、すみれさんが「わたくしならもう大丈夫だし、わたくしの演技を楽しみに見に来ている方々に申し訳ない」と言ったこともあり、公演そのものは休むことなく行われることになった。
 ただ、念のために、ということで前もってお客様の所持品検査を行い、公演中は僕と大神さんとあやめさん、それからかすみさんたち3人の6人で会場内の見回りを行うことにした。
 そのこともあってか昼の部の舞台は滞りなく進み、例によってすみれさんとカンナさんが乱闘を始めたときも見ている僕がすみれさんの傷口が開きやしないか、と心配するほどすみれさんは気合が入った演技をしていた。
 改めて僕は彼女の女優根性に感心したものだった。

 夜の部に入ったときだった。
「…大丈夫かい?」
 大神さんが小声で僕に聞いた。
「はい、異常ありません」
「そうか、わかったよ」
 そして僕は劇場の見回りを続けた。
 舞台上は丁度昨日、すみれさんが何者に狙われたときと同じカルタ会帰りの夜の道の場面に入っていた。
 昨日ああいうことがあったため、念のために今日の公演は昼の部、夜の部共にカンナさんとすみれさんの立ち位置を逆にする、といった工夫をして出来るだけすみれさんに危害が及ばないようにした。
 第1ヴァイオリン奏者が立ち上がって演奏を始めた。
 そして、二人がその後ろを通り過ぎた。

 そのときだった。
「あ…」
 僕はあることに気づいたのだった。
    *
 公演が終わってみんなが後片付けをしているときだった。
「愛はダイヤ」は今日まで一度も劇が最後まで行ったことが無く、大抵カンナさんとすみれさんの乱闘でセットが壊れてしまうので、それの修理作業が夜遅くまで行われるのだ。
 小道具は壊れてもいいような安い材料を使っているし、セットも修理がしやすいようにしているのだが、この二人の暴れっぷりは僕たちの想像以上のものがある。

「…大神さーん!」
 僕は大神さんに言われて隊長室から工具を持ってきた。
…が、大神さんは舞台にいなかった。
「…大神さん、いないんですか?」
 すると大神さんが舞台の裏から出てきた。
「何の用だい?」
「頼まれたもの、持ってきました」
「あ、ありがとう」
「…それより大神さん、何してたんですか?」
「ん? なんでもないよ」
 そう言うと大神さんはどこかへ言ってしまった。
 僕は自分の考えを確かめようと、今大神さんが出てきた舞台の後ろに回った。
     *
「…えーっと、確かここだったよな」
 何者かがすみれさんに向かって吹き矢を吹いた穴は「どうせ壊れるんだから」ということで上に紙を貼っただけでそのままにしていたのだった。
 その紙も今は剥がされていて、ぽっかりと小さな穴がひとつ開いていた。
 中は暗いが、後片付けで照明がついている、と言うこともあってか、舞台や客席はまるで昼間のように明るかった。
 僕はそこから舞台を覗き込んだ。
「…やっぱり…」
 僕の頭の中にある過程が浮かんできた。…と、
「何をしてるんだい?」
 聞き慣れた声がした。
「あ、大神さん…」
 大神さんが僕の元にやってきた。
「何をしてるのかと思ったら…」
「いえ、あのすみれさんの事件で気になることがあって…」
「気になること? …それで、その穴から覗いてその気になることに答が見つかったのかい?」
「え、ええ、一応は…」
「それってどんな考えなんだい? 話してごらん」
「でも…」
「いいから。誰にも話さないよ」
 そう言われて、僕は大神さんに話す決心がついた。
「…大神さん、もしかして、今回の犯人はすみれさんを狙ったんじゃないんでは…」
「…何故、そんなことが言えるんだい?」
「だって、最初からすみれさんを狙うんだったら、こめかみとか首筋を目掛けて矢を射る
方が確実じゃないですか。右腕なんて狙ったって致命傷になんかなりませんよ」
「まあ、確かにそうかもな。…で、それがどうしたんだい?」
「…犯人の目的はすみれさん以外の人にあったんですよ」
「…すみれ君以外に? それって誰だい? もしかしてカンナのことかい?」
「いえ、カンナさんでもありません。…犯人の目的は第1ヴァイオリン奏者の人です」
「ヴァイオリン奏者?」
「はい。この穴から見ると丁度第1ヴァイオリン奏者の人が座る位置に直線距離でぶつかるんです。…『愛はダイヤ』って第1幕の途中に第1ヴァイオリン奏者が立って演奏しますよね? おそらく犯人はこの穴からその、第1ヴァイオリン奏者めがけて吹き矢を吹いたんですよ」
「…成程ね。でも、もし君の言っていることが正しいとして、何ですみれくんに当たってしまったんだい?」
「…それは…、おそらく犯人はこの1つしかない穴からずっとその、ヴァイオリン奏者を見ていたんですよ。でも、覗き穴というのは意外と視界が狭いし、この位置から吹き矢を吹くためには一時的に目を離さなければならないですから…」
「つまり、犯人はあの時に目を離していたため、すみれ君が通りがかるのがわからなかった、とこう言いたいんだね?」
「はい。すみれさんに当たってしまったのはたまたま偶然だったんです。すみれさんが射られてしまった、ってことで僕たちは犯人の目的がすみれさんだと思ってしまった…、犯人がそれから何もしていないのは見回りが厳しかったことと、そうやって『犯人の目的はすみれさん』と思わせることで自分が疑われないようにすること、それから間違って矢を当ててしまったすみれさんに申し訳ない、と言う気持ちもあったと思います」
「…ふーん。じゃあ、話を聞いてみるか?」
「…誰にですか?」
「その第1ヴァイオリン奏者にだよ。なんでも小道具のあるヤツとそいつが仲が悪くて、事件があった日もその小道具のヤツが何に使うかわからないけど一尺(約30センチ)くらいの長さの竹の棒を持っていた、って言う証言があったんだ。勿論、後でその小道具のヤツにも話を聞いてみるけどさ。その辺を突けば何かわかるかもしれないぞ」
「え…」
 その話を聞いて、僕は大神さんはもうそこまで調べていたのか、ということに気がついた。
「どうか、行ってみるか?」
「はい、ご一緒します!」

(終わり)


(作者より)この作品は作者の開設している「ともゆきのホームページ」が「小説家になろう」のNW−SYSTEMを使って掲載していますが、「採点システム」は採用していません。
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