きつねご
柏手を打つ乾いた音が響く。新年が一番稼ぎ時だというのは、うちの近所でも間違いはないみたい。そんなうちの近所の稲荷神社の宮司さんは、ぐだ狐さん。今日は気合い充分で二枚目若作り……いや、若狐モードだ。尻尾と耳を隠した代わりに、笑顔を見せて女性参拝客を照れさせてるのを見ると、何だかもやもやする。
元は溶け狐だよ? 元はくたびれ狐だよ? そんな心の中を落ち着けて、御神籤やら破魔矢やらを売る。
人手が足りないという事で、紅白の巫女服でアルバイトです。一度着てみたかったけど、一人で売り子は結構疲れます。甘酒売りでも良かったなぁ。
ともかく普段はやたらと閑散とした境内にはひっきりなしに参拝客。つまりぐだ狐さんは、ひっきりなしに、にやけ狐さんになっているのです。
こっそりと溜め息をついていたら、横から袖を引かれる。何故か販売してる社務所側に着物を着た子どもが一人、私の袖を引いている。
「勝手に入って来ちゃ駄目だよー。お父さんかお母さんは?」
首を左右に振る。迷子かな。誰か呼ぼうにも代わりの人もいないからどうしようかと思っていたら、私の膝の上に座る女の子。なつかれたらしい。私が立とうとすると、無垢な眼差しで悲しげに見上げて来る。
無言で動きを止めるなんて、中々強力な技を使うじゃない……。お姉さん動けません事よ。
と、お客様が。
「こぁ」
……狐が二足歩行して、御神籤を指差した。お客様でいいのかな? 御神籤を渡すと、代わりに綺麗な葉っぱをくれた。膝にいる女の子が当然の様に受け取って頭を下げる。狐も丁寧に頭を下げると、嬉しそうに御神籤を握りしめて去っていった。
雲も無く明るいのに雨が降ってきた。そんな中お客様(狐)は絶えず、膝の上には相変わらずの女の子と、葉っぱは山盛り。この状況どうしようかと思っていたら、笛やら太鼓やらの音と共に行列が境内に。行列の中ほどに白無垢の狐が。
「あ、狐の嫁入り……」
そのまま、境内の奥へと進む行列。列の最後の辺りにいた女性らしきおめかしした狐がこちらを見て慌ててやってきた。膝の女の子が立ち上がると、そっちに走っていった。葉っぱはあれだけあったのに、全部ちゃんと持って行ってる。すごい。
なんだか女の子は怒られてたみたいで、頭をはたかれて耳がポロっと出てくる。やっぱり狐の子かぁ。と、女の子が私に葉っぱを一枚渡しに来た。受け取るとバイバイと手を振って、行列の後を追って行っちゃった。
「いやぁ……何か急に式が入ってしまって……」
ようやく夕方になって売り子巫女が終わった頃、ぐだ狐さんが平謝り。とりあえずあった事を話すと、問題は無いみたい。
「その葉っぱはこれに入れておくといいですよ」
一枚ある葉を見て御守り袋をくれた。不器用に袋に詰める姿は、いつもの私が慣れ親しんだぐだ狐さんで何故か安心する。
「子ども……可愛いですよね」
ん? と上げた顔は狐につままれた様な表情。とりあえずつねっておこう、そうしよう。
境内の奥の方から、九尾の人が笑った声が聞こえた気がした。
明けました。おめでとうございます。