第2話「水の戦士登場! 見えない敵を倒せ」 その1
龍一と澄一郎の前に現れた謎の生命体。マクロイドとネクロイド。その姿はログアウトした後も澄一郎の脳裏に焼きついていた。
デス・クラウンと名乗る謎の少年によって放たれ、澄一郎達を襲い、アドミンスド・スタッフの小父さんのデータを破壊したネクロイド。
そして、ドームの中から現れ、龍一のサイバーロイドと融合し、一撃の元にネクロイドを葬り去った、バーナードと名乗るマクロイド。
電脳世界にあんな未知の生命体が存在しているなんて!
たしかに怖い体験ではあったが、同時にその二つの生命体の存在は澄一郎の知的好奇心を大いに刺激していた。
こうなるととことんまで調べずにはいられないのが澄一郎の性分である。
澄一郎は早速研究ルームにこもり、ギガコンを使ってあらゆるデータを調べまくったのだった。
ちなみにギガコンとは、"ギガコンピューター"の略称である。一昔前のスパコン(スーパーコンピューター)はもはや過去の遺物となり、次代機として数万倍の処理・演算能力を持つメガコン(メガコンピューター)が開発された。ギガコンはさらにそのメガコンを上回る処理・演算能力をもつ最新鋭のコンピューターである。一部の超大手コンピューター企業で導入されているくらい台数の少ない代物で、個人で所有しているのはおそらく澄一郎の家庭だけだろう。
澄一郎の家はお金持ちである。それも、そんじょそこらの、ではない。ケタ外れ、天文学的、普通の人間には想像もつかないほどのお金持ちである。なにしろ、彼の祖父が総帥を務めるFUJIMARUグループは、世界の富の数分の一を保有し、その総資産額は日本の国家予算すら及びもつかない程。その気になれば世界を動かす事もできる、とまで言われている程の超ド級大財閥なのである。
話を元に戻そう。結局澄一郎はほぼ徹夜でデータをあさったが、芳しい情報を得る事は出来なかった。
というか、今まで電子生命体の存在等これっぽちも知られていなかったのだ。当然どこをあさってもそんな存在のデータは見つかるわけがなかったのである。
徹夜のせいで授業の間中、眠気と戦う羽目になった澄一郎であった。
放課後、いつものように"ダイバーズ"の仲間はWNCに集まっていた。
――とはいえ、バトル・ゾーンは相変わらず閉鎖中なので(あんな事件があったのだから無理もないが)、今日は別の場所で遊ぶ事になっていた。
「へえ、マクロイドねえ」
畦積晋吾は手のひらサイズ――ちょうどサイバーロイドのレギュラーサイズと同じような感じだ――のバーナードをしげしげと見つめて言った。
彼も"ダイバーズ"のメンバーで、WCNでの登録名は"アツシ"である。
「見た目はサイバーロイドとあまり変わらないのね」
と言ったのは、やはり"ダイバーズ"のメンバーで、メンバー最年長の天音聖羅、WCNでの登録名は"ソノ"だ。
今日は久々に"ダイバーズ"のメンバーが全員揃っている。
そして、バーナードの紹介がてらどこで遊ぶかを相談していたのである。
「その"サイバーロイド"というのを俺様はよく知らんのだが、たしかにこの"器"はよく合う。まるで自分の体のようだ」
バーナードは体を色々動かしながら言った。
「マクロイドにネクロイドか。――そういえば、うちの父さんが昔何か言ってたっけ」
「本当でございますか!?」
美園の言葉に、澄一郎は目を輝かせた。
「うん。――でも、ちっちゃい頃の事だからあまりよく覚えてないの。今日帰ったら訊いておくわ」
「よろしくお願いします、でございます」
澄一郎はぺこり、と頭を下げた。
思ってもいない方向から思ってもいない情報の到来、である。
「さて、でどこ行く?」
龍一は全員に呼びかけるように言った。
「ウチはダーリンと一緒やったら、どこでもよかとよ。ねっ、ダーリン♪」
舞子はそう言って澄一郎に飛びつく。澄一郎は重さに耐え切れずにぺしゃっ、と潰れてしまった。
「だったら"サマービーチ・ゾーン"に行かねえか?」
晋吾が突然そんな提案をした。
「初泳ぎか。いいな、んじゃ行くか!」
龍一が言い、他のメンバー―約一名を除くが―も同意したので、六人は"サマービーチ・ゾーン"へ移動する事にしたのだった。
全員ACDの転送システムに"サマービーチ・ゾーン"のアドレスをセットする。こうしてアドレスをセットする事で、WNC内の異なるゾーンに一瞬で移動する事ができるのだ。
ちなみに各ゾーンにはゲートポイントが設定されていて、移動すると必ずゲートポイントに転送されるようになっている。
六人の体はフェードアウトし、"サマービーチ・ゾーン"へと転送されていく。あとには風(もちろんデータ上の、だが)に葉を揺らす街路樹と、六人をじっと見つめていた何者かの視線だけが残されていた。
"サマービーチ・ゾーン"は、その名の通りゾーン全体に巨大なビーチの展開されたゾーンである。白い砂浜とエメラルドグリーンの海がゾーンを構成し、砂浜のあちこちでビーチパラソルが彩りを添える。
ここでは一年中いつでも、真夏のビーチで海水浴を楽しむ事ができる。また、広大なビーチにはビーチバレーやビーチサッカーのできるスペースも作られており、様々なサマー・スポーツも楽しめるようになっている。
ちなみにWCNには同様に一年中ウインター・スポーツの楽しめる"スノーランド・ゾーン"や、一年中花見のできる"スプリングツリー・ゾーン"、一年中紅葉狩りや果物・茸狩り、お月見などが楽しめる"オータムカラー・ゾーン"といったゾーンもあり、仮想空間の中ではあるが一年中あらゆるスポーツや行事ができるようになっている。もちろん本物に勝る物は存在しないが、気分は味わい放題なのである。
龍一と晋吾は早速アバター(衣装)を水着にチェンジし、豪快に海に飛び込んでいく。そして早くも競走を始めたらしく、沖の方に見えるブイに向かって猛然と泳ぎ出した。
「ちょっと、いくらネットの中だからって、準備運動くらいしなさいよ!」
美園はやれやれ、という感じでその背中に向かって声をかける。いくら仮想空間とはいっても足も吊れば心臓マヒだって起こすのだ。――まあ、強制ログアウトするだけで本当に死んだりはしないが。
「ええやなかとね。男は放っといてウチらはウチらで楽しむたい」
「そうね。じゃあ行きましょうか、セラ」
舞子に言われて美園はうなずき、聖羅を促した。
聖羅は「ええ」とうなずいたが、後ろを気にするように少し振り返った。視線の先では澄一郎がパラソルの下に座り込んでいた。
「ボクはここで皆さんを見ておりますから。気になさらずに楽しんでください」
澄一郎は努めて明るくそう言った。
聖羅はまだそんな澄一郎を気にしていたが、やがて美園と舞子に手を引かれて、波打ち際の方へと歩いていったのだった。
後には澄一郎が一人残され、ぽつんとたたずむ。澄一郎は小さくため息をつくと足を伸ばし、両手をついて頭を反らし、軽く背を伸ばす。
「お前は泳がないのか?」
突然声が聞こえて振り向くと、いつの間にか隣にバーナードがやって来て、砂浜に身体を降ろしていた。
「バーナードさんこそ、リュウさんの所に行かないのでございますか?」
「……俺様は炎属性だからな。水は苦手なんだ」
「マクロイドにもサイバーロイドのように属性が存在するのでございますか?」
「ああ。俺は炎属性・そして水・風・土・雷の五つだ。俺達だけじゃなくてネクロイドにも属性がある。こないだのやつは土属性だ。それぞれ得意な属性と苦手な属性があって、俺のような炎属性は水が苦手なんだ」
そういえば、あのソードザウラーというマクロイドと戦ったとき、バーナードは炎を吐いて攻撃していたっけ。
それにしても、いつも火の玉みたいに突っ走る龍一に、炎属性のバーナードの組み合わせというのは――。
ある意味お似合いかも――。と、澄一郎は思った。
"ペットは飼い主に似る"って言うし。
「ところで、お前はなぜリュウ達と一緒に泳がない?」
不意にバーナードにそう言われて、澄一郎は我に返った。
そして、体を倒して空を仰ぎ見ると、静かにいった。
「ボクも――似たような物でございますよ」
バーナードは首をかしげた(ように澄一郎には見えた)。
「人間にも属性があるのか?」
「そういうわけではないのですが――。実はボク、泳げないのでございます」
そう言って、澄一郎は勢いをつけて起き上がった。そして、今度は海の方を見る。
「これがプールとかなら水の中に入るくらいはできるのでございますが、なぜか海だけはダメなんです。波の立つ海の水面を近くで見ると足が震えて立っている事もできなくなってしまうのです。そして波が迫ってくると、周りが真っ暗になって何も見えなくなってしまって――」
澄一郎はそこで言葉を切った。そして、すこし体を震わせる。
「人間というのは難しいもんだな」
バーナードはそう言って、ふわりと飛び上がると澄一郎の肩の辺りに乗っかった。
澄一郎の右の肩に、軽い重みがかかる。
それはバーナードさん達も同じですよ――。と澄一郎は思った。
なにしろマクロイドやネクロイドの事はまだほとんど分かっていない。バーナードの言った断片的な事だけが、唯一の情報なのだ。
澄一郎はもう少しバーナードに彼らの事を訊いてみよう、と思ってバーナードの方を向いて放しかけようとした。――が、やめておいた。バーナードが目を閉じてゆっくりと船を漕いでいたからだ。"サマービーチ・エリア"の日差しにウトウトしているのだろう。
ボクも少し寝ようかな――。澄一郎は小さく呟いた。昨日は徹夜してしまったのでずっと眠かったのだ。
澄一郎はバーナードを起こさないよう、ゆっくりとビーチに横になると目を閉じた。
降り注ぐ太陽の日差しが心地よい。泳ぐ事はできないが、夏はそれほど嫌いではなかった。
やがて、澄一郎の意識はゆっくりと夢の世界へと沈んでいった。
蒼い光が周りを取りまいている。光はゆらゆらときらめき、表情を変えながら澄一郎の周りに浮かぶ。
その光の中で、澄一郎はゆっくりと両手を広げる。光と同じように蒼く、美しい弧を描いた三角形の腕が光のなかに伸びていく。
両腕を動かす。三角形の腕がしなり、光り輝く水を撫でる。下半身を動かすと蒼い水は流れを生み、ゆっくり、滑るように澄一郎の身体は動き出す。
両腕の動きと下半身の動きをシンクロさせると、水中を斬るスピードは徐々に増していく。
蒼い身体がしなやかに揺れる。流線型の身体と、立派なヒレを持つイルカに生まれ変わった澄一郎は、広大な海の中をただ泳いでいた。
こんなにも広く蒼い海。この海を自由に泳げたら――。それは気付かないうちに心の中で思い描いていた夢だったのかもしれない。
夢だったのかも――。 |